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zoom RSS 『わたしの名は赤』 オルハン・パムク

<<   作成日時 : 2012/02/12 00:00   >>

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文明の衝突。

16世紀末、オスマン帝国はイスタンブル。隣国サファヴィー朝ペルシアとの戦争は長引き、巷には贋金が横行し、人々は聖典が禁じる珈琲を提供する珈琲店に出入りし、そうした堕落を正そうとするイスラム教原理主義の過激派グループが暗躍している。この不穏な帝都である夜、一人の名人絵師が何者かに殺害される。その背後にはイスラム教が禁じる偶像崇拝につながる秘密の装飾写本があると人々は噂するようになる。件の装飾写本を作らせている人物は書物の完成のため、甥のカラを12年ぶりにイスタンブルへ呼び戻す(かつて娘のシェキュレに懸想したカラを追放したのもまた彼だったのだが)。12年を経たいまもシェキュレを愛するカラは、写本の完成が自身の恋愛成就の助けになると信じてこれに協力する。やがて第二の殺人が起き、カラはイスラム細密画をめぐる殺人事件に巻き込まれていく。

上述したがイスラム教は偶像崇拝を禁じているため絵画芸術は奨励されない。絵画は歴史書や叙事詩の挿絵(装飾)としてのみ許された。この挿絵にはルールがあり伝統的な様式に則って描かなければならない。絵師たちは工房に弟子入りし、その工房の伝統を継承し、古の名人たちの描いた細密画を理想としてそれとまったく同じように描くことを強いられる。個性などもってのほか、署名もしてはならない。絵師が見たものではなく神が見たものを描くのだからという理由で遠近法も用いてはならない。こうした完成された様式美の世界に生きる者たちのうちに伝統から自由になりたい、自身の個性を表現したいと望む者が出てくる。小説の舞台となる16世紀末のイスタンブルでは西欧から西洋絵画の技術が流入しつつあり、モデルの個性を表現する肖像画の技法や遠近法などが絵師たちに恐れられながらも同時に彼らを魅了する。時の皇帝もこうした一人で、彼が西洋絵画の画法を取り入れて作るよう指示した装飾写本をめぐって東西文明の衝突が主題として扱われる。

小説は章ごとに語り手が入れ替わる多声的な構成になっている。小説の筋は一本道で、殺人事件の発生→第二の殺人事件の発生→犯人探し→解決となっており、サイドストーリー的にカラとシェキュレの恋愛や細密画の歴史が述べられる。16世紀のイスタンブル周辺の歴史的な知識や細密画を含めイスラムに関する知識がないとややわかりにくい箇所もあるが、そのおかげか解決の場面になるまで犯人が誰なのか論理的に推理できず、結果としてはサスペンスを楽しみながら読むことができた。作中で述べられる細密画の世界は――現在となっては失われた世界だ――未知の世界を知る楽しさを提供してくれた。絵師たちは伝統の継承者としてこれまでどおりの絵を描き続けるか、西欧からの画法を取り入れ新たな絵を描くかの問題に直面している。殺人の根底には、細密画への、工房への、神への愛があった。せつないような、やりきれないような動機が明らかになったとき、何が正しく何が誤りなのか、またそれを誰が判断できるのか、わからなくなる。小説の最後では事件が落着したあとで一人の女が自身が夢見る理想の絵について述べるのだが、それはありえない、細密画と肖像画が融和したような絵だ。文明の衝突/相克から融和へ。いまにふさわしい一冊だろう。

小説の冒頭にコーランからの引用がある。
東も西も、神のものであり、あなたがたはどこを向こうとも、神の御前にある。

作中で幾度か言及されるこの一節が本作を象徴する。



4151200665わたしの名は赤〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)
オルハン パムク Orhan Pamuk
早川書房 2012-01-25

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4151200673わたしの名は赤〔新訳版〕 (下) (ハヤカワepi文庫)
オルハン パムク Orhan Pamuk
早川書房 2012-01-25

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