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zoom RSS 『パウル・ツェラン詩文集』 パウル・ツェラン

<<   作成日時 : 2012/02/19 00:00   >>

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災厄のあとで。

戦後の世界有数の詩人といわれるツェランの詩と詩論を収録する。このうち詩は、昨年3月に起きた東日本大震災の状況において心に響く詩を、という趣旨で選択されたもの。本書の冒頭にはツェランの代表作である「死のフーガ」が収められている。

パウル・ツェラン(本名パウル・ペサハ・アンチェル)は1920年に旧ルーマニア領、現ウクライナ共和国内のチェルノヴィツに生まれた。両親をナチス・ドイツの収容所で亡くしている。彼自身はユダヤ人移送を避けるために唯一の手段である、当時組織されていた労働奉仕団に入団して収容所建設に従事した。炎天下にシャベルで地面を掘り続けるという苦役であって、このころ(1941年ころ)から手帖に詩を書きこむようになった。その後、ブカレスト、ウィーンを経てパリに落ち着き大学講師となって自殺するまでの期間勤めた。

ツェランの詩は暗い。ナチス・ドイツの暴虐が彼の生涯にも詩にも影を落としている。「死のフーガ」は強制収容所の詩であり、はじまりの「あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む」という一節からもう暗澹たる気分になる。反復される詩句が独特のリズムを生み、死と隣り合わせの単調で過酷な労働の日々が喚起される。連呼される女の名がこの不吉な詩に独特の「甘美さ」を足してもいる。この暗鬱さと甘美さは続いて収録されている「光冠」にはより顕著であって、恍惚たる男女の交合をうたっていながら「月の血の光」という不穏な語が挿入され、この交合、この情事の背後に暗いものがあるのだと知らされる。ツェランは生涯、亡くした母親を思い続けていた。本書に収録された詩には亡き母親へ呼びかけるような詩が多い。それはまた死者への呼びかけ(投壜通信)とも見える。

弧となれ、世界よ――
死者たちの貝が流れ着くとき、
ここで鐘が鳴り響くだろう

「声たち」


本書に収録された詩群は後半になればなるほど難解になっていく。強制収容所を訪れたときの体験をうたった「迫奏」などは語の意味やイメージをつなげるのに苦労してただ強烈な切迫感しか汲みとれない、そんな読みかたしかできなかった。


詩論は講演と散文とを収める。有名らしい講演「子午線」やツェランの散文中の白眉といわれる「山中の対話」も収められているがさほどの分量でないにも関わらず両者ともに難解であり、とくに「山中の対話」は寓意に満ちていて訳者の解説を読まなければ何をいわんとしているのか理解できなかった。もっともわかりやすく、もっとも感動的であったのはツェラン初めての受賞となったハンザ自由都市ブレーメン文学賞受賞の講演(1958年)であり、ここで彼はこう述べている。

もろもろの喪失のなかで、ただ「言葉」だけが、手に届くもの、身近なもの、失われていないものとして残りました。
それ、言葉だけが、失われていないものとして残りました。そうです、すべての出来事にもかかわらず。しかしその言葉にしても、みずからのあてどなさの中を、おそるべき沈黙の中を、死をもたらす弁舌の千もの闇の中を来なければなりませんでした。言葉はこれらをくぐり抜けてきて、しかも、起こったことに対しては一言も発することができないのでした、――しかし言葉はこれらの出来事の中を抜けて来たのです。抜けて来て、ふたたび明るい所に出ることができました――すべての出来事に「豊かにされて」。


すべての出来事が何を指すかは明らかだろう。災厄のあとにも言葉は残った。その残されたものが、死者を悼み、生者に慰めを与える。震災を経た現在の日本、この先震災後何年と呼ばれることになるだろう現在の日本でこそパウル・ツェランは読まれなければならない。アウシュビッツのあとにこそ、大震災のあとにこそ、詩は書かれ、詩は読まれねばならない。先日逝去したポーランドの詩人シンボルスカは1996年のノーベル文学賞受賞講演で「これから先も詩人たちにはたくさんいつも仕事がある」と述べた。そう、今こそ詩を。

数かぎりない、三日月型砂丘。

風下に千重の面影をやどす――きみ。
きみと、きみの方へ伸ばされる
ぼくのあらわな腕、
ああ亡い女よ。

ふりそそぐ光。それがぼくらを吹きよせて一つにする。
ぼくらはになう、その輝きを、痛みを、名まえを。

「白く軽やかに」


4560081956パウル・ツェラン詩文集
パウル ツェラン 飯吉 光夫
白水社 2012-02-08

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