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zoom RSS 『カンディード 他五篇』 ヴォルテール

<<   作成日時 : 2012/02/23 00:00   >>

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善悪の彼岸。

純真無垢な青年カンディードは男爵令嬢キュネゴンドに恋するがそれが男爵の不興を買い、故郷ウェストファリアを追放される。故郷にいたころ彼は師のパングロス博士が提唱する最善説の信奉者だった。最善説とはこの世の一切が(人間にはどう見えるにせよ)善であるとする哲学上の立場だ。さて追放されたカンディードは諸国を放浪する。ドイツからオランダを経てポルトガルへ、そこから海を渡り南米大陸へ。アルゼンチンからパラグアイ、そして理想郷エルドラードへ。愛する女、愛する故郷との別離にはじまる旅は青年を散々な目に遭わせ、また現実の悲惨に彼を直面させ、青年は最善説に疑問を感じるようになる。最善の世界があるとすればそれは富と平和に満ちたエルドラードだろう。けれども愛するキュネゴンドを忘れられないカンディードは理想郷をあとにして再びヨーロッパに戻り、パリ、ヴェネチアを訪れたのちキュネゴンドとともにコンスタンチノープルに落ち着く。長い旅のあいだにキュネゴンドの美貌は損なわれ、エルドラードから持ち帰った財宝は失われ、旅の仲間たちはみな厳しい現実に直面して打ちのめされている。しかし幾多の苦難を経てカンディードはたくましくなっていた。彼はもはや師が唱える最善説を信奉しない。小説の最後では、相変わらずこの世は最善であると唱える師に対してカンディードは発言を遮って疑義を挟み、そんな理屈を捏ねるよりとにかく働こうと「庭の教訓」を述べて終わる。以上が表題作「カンディード」の筋だ。

「カンディード」は最善説諷刺の小説と呼ばれる。神の摂理は人間には計り知れない、短期的には不幸と思えたものがめぐりめぐって幸福に転じることもある、いや彼の人生は不幸のまま終わったとしても彼の人生はいつか幸福な未来の一部分を形成するだろう――これがライプニツらが提唱した最善説だ。主人公カンディードは小説の冒頭では師パングロスの唱えるこの哲学を自分では何ひとつ判断することなく受け入れていた。けれども故郷を追放されたのち彼がたどる災難また災難の旅路が青年を成長させる。師の教えを疑うようになる。旅の途中でカンディードは大地震を体験するが――1755年に3万人の犠牲者を出したリスボン大震災だ――このような災厄すらも善なのか。

解説によると「カンディード」は著者ヴォルテールの人生を「移調」したものだという。「もしあれほど物を書いていなかったならば、人をあやめていただろう」と評されたほどの激情家だったヴォルテールは宮廷生活に憧れながらも不用意な一言によって国王の怒りを買い、フランスを出たのち訪れたプロイセンでも屈辱を味わい、最愛の女には捨てられ、ジュネーヴに隠遁する。それからすぐにヨーロッパ全土に衝撃を与えたリスボン大震災が起き、さらに翌年1756年にはイギリスがフランスに宣戦布告し七年戦争が勃発する。大震災と戦争という災厄にヴォルテールは憤る、何が最善説だ、滑稽きわまりないと。

「カンディード」はヴォルテールが長年の構想ののちに執筆した作品であり彼の人生観が凝縮されている観がある。昔話のような語り口で人間たちの醜行や不条理な運命の物語が展開する。盗まれたり犯されたり殺し合ったりとこれでもかとカンディードには災難が降りかかる。けれどもこの青年は最後までペシミズムに陥らないのが読んでいて気分がよい。大層な哲学よりも「庭の教訓」のほうがどれほどありがたいか知れない。ルソーの感傷性を批判した著者らしく湿っぽさが微塵もなく、あっけらかんとした記述に終始しているのがまたよい。

労働はわたしたちから三つの大きな不幸、つまり退屈と不品行と貧乏を遠ざけてくれますからね。


エルドラードから持ち帰った、王国を買ってもまだ余るほどの財宝はやがて失われる。愛する女は醜く、口やかましくなる。けれどもそうした状況にあっても、とにかく自分の庭を耕そうと(師の発言を二度まで遮って)述べるカンディードの言葉――オプティミズムでもペシミズムでもなく――、それがヴォルテールの結論だった。


表題作のほかに五篇の小説を収録する。執筆年代順に配置されていてヴォルテールの思想の変遷が辿れる構成になっている。かつて吉村正一郎の旧訳で読んだが今回の新訳でも楽しく読めた。ヴォルテールの作品はサドも愛読していたという。

4003251814カンディード 他五篇 (岩波文庫)
ヴォルテール 植田 祐次
岩波書店 2005-02-16

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