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zoom RSS 『薔薇物語』 ギヨーム・ド・ロリス/ジャン・ド・マン

<<   作成日時 : 2012/02/24 00:00   >>

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恋愛のディスクール。

さわやかな五月の朝、語り手は夢のなかで美しい<悦楽の園>に迷い込む。その庭園でいまにも咲かんとする一輪の薔薇の蕾を見たとき、背後から<愛の神>の矢に射抜かれた語り手は恋に落ちる。薔薇の蕾に口づけたい。けれども<拒絶>が出現し語り手を追放し、さらには<中傷>が<嫉妬>が庭園の周囲に城壁をめぐらせ語り手の恋を阻む。途方に暮れた語り手を救うのは<愛の神>だ。神は軍勢を率い、母親<ウェヌス(ヴィーナス)>まで召還して敵の砦に総攻撃を開始、ついに<嫉妬>の城は落城して語り手は無事薔薇の蕾を手にする。そして夢は醒める。

本作は中世フランスを代表するアレゴリー文学だ。<閑暇><歓待><理性><拒絶><中傷><嫉妬><富><貧困>といった観念が擬人化して登場する。<愛の神>が恋愛の尊さを高らかに歌うかと思えば<理性>が情熱の虜とならぬよう諭す。しかし<愛の神>に忠誠を誓った語り手はあくまで理性の声を退け、いとしい薔薇の蕾への想いを募らせる。恋愛対象(薔薇の蕾)をめぐってなされる攻防戦は恋愛感情の表と裏――快楽や幸福感と対をなす不信や嫉妬心――のせめぎあいの寓意だ。劣勢の<愛の神>は母親<ウェヌス>を召還して形勢を逆転させる。ウェヌスはいうだろう――わたしは<理性>が大嫌いだ、<理性>を信じる者は決して愛をもって人を恋することはないだろう、と。語り手が情熱に駆られて猛進するのを諭す<理性>の声が否定され、ときに愚行を招くかもしれない恋愛の快楽が物語の終盤で称揚される。

『薔薇物語』は前篇と後篇にわかれているが前篇は全体の四分の一程度の分量に過ぎない。あいだに40年を挟み二人の著者によって書かれている。恋愛をめぐる言説はオウィディウスの『恋愛指南』『変身物語』に依拠している。ほかにもボエティウス『哲学の慰め』、キケロやアラン・ド・リールの著作などからの翻案が多い。ときに本筋から脱線して寓意人物たちは当時の聖職者を諷刺したり、天体について演説をぶったりする。明らかに物語のスピーディな進行を妨げている箇所もあり、自身の知識を披露せずにはいられない後篇の著者ジャン・ド・マンの饒舌さがおかしい。そちらに気を奪われたか、本筋の攻防戦は最終局面であっさりとけりがついてしまう。物語の筋よりも寓意人物たちの語る説教に重点が置かれているようだ。

その説教には含蓄に富んだものが多い(一部は過去の書物からの翻案であるが)。管理人は<理性>の説教を楽しく読んだ。彼女はいかに<運命>が人間を弄ぶかをえんえんと述べ、<運命>の気まぐれに一喜一憂せずに生きろと繰り返す。
<運命>に弄ばれても変わることなく、心をすっかり預けてくれた友の眼から見て、貧しい時も富める時も常に同じでいるほど、確固として不動のままにみずからを保つことができなければ、およそ愛されるにふさわしい人間とはいえません。

自分でみじめだと思わなければみじめではない、外部にあるものは<運命>の気まぐれで失われる可能性に常にさらされているが内部にあるものは誰にも奪えはしないのだから人格を磨け、どんなに書物を読んだところで<運命>に襲われれば対処する術はない――一種の諦念ではあるが優れた箴言だろう。貧困は愛の敵だという一節もあり――これはオウィディウスの引用だが――あくまで理想論ではなく現世的な知であるところがよい。

いわゆる教化の文学だが抹香臭さはあまりない。きわどい表現の箇所も多く(最後の場面はあからさまに性交を暗示している)精神的な恋愛論ではなく実践的な恋愛論を展開することに著者は主眼を置いている。ジャン・ド・マンは僧侶だが訳者によると現代的な意味で非宗教的な内容の書物を宗教人がものすことは中世では決して珍しいことではないという。全篇にみなぎる饒舌さはラブレーを彷彿とさせるが、訳者の指摘どおりここにはラブレーのおおらかな笑いはない。代わってラブレーにはない優雅さがある。詳細な訳注が脚注となっているのはありがたい。図版も多数収録されている。著者の素性に関しては諸説あるようだが一般読者はそこまで気にしない。

愛する息子よ、<愛>はすべての生き物を打ち負かします。すべてのものが<愛>に鍵をかけられ、虜になっているのです。




4480423451薔薇物語〈上〉 (ちくま文庫)
ギヨーム・ド ロリス ジャン・ド マン 篠田 勝英
筑摩書房 2007-08

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448042346X薔薇物語 下 (ちくま文庫 は 35-2)
ギヨーム・ド ロリス ジャン・ド マン 篠田 勝英
筑摩書房 2007-08

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