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zoom RSS 『マクベス』 シェイクスピア

<<   作成日時 : 2012/03/01 00:00   >>

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魔女たちはささやく。

スコットランドの武将マクベスは勝ち戦から帰還する途中で三人の魔女たちに遭遇する。魔女たちは彼を祝い予言する、いずれおまえは王になると。半信半疑のマクベスだったがその言葉は彼に強い印象を残す。予言を手紙に書いて妻に送り領地に戻って彼女に会えば、ちょうど宿泊に来ているスコットランド王を殺して予言を実現させろと唆される。ためらいながらも権力を欲望するマクベスは王を殺害して自らスコットランド王となる。身の危険を感じて逃亡した前王の息子たちに罪はなすりつけた。しかし善良な前王を殺害した罪の意識がマクベスを苛む。「俺は眠りを殺してしまった」。罪の意識といつか真相が暴かれるのではないかという恐怖が彼から心の平和を奪う。前王殺害の犯人はマクベスではないかと疑われて親友も手にかけ、その手をいよいよ血で染めていく。マクベスは心の平和を取り戻すべく再び魔女のもとを訪れる。魔女は彼に幻影を見せて述べる、「バーナムの森が動かない限りお前は安泰だ」「女から生まれた者はお前に敵わない」。どちらもありえないことでありマクベスはようやく安堵する。そのころ、イングランドではこの国に身を寄せていた前王の息子マルカムがマクベス打倒を決意する。同じくスコットランドから逃れてきた武将マクダフもこれに随う。マクベスは魔女の予言を信じて泰然と構えているが、バーナムの森の木の枝を偽装して進軍してくるイングランド軍を見て戸惑う、森が動いているではないか。彼の前に武将マクダフが現れ復讐の剣を抜く。「俺は女から生まれた者には破れない」、そう豪語するマクベスにマクダフは言う、「俺は母親の腹を裂いて月足らずで生まれた身だ」と。魔女の予言は二枚舌のたぶらかしであったと悟ったマクベスは応戦するも破れ、スコットランドに新たな王が誕生する。

本作は『ハムレット』『オセロー』『リア王』と並べてシェイクスピアの四大悲劇と呼ばれる。権力を欲望した者がそのために犯した罪によって破滅するという因果応報の劇として読める。けれどもその過程が興味深い。冒頭でマクベスは王への忠誠心篤い武将として登場する。その彼が魔女と遭遇すると彼女たちは妙なことを言う。はじめは彼の肩書きである「グラームズの領主殿」、それから「コードーの領主殿」、そして最後に「やがては王になるお人」と。これを聞いたマクベスは、なるほど自分はグラームズの領主だ、しかしコードーの領主ではない、コードーには勢い盛んな領主が生きているではないか、と反論する。そこへ王の使者が来て伝える、「王からの褒美として貴殿はコードーの領主になった、前の領主は反逆のために処刑された」と。マクベスは驚く。この瞬間マクベスは魔女たちの手中に落ちた。いかに清廉な武将とはいえ彼にも権力欲はあっただろう、たとえそれが王への忠誠のため無意識下に抑制していたとしても。魔女たちはマクベスのこの無意識の欲望を覚醒させたのだ。二つめの呼び名は成就した、とするならば三つめの呼び名――スコットランド王――も実現するのではないか。とはいえこの時点ではまだかすかな予感に過ぎなかった。やがて帰還すると王はマクベスを労い、そのあとでこう述べる、「王位継承者を長子マルカムに定める」と。マクベスのかすかな期待の予感はあっさりと潰える。けれども皮肉なことにこの障害が逆に彼の欲望に拍車をかけるのだ。阻まれたために却ってそれを強く望むようになる、人間の微妙な心理をシェイクスピアは突く。考えればマクベスが妻に魔女たちの予言を手紙に書いて送ったのも同じ理由による。マクベス夫人は豪胆な人物として設定されており――上述したとおり王殺害をためらうマクベスの背中を押すのは彼女だ――妻の性格を知っているマクベスが、わざわざ王が泊まりに来る日に合わせるように魔女たちの予言を伝えるというのは――あえて手紙を出さずとも直接口頭で伝えることも可能であったのに――いざというときにためらうだろう自分を煽ってもらうために、あるいは罪の意識を少しでも軽くするための共犯者として――こんなに共犯者に適当な相手はいない――確保するためではなかったか。マクベスはこれまで欲望を無意識下に封じ込めてきた。それが魔女という超自然的な存在(シェイクスピアの生きた17世紀ではまだその実在が信じられていた)によって暴かれた。暴かれたのちは欲望を意識化してそれの実現を目論んでいく。とはいえ彼は自分の弱さを知っているので――王を殺害した直後の場面にそれが顕著だ――あくまで言い逃れるための材料をとっておきたい、「あれのせいだ」と罪をなすりつける対象が欲しい、魔女の予言も妻の強硬な性格もそのために利用したのだ。

そもそも魔女は――悪魔も――付け入る隙のない者のまえには現れないだろう(付け入る隙のない人間がどれほどいるかは知らない)。マクベスの欲望も弱さもわれわれが身に覚えのあるものだ。実行したい欲望がある、けれども良識やら信仰やらのためにそうはできずに無意識下に封印したものがあるきっかけのために解放される。けれどもいざ実行してみれば罪の意識やら後悔やらに苛まれる。つまりはこうした人間のどうしようもない愚かさを、脆さをシェイクスピアは描いたのではないか。

本書は本編が約130頁、訳者による「『マクベス』を読む」と題した読書ガイド的なものが約50頁収録されている。このガイドは内容を理解あるいは考察するのにとても役に立った。「眠りを殺した」、「消えろ、消えろ、束の間のともし火! 人生はただ影法師のみだ」といった台詞と並んで有名だろう魔女たちの"fair is foul, and foul is fair"(本書の訳文は「輝く光は深い闇よ、深い闇は輝く光よ」、管理人は「きれいはきたない、きたないはきれい」が印象強い)と対応するように似た台詞を初登場時のマクベスが口にしているという指摘をとくにおもしろく読んだ。

さてマクベスと一緒にいた武将バンクォーは魔女たちに「お前の子孫が王になる」と予言される。本編中ではこの問題は直接筋には関係してこないが、マルカムがマクベスを討ったのちもさらに王位をめぐる争いは続くであろうことが予告されているようで興味深い。ロマン・ポランスキーは映画『マクベス』のラストに、この予言に関連するワンシーンをもってきて独自の――とはいえ説得力のある――解釈を示している。



4003220528マクベス (岩波文庫)
シェイクスピア SHAKESPEARE
岩波書店 1997-09-16

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