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zoom RSS 『津軽』 太宰治

<<   作成日時 : 2012/03/16 00:00   >>

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故郷。

日増しに敗色濃くなっていく戦中の昭和19年5月、太宰治は小山書店から風土記執筆の依頼を受けて故郷青森へ取材旅行に向かう。本書は、故郷といっても青森の一部にしか行ったことがなかった太宰が故郷を再発見し、そこに生まれた自分を見つめ直す旅の記録にもなっている。序編で太宰は、自分は歴史や地理や文化といったことの専門家ではないのだと読者に断る。自分には別の専門がある、何かといえばそれは愛――人と人との触れ合い――だ。本書はまた太宰が故郷で再会した人たちとの「愛」の記録でもある。

太宰の故郷への思いはアンビバレンツなものだ。津島家は県下有数の大地主で、金木町はこの家を中心にした城下町のような様相を呈していたという。そうした家に生まれた矜持と、そこからドロップアウトした恥辱、両者が入り混じっている。ある雑誌から「故郷に送る言葉」を求められた太宰は「汝を愛し、汝を憎む」と書いていて、この言葉はその感情を端的に示しているだろう。

17時30分の上野発急行列車に乗って翌日の朝8時に青森到着。青森を東側から回って行く。真面目に文献から引用して土地の歴史を紹介しつつ、同じように太宰の過去作品からの引用もある。故郷を回りながら同時に過去が回想される。人と出会えば酒を飲む。物資の乏しい時代であるのにすんなりと酒にありつけているのがおかしい。時代といえば地理の記述の際にたびたび、国防上の理由から詳述できないという文言が出てくるのに時代を感じる。

風物に向ける作家の目に感嘆する場面はあるものの、青森紀行自体はさほどおもしろいとは思わない。青森を知りたければそれこそ専門家の著書を読めばいいのであって、この作家に期待するものはそれではない。出会った人たちとのユーモラスなやりとりの記述こそ太宰の真骨頂だろう。戯画化して人を描くのがこれほど巧みな作家はあまりいないのではないだろうか。そうした笑いを誘う文章の合間にさり気なく箴言が置かれる。

人は、あてにならない、という発見は、青年の大人に移行する第一課である。大人とは、裏切られた青年の姿である。


「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせることができない」


人からおだてられて得た自信なんてなんにもならない。知らんふりして、信じて、しばらく努力を続けて行こうではないか。


青森を回って実家に帰り、実家の人たちと数日過ごしたあとでこの旅の仕上げとして小泊に乳母を訪ねる。この再会の場面が本書のクライマックスだ。乳母とはなかなか会えない。これはつまり縁がなかったのだと諦めて帰ろうとしたとき手がかりができる。そして再会。この場面は感動的なもの。

本書というか太宰を読み返すのがたぶん10年以上ぶりだったので先に解説から読んでいた。長部日出雄氏によるとこの感動的な場面は太宰の創作であって実際の再会は味気ないものだったという。それを知ってから読みはじめたのに、いざその場面になってみれば胸が熱くなる。太宰がどれほどすぐれたストーリーテラーだったか、改めて知る。おそらくほかにもそうした創作部分があるのかもしれない。紀行文のふりをしてさらりと虚構を織り交ぜながら澄まし顔でこんなふうに本書を結ぶ太宰の茶目っ気というのかサービス精神というのか、それが楽しい。
私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気でいこう。絶望するな。では、失敬。


ひさしぶりに読めば太宰治とはこんなに気持のいい文章を書く作家だったのかと驚いた。日本文学のうちでも口語文としては屈指のものではないか。とにかく読んでいて気持がいいのだ。ひらがなの用いかたや読点の置きかたなどに影響を受けている現代作家も多いのではないだろうか。クセになりそうな気持よさだ。

決してそれがすべてではないのに、太宰治というと暗いイメージをもたれがちなのは残念でならない。暗いというか辛気臭いというか。管理人は新潮文庫に入っている作品をすべて読んでいる程度の読者でしかなく愛読者でもないけれど、太宰のもっともよい作品は本書『津軽』と『御伽草紙』の二作だとずっと思っている(長部氏も同じことを解説に書いていたのが嬉しかった)。ユーモア、巧みなストーリーテリング、人間心理の鋭い洞察、気持のいい文章、そして希望。これらが管理人にとっての太宰文学の魅力だ。やや甘ったるいけれど「黄金風景」という掌編もよかったように記憶している。


4003109058津軽 (岩波文庫)
太宰 治
岩波書店 2004-08-19

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