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zoom RSS 『大尉の娘』 プーシキン

<<   作成日時 : 2012/03/18 00:00   >>

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父と子。

1773年のロシア、ウラル地方でピョートル三世を僭称する一人の男がコサックを率いて帝国に叛旗を翻した。彼の名はプガチョーフ。プガチョーフの叛乱軍はたちまちコサック、分離派信徒、異民族らを傘下に集めウラル地方一帯で2年にわたって大暴れした。本作はこの史実を背景とする。

語り手のピョートルは忠実な下僕のサヴェーリイチを伴い、ウラル地方オレンブルグの要塞で軍務に就く。軍務といったところが穏やかなものであり、司令官一家と親しくなって彼らと過ごす時間が多くなる。一家は司令官と妻、そして一人娘のマーシャの三人。やがてピョートルはマーシャと両思いの恋に落ちる。そんなある日、要塞に軍本部から手紙が届く。ピョートル三世の僭称者が暴徒を集結させて擾乱を起こし、すでに数個の要塞を占拠破壊した。この敵を殲滅せよ。対策を講じているうちに叛乱軍は要塞を襲撃し、正規軍は敗北、要塞は陥落する。多くの者が殺されるが、ピョートルはプガチョーフとは偶然ながら顔見知りであり、しかも貸しがあったので命は助かる。しかし恋人マーシャは敵の手に落ち、彼は彼女を救うために知恵と勇気を尽くして奮闘する。

本作はプーシキン晩年の散文小説の最高峰だと言われる。テンポよく展開する物語、個性豊かな登場人物、全篇に漂うユーモアと、いま読んでも素直に面白い。1833年の執筆当時はロシアでウォルター・スコットの歴史小説が大流行しており、「小説といえば虚構の物語に敷衍された歴史上の大きな出来事を指すことになっている」とプーシキンの所感が残っている。プーシキン自身はそれより早い時期から歴史に関心を寄せており、その過程でプガチョーフに注目して大部の『プガチョーフ史』をものしている。素地があったところにスコットの流行があり、プーシキンも歴史小説を構想する。それが本作であって4年近くの歳月をかけて完成された。

一応は歴史小説ということになっているが「プガチョーフの叛乱」の詳細はそれほど述べられていない。それよりも語り手ピョートルとマーシャの恋、彼らを取り巻く人たちの生を描いている。歴史と個人が融合した物語を書くというのがプーシキンの目論見だった。冒頭から最後まで読者を先へ先へと駆り立てるプーシキンのストーリーテラーの才能が遺憾なく発揮された傑作であって、筋の展開もさることながら登場人物の造形がいい。厳粛な父親と対照的なお坊ちゃんのピョートル、彼に仕える忠僕サヴェーリイチ、可憐なマーシャ、卑劣漢シヴァーリン、悪の英雄プガチョーフ。『オブローモフ』や『悪霊』で彼らにすでに出会っているような錯覚を覚えたのは、のちのロシア小説に登場する人物の原型がここにあるからかもしれない。

同じく岩波文庫に入っている短篇集『スペードの女王・ベールキン物語』同様、本作も古典の風格というか、古き時代を感じさせるおおらかな小説だ。ハッピーエンドであって読み終えていい気分になる。スコットの模倣らしいがラストが洒落ていてとてもよい。神西清の訳文は流石の一言しかない。最近、岩波文庫に入っている神西訳ロシア文学を何冊か読んでいて、もちろんそのどれも素晴らしいけれど、わけても本書は出色の出来と思う。

ロシア国民にとって、数多い自国の文学者のうちでもプーシキンは別格の存在だと言われる。「ロシア文学の父」とも。短篇集や『オネーギン』も読んでいるけれどもそこまでとは感じないのは言葉の問題か、彼の地の人にしか理解できない目に見えぬ何かか。ドストエフスキーだったか、『オネーギン』のタチヤーナこそロシアそのものだとか、「スペードの女王」のゲルマンはペテルブルグ的人物だとか、そういう見方はできないだろうと諦めてはいる。プーシキンの生涯を知っていると、本作中で決闘の啖呵を切ったピョートルをサヴェーリイチが馬鹿な真似はよせ、そんなことをして何になると諌める場面に寂しさを覚える。


4003260430大尉の娘 (岩波文庫)
プーシキン A.S. Pushkin
岩波書店 2006-03-16

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