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zoom RSS 『白馬の騎手』 テオドール・シュトルム

<<   作成日時 : 2012/03/29 00:00   >>

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嵐の夜に。

1830年代のフリースラント北部、語り手は嵐の夜に、訪れていた親戚の家を出発する。暴風にあおられながら堤防に沿って馬を走らせていると、黒い影がこちらに向かってくるのが見えた。漆黒の闇のなか、分厚い黒雲の隙間から月光が射すとその影は白馬に乗った人だった。すれ違い、また追い越してその人は姿を消した。やがて居酒屋の灯りが見え、語り手は店に入る。そこに集まっている堤防監督とその関係者たちに今見たものについて質問すると、離れた席にいた学校の先生がその騎手についての昔話をはじめる。

80年ほど以前、この村にハウケ・ハイエンという堤防監督がいた。子どものころから計算が好きで、堤防監督の家で下男として働いたのち彼の娘と結婚して義父の仕事を継いだ。彼は村をより豊かにしようと新しい堤防を作ることをかねてから考えていた。海が荒れると水びたしになる土地を守ろうというのだ。計画を告げると村人たちは不満そうだった。負担が増えるではないか、古い堤防でこれまでやってこられたというのに。しかしハイエンは押し切り、年をまたいで新堤防は完成する。ハイエンは満足した。だが年が経つと、堤防に脆い部分があるのに気がつく。津波が来たら決壊する、今度は垣根を作らなくてはならないとハイエンは村人たちに告げる。注がれる反感。結局ハイエンは妥協して簡単な補修工事だけで済ませる。それが祟って、嵐のために堤防は決壊し、津波が村を襲い、ハイエンは妻子もろとも波に飲み込まれる。では語り手が見たのはハイエンの幽霊だったのか。80年ものあいだ、彼はこの土地に縛りつけられ、今もさまよっているのか。

本作は二重の枠構造になっている。語り手がいて、彼が50年まえに読んだ本の記述、として本の語り手が先生に聞いた「白馬の騎手」(ハイエン)の話を述べる。伝聞のさらに伝聞(冒頭で語り手はむかし読んだ本を見つけられない、と述べている)という形式によって小説には曖昧な印象が漂う。ハイエンの生涯とともに語られる怪談めいた挿話も本作の曖昧さを強化する。白馬の騎手の素性はわかった、けれどもそれが実在したのか幻だったのか、最後まで明らかにならない。

全篇の基調は暗いもの。分厚い雲に覆われた空、窓を強く叩く冷たい風、堤防を越えて飛沫をあげる波。灰色の、と形容したいような調子が小説のはじめから終わりまでつきまとう。彼の地の暮らしはこんなにも厳しいものであるのか。北海沿岸の伝承が本作に影響していると訳者は指摘していて、日本でなら怪談は夏だろうが、彼の地では長い冬の夜にそれは語られるという(怪談が語られる季節はまた嵐の季節でもある)。島に浮かぶ亡霊、悪魔めいた馬商人、ハイエンの幽霊。一方で、あまりに俗な、生々しい人間関係がある。公共のためというよりは自己顕示のために堤防工事を主張するハイエンと、彼をよく思わない村人たちとの軋轢。一度めの工事は押し切れたものの、二度目の補修は妥協するかたちになった。そのせいで村は津波に襲われる。揉め事を恐れてやるべきことをやらなかった弱さを悔いてハイエンは波に飲み込まれるだろう。より悲劇性を強めるためだろうか、なぜか妻と子まで死なねばならない。どうして著者はこんなにも残酷に物語を作らねばならなかったのか。まるで救いがない。加えて、なぜハイエン夫婦が長く待ったのちようやく授かった子どもに障害がなくてはいけないのか。

本作はシュトルムの死の年の作品だという。この作家については岩波文庫の『みずうみ』しか読んだことがないのでわからないが、こんなに厳しい作風なのだろうか。体調不良のなかでの執筆だったそうで、それが影響しているのではないかと推測したくなる。老成した作家の描くハイエン一家の哀れを誘うような暮らしが強く印象に残る。わけても、わが子に障害があるのを夫婦ともにわかっていながら、お互い中々いい出せず、ようやくそのことを口にした妻がこれまで抑えてきた涙を溢れさせる場面は本作の白眉だろう。人生とはこんなにも耐えねばならないことの連続であるのか、と読んでいるこちらまで苦しくなる。分量は短いけれども重厚な物語を読んだような余韻が残った。そうしてとても疲れた。かなしい筋以上に、全篇に漂う重苦しさが疲れさせるのだ。悪い小説だとは思わない、けれども管理人は好まない。


4846004627白馬の騎手 (RONSO collection)
テオドール シュトルム Theodor Storm
論創社 2007-10

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