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zoom RSS 『狂えるオルランド』 アリオスト

<<   作成日時 : 2012/03/30 00:00   >>

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狂気の愛。

11世紀後半頃にフランスで生まれた『ロランの歌』(ロランはイタリア語でオルランド)のような武勲詩、その後フランスで流行したアーサー王物語のような騎士道物語は13世紀頃から北イタリアに移入され、民衆向けの「語り物」となって人気を博す。英雄たちの武勲や騎士たちの愛を主題としたこれら物語の流れを汲んで、15世紀末、イタリアの詩人ボイアルドは『恋するオルランド』を書いた。8世紀末のヨーロッパを舞台に、シャルル・マーニュ率いるキリスト教徒勢とイスラム教徒勢の戦いや、騎士と美女との恋愛が歌われたこの作品は詩人の死により未完に終わる。これの続篇としてアリオストは16世紀はじめころから本作を構想、約10年間に及ぶ執筆期間を経て1516年に初版が刊行される。刊行されるや好評を得、推定ではヨーロッパで20万部を出版したという(16世紀では驚くべき数字でありアリオストは一躍名を知られることになるが、大した収入は得られなかった)。その16世紀のベストセラー、ドン・キホーテも愛読した叙事詩はいかなる内容であるか。

物語の骨格としてキリスト教徒勢対イスラム教徒勢の戦いがある。しかし『イリアス』のようにひたすら戦闘場面が続くというのではない。同時進行として、男女の恋愛、あるいは冒険がある。オルランドをはじめ勇士たちはキリスト教徒勢もイスラム教徒勢も本来は戦争に来ているはずなのに、好きな女を追いかけるうちに各人がヨーロッパ各地に分散し、それに伴い物語は分岐していく。魔女によるたぶらかしあり、悪い領主の退治あり、怪物との戦いあり、異教徒同士の恋愛あり、果ては聖ヨハネに導かれて月にまで行く。ダンテの『神曲』の3倍の分量がある本作であるから、細分化した物語は多岐にわたる。キリスト教徒勢が幾度かの戦いののちイスラム教徒勢を撃破して大団円を迎える、というのが物語のメインストーリーとしてあり、その戦場はいわば各地に散らばった勇士たちを集結させるための場として設定されている。

群像劇であってオルランドのみが主人公ではない。読みはじめてもオルランドはなかなか登場しないだろう。彼が登場するのは本書の100頁以上を過ぎてからで、思わず『アンナ・カレーニナ』を想起した。群像劇にはいくつかの中心点があり、そのひとつがカタイ(中国)の美女アンジェリカ。絶世の美女であり、あらゆる男が彼女に懸想する。しかし彼女は誰にもなびかない。冒頭ではオルランドと一緒にいるものの、隙を見て逃亡、なんとかしてフランスから故国へ帰ろうと各地をさまよう。彼女をわがものにせんと多くの男たちが戦争そっちのけで馬を駆る。その過程で、上で述べたような冒険に発展していく。

本作には大きく分けて三つの要素がある。
(1)武勲詩
(2)恋愛
(3)アリオストが仕えていたエステ家の称揚

(1)については多くを述べるまでもない。戦場の勇士たちが活写される。主要キャラクターはみな文字通り一騎当千の猛者ばかりであり、何人かは魔法の武具を纏って瞬く間に雑兵100人を切り伏せる。戦力的にはキリスト教徒勢が終始優位に立っているが、中盤の山場であるパリ攻防戦ではイスラム教徒側の武将ロドモンテがたった一人でパリの町を破壊し尽くす。戦いの場面としてはここが本作中でもっとも迫力があるだろう。注目したいのは女戦士の活躍だ。主人公の一人であるブラダマンテ(エステ家の始祖)は魔法の槍を手にあらゆる敵を馬から転落させるだろう。武者修行中の戦士マルフィーザは血気盛んなこと、作中随一ではないか。この両者とも殆ど作中で最強のように述べられるのが面白い。本作の基調として女性賛美があり(恐らく女性読者層を意識してだろう)、女は男に守られるだけの存在として描かれていない(一人の男をめぐって女二人が決闘する場面もある)。

美しい女性の顔に傷をつけ、
髪の毛一本引き抜くさえも、
大なる悪であるのみならず、
自然に背き、神にも逆らうことと思うに、


女房に愛されたいなら、こちらも愛してやらねばならず、
こちら側から与える分だけ、
受け取ることが出来るというもの。



『イリアス』もそうだが、とかく戦場の場面は単調になりやすい(そのためホメロスは比喩を多用して迫力を演出する)。読み物として面白いのはむしろ(2)の部分だろう。本作には実に多様な愛の相がある。愚かな愛、一途な愛、滑稽な愛、情欲だけの愛。そもそも表題の「狂える」とは恋に狂えるの意であり、アンジェリカを中心に、ほかにも数多く登場する女たちが男たちを虜にするだろう。オルランドに戦場を捨てさせるほどの激しい恋情も空しく、アンジェリカは彼をはじめ数多の男たちを袖にし続ける。彼女が最後に選んだ男は――その意外な選択に管理人は舌を巻いた。アリオストは粋な詩人だ(ただし物語途中からアンジェリカが登場しなくなるのは物足りない)。中盤では恋の絶望からオルランドは発狂する。この場面こそ本作の白眉だろう。巧みな心理分析と悲痛の描写に感嘆する。訳者によるとオルランドの狂気は、動乱の最中にあった当時のイタリアを移調したものだという。政治的不安の時代にあって調和を望む詩人の願いが、オルランドに重ねられる。だからオルランドは正気に返らねばならない。この移調に、管理人は逆に恋愛の愚かしさ、空しさを見る。あんなにも焦がれた女であるのに、呪いのような恋から解放されるとオルランドは、
かつてはあれほど美しく、優しく映り、
あれほどまでも愛した女も、
もはや下らぬものと思え、
おのれより愛が奪いしものをみな、
また取り戻さんと望み、努めた。


こんな件もある。
嫌気がさした女を腕に抱くより以上に
耐えがたい重荷はほかにない


アルベール・コーエンは人が互いに助け合うような思いやりの愛をこそ至上とし、欲情にまみれた恋愛を唾棄する目的で『選ばれた女』という究極の恋愛小説を書いた。本作の背後から、恋だの愛だの世間は騒ぎすぎる、と憐れむようなアリオストの笑いを聞くのは管理人の思い過ごしだろうか。

そして(3)。本作はアリオストが仕えるエステ家の主君に捧げられている。この一族の始祖になるルッジェーロとブラダマンテはともに主人公として活躍するだろう。一族の事績を賞賛する目的で予言の手法が用いられ、途方もない数の人名がえんえんと記述される場面が幾つかあり、歴史に興味のある読者以外は、ここをいちいち読んで辟易するくらいなら読み飛ばして構わないだろう。実際、物語の進行には一切支障がない。本国イタリアではどのように読まれているのか、少し気になる。短縮されたバージョンが出ているのではないかと推測するが、どうか。

アリオストは盛期ルネッサンスを代表する詩人であり、同世代には、ミケランジェロ、ティツィアーノ、ラファエッロ、マキャヴェッリがいる。若いころから文学に憧れ、詩作に没頭したかったのが「宮仕え」のかなしいことには不向きな外交のために奔走せねばならず、本作の執筆は難航したようだ。晩年になって閑職を得、ようやく落ち着いて詩作に専念できるようになる。より完璧な作品とするため、初版を刊行したのちも劇作のかたわら推敲を重ね、第二版、第三版と重ねていく(第三版は執筆開始から30年が経過した1532年)。詩人が理想を追求するようにして筆を入れ続けた本作は、ではどういう物語かといえば、端的に「楽しく読める」の一語に尽きる。流麗な訳文が素晴らしい。少なくとも『神曲』のような読みにくさはない(管理人は『神曲』で面白いのは「地獄篇」だけだと思っている)。しかしまったく退屈しなかったといえば嘘になる。船に乗るたびに嵐になり、ご都合主義的に展開するのに辟易しなかったといえば嘘になる。登場人物が多すぎてメモを取りながら読むのが面倒だったのも否定しない(管理人のノートには70人くらいの名前が書かれている)。それでも、笑いあり、涙あり、興奮ありの冒険ファンタジーとして現代日本の一般読者が読んで充分満足が得られる作品だと思う。終盤のオルランド一行の凱旋まで来たとき、まもなく終わりかと寂しくなった。

最後にいわずもがなのことをひとつだけ。
キリスト教圏の詩人による、キリスト教徒勢対イスラム教徒勢の戦いということで、作中にはキリストこそ唯一の神でありマホメットは偽りだ、というような文言が出てくる。これを差別だの偏見だのというような読者は読まないほうがいいだろう。過去の作品に現代の思潮を押しつけるようなつまらない読みかたをする読者は、古典のほうがこれを拒む。どれほどの天才であろうと時代の制約を受けるのであり、おのずから限界がある。開かれた心で頁を開く読者をこそ古典は待っているだろう。とはいえアリオストはダンテよりもはるかに寛容であり、イスラム教徒側の武将を活躍させ、彼らを魅力的に描いている。ルネッサンスの時代精神を感じるようにして読むのが本作の適切な読みかたではないだろうか。ホメロスや『変身物語』を読んでおくと訳注を見る手間が省ける。


4815804079狂えるオルランド
ルドヴィコ アリオスト Ludovico Ariosto
名古屋大学出版会 2001-08

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