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zoom RSS 『ダフニスとクロエー』 ロンゴス

<<   作成日時 : 2012/03/07 00:00   >>

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めばえ。

3世紀ころのレスボス島。貧しい山羊飼いがニンフを祀った洞窟に捨てられている男の赤子を見つける。その子のかたわらには高価な装飾品が置いてあった。子どものなかった山羊飼いは赤子を抱いて帰りわが子として育てる。その2年後、同じ場所に今度は女の赤子が捨てられているのを羊飼いが見つける。この子も高価な装飾品と一緒に捨てられており、子どものなかった羊飼いはわが子とする。男の子はダフニス、女の子はクロエーと名づけられた。彼らの両親が親しかったので少年と少女は兄妹のように育つ。野原で家畜の面倒を見ながらダフニスは葦笛を吹きクロエーは花を摘む。周囲では小鳥たちが歌い、花が香り、やさしく風が吹き、あたたかな陽光が降り注ぐ。あるときクロエーはダフニスが水浴びしているのを目撃し、その姿の美しさに胸をときめかす。ダフニスはまたクロエーの接吻に動揺する。二人は恋に落ちたのだが狭い生活圏で暮らしていたためその感情が何であるのかわからない。抱擁し、接吻すると幸せだけれど何か物足りない。その後二人のあいだを裂くような出来事が幾度か起こるものの愛し合う少年と少女は心に決めた相手を想い続け、ともに富裕な家の出であったのが判明したのち結婚式を挙げ、その夜にようやく結ばれる。

本作の制作年代は2世紀後半から3世紀前半と推測されている。作者についてはその名前以外の詳細はわかっていない。紀元前後から5世紀ころにかけて地中海世界の各地ではギリシア語による通俗的な大衆読物が多く作られ、これらの物語の作者たちはもともと古典作品に拮抗できるような文芸作品を書くというような野心はなく、戯作作者に甘んじていた人たちであっただろう、と訳者は解説で述べている。物語自体はどれも他愛ないものではあるが、どの作品にも古典作家からの引用や古典期およびヘレニズム期の作品を踏まえた叙述やモチーフがたびたび現れ、読者の知的好奇心を刺激する。男女を問わず知識階級のかなり広い範囲の人たちがこれらの物語の愛読者だったのではないかと考えられているとのこと。

本作の題名は写本によって多少の異同はあるものの「ダフニスとクロエーにまつわる牧歌的物語」とされるのが一般的であり、題名のとおり、エーゲ海に浮かぶ自然豊かな美しいレスボス島を舞台に、少年と少女の「春のめざめ」が四季の移ろいと同調して描かれる。背景にあるのはニンフやパーンを崇め、家畜の世話をし、作物を収穫するのどかな生活だ。つい先を急ぎたくなる現代の読者であってみれば当時の修辞学の影響だという絵画的な風景描写はときにもどかしい。けれどもこの描写は――上述したように――主人公二人の恋の進展と密接に関わっているのだからここは物語の調子に合わせるべきだろう。得体の知れぬ感情に戸惑いつつ徐々に心を深く通い合わせていく少年と少女の成長が、レスボス島の豊かな四季の移り変わりに重ねられている。二人の恋を危うくするように横恋慕があり、海賊の襲来があり、戦争がある。しかしこれら危難は幸運や神の加護によって乗り越えられる。翻訳にして分量は150頁程度ながら長い――退屈ではない――時間を読者に感じさせ、最後の一行を読んだときには分量以上の時間この小説を読んでいたような不思議な余韻が残る。

少年少女のういういしさ(というか無知)が可愛くてとてもいい。ダフニスがクロエーの家を退去するときに、先に彼女の両親と挨拶の接吻をしてから最後に彼女とするのだが、その理由は「クロエーのしてくれた接吻が、よごれずに残るようにという気持から」だというのがほほえましい。といってプラトニックな恋愛小説かというとそんなことはなくて性描写が露骨すぎるという批判が昔からされている内容になっている。恋を恋とわからぬ二人に村の老人はその対処法を教える。接吻しろ、抱擁しろ、一緒に寝ろ、と。いわれたとおり接吻し(ことあるごとにこの二人は接吻するのだが)抱擁したあとで二人は裸になって一緒に横になるものの胸のうずきはおさまらない。何か違うのではないか。訝るダフニスのもとに、以前からこの美少年を狙っていた浮気女が現れて性の手ほどきをする。こうやるのかと知ったダフニスはさっそくクロエーにも試してみようとするも女は忠告する、気をつけないと痛がったり血が出たりするかもしれないよ。血は傷口から出るものと思ったダフニスは大事なクロエーにそんなことはできないと性交を(屈託なく)我慢する。たしかに露骨かもしれないけれど、あっさりと記述される性描写は管理人にはむしろ爽やかに感じられて好感がもてる。健全というより健康的。

出生不明の赤子がそれぞれ美しく育ち、互いを好きになり、さまざまな曲折を経たのち、富裕な家の出身だと判明して結ばれるという筋を他愛ないといってしまえばそれまでで、この他愛なさにこそ素朴な魅力を感じるのはなぜなのだろう。恋は呪いだと思っていた人間が恋は祝福なのかもしれないと思ってしまえるくらいこの物語に強く惹かれるのはなぜなのだろう。裕福になり町で贅沢な暮らしができるのに、二人は村に戻ってきて牧人風に暮らしていく。作者は終盤のある場面でこんなことをさり気なく述べている、「長年なじんできたものは、まだなれぬぜいたくなものよりはるかに好ましく思われる」。豊かで美しい自然のなかで愛する人と家庭を築き神々とともに暮らす――ロンゴスの理想の生活がそれだったのだろうか。これを読んだ当時の読者はどう思ったのだろう。

ゲーテは本作に傾倒して度が過ぎるほど絶賛したという。本作に取材してラヴェルは組曲を作り、ボナール(本書の挿絵になっている)やシャガールは連作を描き、ベルナルダン・ド・サン=ピエールは『ポールとヴィルジニー』を、三島由紀夫は『潮騒』を書いた。訳者は「この物語がルネサンス以後、各国の文学、美術、音楽その他の分野にわたって及ぼした影響はすこぶる大きい」と述べる。レスボス島に咲いた菫のように可憐なこの物語に人は郷愁に似た憧憬を抱くのかもしれない。せつなさをかき立て、なおかつハッピーエンドなのが素敵だ。ユーモアがあるのもいい。根っからの悪人が登場しないのもいい。解釈のしようによっては円環構造になっている手法に驚嘆していい。またひとつ愛すべき物語に出会えたのが素直に嬉しい。

この世に美しいものがあるかぎり、眼がものを見るかぎり、エロースの手を逃れた者はかつてなく、これからもありえぬ(略)。



4003211219ダフニスとクロエー (岩波文庫 赤 112-1)
ロンゴス 松平 千秋
岩波書店 1987-03-16

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管理人の好きなミレーも本作を題材に「春(ダフニスとクロエ)」を描いていて、これは上野で見られる。
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