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zoom RSS 『生の短さについて 他二篇』 セネカ

<<   作成日時 : 2012/03/14 00:00   >>

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より善き生への信。

ローマ帝国の政治家にしてストア派の哲学者、皇帝ネロの師も勤めたセネカによる、善き生をめぐる対話篇を三篇収録する。

「生の短さについて」。人は言う、人生は短いと。だがそれは違う、人生は正しく活用すれば充分な時間が与えられているのだとセネカは述べる。われわれは日常の些事に追われ、そのために多くの時間を割いている。空虚な社交に夢中になり本当に大切なことのためには時間を割こうとしない。本当に大切なこととは何か。英知とは何か徳とは何かについて知り、学び、正しき人間になることだ。それこそが真の生である。そしていつも死を忘れるな。死はいつ君を襲うかわからない、誰もそれから逃れた者はいない。死を心の片隅に置き、世間に煩わされること少なく、正しき人間として生きよ。そのための時間は与えられている、時間を無駄に費やすな。

「心の平静について」。セネカの友人セリーヌスが問う、自分は政界で活動的にやりたい、けれども瞑想的な生活にも憧れる。ストア派の教えに従い質素を旨としているけれども贅沢にも惹かれる。こうした迷いの状態から脱して心の平静を得るにはどうしたらいい。セネカは答える、無為と倦怠を避けよ。活動的な生と瞑想的な生は相容れないものではない、両者を「綯い交ぜ」にすればよい。金に関しては必要な分のみ求め、それ以上は追うな。持つ物が多くなればなるほど失う心配は増えるだけであり、しかも運命が君に与えてくれたものはいつまた運命の気まぐれによって奪われるかはわからないのだから。政治にせよ学問にせよ実現不可能なものは断念して実現可能なもので満足するようにせよ。何かの労をとるときは必ず目標を定めよ。そしていちいち他人の視線を気にするな。

「幸福な生について」。セネカが長兄に答える、幸福な生とは彼の自然の本性と合致した生である。徳は大切な要素であるがそれは快楽のために行うのではない、徳すなわち快楽なのだ。理性を重んじ、理性の声に耳を傾け、今あるものに満足することを覚えるがいい。不遜や自惚れ、他人より上だと盲信する思い上がり、所有物への盲愛、他人への侮辱、怠惰と無気力、これらはみな歪んだ快楽であって、徳はこれらを振り払う。賢者は快楽を受け入れるがそれに執着することはない、あれば享受するがなくなれば拘泥しない。賢者は快楽の虜となるのではなく、快楽を利用する。

以上は要約。本書にせよ同じく岩波文庫に入っている『怒りについて 他二篇』にせよ、一読して気づくのはセネカが常に死を意識している点だ。いずれわれわれは死ぬ、だからこそ限りある生を善くせよということをセネカは繰り返し述べている。ストア派というと禁欲、忍耐、博愛、克己といった言葉がまず浮かぶけれども、それら以上に「死の瞑想」(訳者)と言いたいようなものがこの哲学者(と呼ぶ)にはある。死の側から生を照射する見方だ。

むしろ、君は短い人生を大事にして、自分自身と他の人々のために穏やかなものにしたらどうだ。むしろ、生きているあいだは自分を皆から愛される者に、立ち去る時には惜しまれる者にしたらどうか。なぜ君は、あの高所から君をあしらう者を引き下ろそうと欲するのか。なぜ君は、あの君に吠えかかる男を、卑しく惨めだが、上の者に辛辣でうるさい奴を自分の力でへこませてやろうとするのか。なぜ奴隷に、なぜ主人に、なぜ王に、なぜ自分の子分に怒るのか。少し待つがいい。ほら、死がやって来て、君たちを等し並にするだろう。

「怒りについて」


ブコウスキーふうに言えば「死をポケットに入れて」生きよということになるだろうか、この見方がセネカの特徴だと思って読み終え、巻末でこの人物の生涯を知って合点がいった。セネカの生涯は死に取り巻かれていたのだ。

セネカは紀元前後にスペインのコルドバに生まれる。生まれつき病弱で(マルクス・アウレリウスを連想してしまう)、教育のため親戚とともにローマに移り、青年期に哲学と出会い傾倒する。ときに死を覚悟するほどであったという弱い体質の彼の思索が内に向かうものであっただろうことは推察できる。30歳前後に呼吸器系の病いに冒されエジプトで5年間療養する。そののち公職に就き、順調に出世していく一方で弁論家としても名を馳せていく(その見事な演説を聞いた皇帝カリグラは彼を暗殺しようとした)。40歳ころに父と息子を立て続けに亡くす。やがてカリグラが暗殺されクラウディウスが帝位に就き、その妃の陰謀に巻き込まれてコルシカ島へ追放される。一人息子を亡くした直後に荒涼たる不毛の地に追いやられた心境は察するに余りある。慰めの書といえるものはすべて読み、悲劇を執筆し、現存する最初期の対話篇が書かれていく。追放されて10年を経たころローマではクラウディウスの妻メッサリナが処刑され、皇妃としてアグリッピナが迎えられる。彼女の連れ子がのちの皇帝ネロであり、学識高いセネカを息子の家庭教師にと望んだ皇妃の尽力によって流刑地から帰還する。クラウディウスが逝去し、帝位に就いたネロははじめ善政を実現するも――周知のように――母アグリッピナとの確執が深まり皇帝は徐々に暴君と化していく。義弟ブリタンニクス及び母アグリッピナの暗殺、妻オクタウィアの処刑、ローマ大火によるキリスト教徒迫害――そしてローマ大火の翌年セネカは陰謀連座の嫌疑で捕えられ、かつての生徒に自決を命じられる。セネカの自決は難渋し、まず血管を開き、そのあと毒人参を呷り、熱湯に浸かっての絶命だったという。その間、嘆き悲しむ妻や友人を励まし続けた。ストア派の哲人らしいその死にかたに心が動く。ソクラテスの死が想起される。

こうした、絶えず身近に死のある生を生きてきたセネカの対話篇はストア派の思想に彼オリジナルのものが加えられているのだろう。管理人はマルクス・アウレリウス(彼の生涯も苦難続きだった)の『自省録』を眠られぬ夜のために枕元に置いている人間で、その関連として以前に旧訳の『人生の短さについて』を読んでいるのだがそのときは――畏れ多くも――物足りなかった。というのもセネカの述べることには一種の諦念や断念があって、これが20歳そこそこの人間にはどうも消極的に思えたのだ。実現不可能なことは諦めよという(「心の平静について」)。けれども当時の管理人は人生は欲するべきではないかと思えた。欲しなければ得られないではないか、とも思えた。その考えは今回再読しても変わらない。なるほどセネカの述べることはおそらく正しいし、それ以上に美しい。厳しくもあり、同じくらいに優しくもある。でも欲望も評価されていい。そのために挫折や失敗することがあったとしても、それは彼ののちの財産になるのではないだろうか。徳を求めよという。善く生きよという。挫折や失敗を経て得た知恵によって、セネカの理想に近づいていく、そういうこともあるのではないだろうか。2000年まえの論考にあれこれ言うのは野暮ながら、善き生へと至る道はひとつではないと思えてならない。人の数だけ道があって、それらの道のすべてがどこかで善き生に通じていると管理人は信じている。信じて生きている。

――と思うのはセネカの対話篇が(対話篇という形式上仕方ないのだが)どうにも説教臭く感じられて反発したくなるからかもしれない。『自省録』のような日記めいた形式であると、読者は個人の内面に直接触れた気になってだから感銘を受けるのだろう。たとえば以下の記述は大帝国の皇帝が自身に向けた言葉なのだ。

善い人間の在り方如何について論ずるのはもういい加減で切上げて善い人間になったらどうだ。

『自省録』


賢帝と呼ばれた人間がこういうことを書いているという事実がいつまでも忘れられずに胸に残る。

本書に戻ると、とくに実用的と思えたのは「心の平静について」の章だ。この章は政治家セリーヌスを相手にしているのでセネカの論考が実践的なものになっている。極論すれば、何事も中庸をこころがけよということだ。他人を気にしすぎるな、とも。この章にはまたこういう一節もある。

学問研究は、出費の対象として最も自由人にふさわしい営みだが、それが理を有するのは、節度をも有している限りにおいてである。持ち主が表題だけでも一生かかっても読み切れない万巻の書物や文庫に何の意味があろう。汗牛充棟の書は、学ぶ者の重荷になりこそすれ、教えにはならない。多数の著作家のあいだを当てもなく渡り歩くよりは、少数の著作家に身を委ねるほうがはるかにましなのである。
(略)
何事においても、過度なものは悪なのである。


「学問研究」はしていないけれども増えすぎた蔵書の処分を考えていたところでこの言葉に出会い、背中を押してもらった。もう二度と読み返さないだろう本、虚栄心をしか満たしてくれないだろう本を手放す決心がついた。これも偉大な哲学者の功徳だろう。

4003360710生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)
セネカ 大西 英文
岩波書店 2010-03-17

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この文庫に収録の「摂理について」は今苦しい思いをしている人の慰めになるかもしれない。
4003360729怒りについて 他二篇 (岩波文庫)
セネカ 兼利 琢也
岩波書店 2008-12-16

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管理人の眠られぬ夜の友。
4003361016自省録 (岩波文庫)
マルクスアウレーリウス 神谷 美恵子
岩波書店 2007-02-16

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