epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『モンテ・クリスト伯』 アレクサンドル・デュマ

<<   作成日時 : 2012/04/09 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

涙の香り。

若き船員エドモン・ダンテスは危険な航海の最中に船長を亡くすも、無事マルセイユに帰還する。事情を知った船主は新しい船長にダンテスを推すつもりになり、彼にそう打ち明ける。若者は歓喜するが、それ以上にいま脳裏に浮かぶのは父親との、そして愛する恋人メルセデスとの再会だった。若くしての出世、美しい恋人との婚約。まさに幸福の絶頂にいたダンテスだったのが、婚約披露の席上で警察に連行されてしまう。彼の幸福を妬んだ三人によって政治犯の濡れ衣を着せられたのだ。ダンテスは無実を訴えるも検事の利己的な思惑も絡んで容れられず、海の孤島の監獄に収容される。ダンテスは獄中で同じく囚人のファリア司祭と知り合い、おそらくはと前置きののち逮捕の真相の推理を聞かされ怒りと憎悪を募らせる。司祭は脱獄計画を打ち明け、二人は協力してそれに取り組みながら、ダンテスは弟子として司祭から学問を学ぶ。ファリア司祭はあるときダンテスに言う、自分は莫大な財宝を娑婆に残してきた、脱獄が成功した暁にはそれをわれわれで山分けしよう。長く繋がれた人の狂気だとしてダンテスは内心でこれを退ける。けれども司祭が死に、その死に乗じて脱獄したダンテスは、一縷の希望にすがる心でありかと示された無人島、モンテ・クリスト島へ赴く。果たして財宝はあった。一夜にして巨万の富を得たダンテスは、さっそく故郷に残してきた父親と恋人の消息を探る。老父はすでに亡くなっていた。メルセデスは――真相を知らなかったとはいえ――ダンテスをはめた男と結婚していた。かつてダンテスを陥れた人びとは、いまは成りあがってパリの名士になっているという。14年の監獄生活ののちようやく自由を得た彼は、モンテ・クリスト伯爵と名乗り復讐を開始する。

感情豊かだったダンテス青年は監獄で14年の辛酸を舐めて死に、冷徹なモンテ・クリスト伯爵として甦る、神に代わって悪に裁きを下すために。「神に代わって」とは本人の言葉であり、そこに凄まじいような怨みを感じて読んでいてたじろぐ。伯爵はことを急がない。すでに長い年月を待ったのだ。彼の復讐は実に10年に及び、仕損じないよう周到に罠をめぐらせていく。長い準備期間ののち、三人のうち一人を斃した伯爵は呟くだろう――「まず一人!」と。これから殺していくつもりの人間を数える伯爵が怖ろしくなる。神の力は地上では富のかたちで行使される。伯爵の豪奢さに人々は目を眩まされ、かつて彼を罠にはめた者たちはその正体を見抜けない。彼らはまさに神に翻弄されるようにして伯爵に翻弄される。しかし一人だけ、一目見るなり伯爵はマルセイユの純朴な船乗りエドモン・ダンテスであると見抜いた者がいた。かつての恋人、いまは男爵夫人、一児の母であるメルセデスだ。終盤で彼女の息子と伯爵は決闘になる。抜群の射撃の腕をもつ伯爵に敵はない。しかしその前夜、メルセデスは伯爵に懇願する、どうかあの子の命を奪わないで。悪いのは夫であり、自分であり、息子には関係がないのだからと。憎悪の一念で、悪に加担した者は一族にいたるまで滅ぼすつもりでいた伯爵が、このとき躊躇を覚える。女の帰ったあとで彼は呻くだろう、「おれはばかだった」、「復讐しようと決心したとき、心臓をむしり取っておけばよかったんだ!」それまで仇敵に対して一切の慈悲を見せなかった伯爵が、神の化身のように思えた伯爵が、本当には生身の人間であったと示す印象的な場面だ。現世で不正が行われたとして、人に復讐は可能であるのか。伯爵が信仰する神はこう述べたではないか。「復讐するは我にあり」。悪人たちの命数は大いなる手に委ねるべきではなかったか。神は伯爵に、復讐させるために富を与えたのか。管理人が考えるにおそらくは、人の手による復讐の虚ろを悟らせるために、神は伯爵の運命を用意したのではないか。そもそもがこんなにも激しい怨念を、憎悪を、一人の人間がもちこたえている、という一事からして、彼は護られているというような怖ろしさが読んでいる間念頭を去らなかった。そうであるから当然最後には、ゆるしがなくてはいけないだろう。モンテ・クリストとは「キリストの山」の意味だった。復讐の果てに、伯爵は遂に人をゆるすことを学ぶ。

「岩窟王」のタイトルでも知られる19世紀フランス文学を代表する長篇だが、管理人は30を過ぎてこのたびはじめてきちんと読んだ。そうして今の年齢で読んでよかったと思っている。たとえば十代で読んで、破産寸前の経営者と労働者の利害を超えた関係や、息子の命乞いのためにかつての恋人に跪くメルセデスの苦しい胸のうちや、麻痺で不自由な身体を孫娘への愛情で支えるようにして生きているノワルティエ老人の超人的な精神力や、亡き恩人の遺児に寄せる伯爵の父親のような愛情が、こんなにも胸に沁みたとは思えないから。物語としてよくできていて、無実の罪による投獄ののち復讐をして最後にはゆるしの心にいたるという筋書きは、時代も国境も超越して読者に感動を与えるだろう。長篇であって途中で退屈を感じるところがないわけではない。とくにローマ篇(岩波文庫の二巻途中から三巻全体)はやや退屈だった。しかし本格的な復讐を開始するパリ篇(岩波文庫四巻以降)はスリルに溢れ読者を飽きさせない。勧善懲悪、あるいは因果応報。現実ではなかなかないような展開であるからこそ、読んで胸のすく思いがするのだろう。

訳文がいささか古風だがとくに読むのに困難はないと思われる。あまり好き嫌いが分かれる小説とも思わない。管理人は最後の有名な伯爵の言葉よりも三十章の劇的な展開に涙した。破産寸前だった船主を、伯爵は恩を返す心で救う。歓喜に沸く港の人々を、離れたところから見つめる伯爵の口許には微笑が浮かんでいる。この場面は神話的と形容したいような迫力に満ちている。あんまりいいのでここで読むのをよそうかと思ったほどだ(ちょうど三十章で一区切りつくかたちになっている)。基本的にパリの名士たちは金のことばかり気にしているのだが、そんななかにあって一際異彩を放つダングラール嬢が不思議と印象に残る(彼女と家庭教師の関係に、プルーストのヴァントゥイユ嬢とその女友達を連想してしまう)。モンテ・クリスト伯爵がなぜ他家で食事に手をつけないのかなど、細かい部分を推理しながら読むと楽しいだろう。

復讐はきっと新たな復讐を生むだけであり、その負の連鎖はどこかで断ち切らねばならない。伯爵はそれをした。彼とメルセデスを結ばないことによって、最後のハッピーエンドにも一抹の苦味が残る。

400201133Xモンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)
アレクサンドル デュマ 山内 義雄
岩波書店 2007-12-18

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『モンテ・クリスト伯』 アレクサンドル・デュマ epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる