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zoom RSS 『石さまざま』 アーダルベルト・シュティフター

<<   作成日時 : 2012/04/26 00:00   >>

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光と闇の対比。

シュティフターの短篇集の全訳。岩波文庫の『水晶 他三篇』に欠けていた「電気石」と「白雲母」が含まれている。

シュティフターは作家であると同時に画家でもあった(『水晶 他三篇』には彼の風景画が数点収録されている)。本書収録の作品に共通して見られる長い風景描写は画家としての目が活かされた特徴であるのだろう。森や山について長々と述べる著者の筆致は、物語の進展に関心の多くを向けがちな管理人に辛抱を求めるようだけれども、それを通じてこそ得られる情感がある。シュティフターは政治への情熱を抱いたのち、それの愚劣さに失望した挫折の人だった。破壊や混乱といった三月革命(1848年)の現実との直面が彼の人生の転機になった、と上巻の解説にある。「社会の変革は、一時の大きな出来事によってなされるのではなく、幼い頃からの人間形成において用意されなければならない」。教育の重要性を思い知らされたシュティフターは1850年から15年間、教育活動に従事した。『石さまざま』は来たるべき世代へ向けられた教育的な読み物としての色合いが濃いが、これほどにも生きることの苦渋と哀感――その背後には人間の善性への強靭な信頼があるとはいえ――が満ちた本作は、大人の読者の胸にこそ響くものがあるのではないか。冒頭に収録されている「花崗岩」では、著者の故郷から見える風景の描写が長々と続いたのち、ペストに苦しめられた少年と少女の物語が昔話として述べられる。この短篇は改稿で残酷な部分を削除されたというが、それでも自然の災厄に襲われることの恐怖感は失われていなくて、以前に読んだときにはこの災厄を生き延びた少年と少女の逞しさに感嘆と安堵を覚えたのだったが、このたび読めば、最後の部分の、いまはすっかり壮年となった語り手が祖父から聞かされた昔話を懐かしがる文章の、しみじみとした情緒に惹かれた。

降雪の山奥で遭難する幼い兄妹の物語、「水晶」はやはり素晴らしい短篇だった。『石さまざま』全六篇のうちでもとりわけ胸を打つ。自然は幼い二人を襲うが、同時に二人を守りもする。相反するような、人知の及ばぬこの力に対して謙虚であれ、という作家の声が聞こえるようだ。以前に読んだときは知恵と勇気で妹を導く兄に注目したが、再読してみると彼ばかりでなく、兄の言うことに常に従う妹の素直さが印象的だった。こんなにも強く人を信頼できる心の頼もしさ。そして、洞窟のなかで凍えるようにして夜を越すときに、眠ったら駄目だという兄へ、「わたし眠ったりしないわ」と寝ぼけ声で返事をし、「わたし凍えてないわ」と答える彼女のあどけなさと気遣う心に、泣きたくなるような感動を覚えた。遭難した二人を助けた村人たちが居酒屋で、もっと手際よく救出活動ができたのではないかと話している場面は、その文章がさり気なく書かれてあっておそらく以前には見落としたのだろう、今回読んでみればあるいは「水晶」のうちでもとくにすぐれた部分ではないかと思えた。

「電気石」は姦通を扱った短篇で、裏切られた男の狂気が娘の人生を押し潰す暗い物語であるけれど、最後には彼女が人の善意によって救われるのに安堵する。父親が娘に、教育と称して、自身の葬式と母親の自殺についてをえんえんと書かせるという異常な部分に恐怖する。シュティフターは六篇のすべてに明るさを志向する生と対比させるようにデモーニッシュなものを導入しているが、自然のそれではなく人間のそれについて述べられる「電気石」は本書中で異質の感が強い。「白雲母」は、自然の化身のような不思議な少女がある一家と親しくなるも最後には彼らのまえから姿を消してしまうというメルヘン色の濃い物語で、どんなに努めても自然を飼いならすことはできないことを示唆するようで苦い余韻を残す。

猛威を振るう暗い力のまえで子どもたちはいつだって無力だ。この厳しさが、そのままシュティフターの目に映った人生の実相だったのだろうか。そう考えると少し悲しくなる。


4879842435石さまざま〈上〉 (シュティフター・コレクション)
アーダルベルト シュティフター Adalbert Stifter
松籟社 2006-06

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4879842443石さまざま〈下〉 (シュティフター・コレクション)
アーダルベルト シュティフター Adalbert Stifter
松籟社 2006-06

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