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zoom RSS 『三つの物語』 フロベール

<<   作成日時 : 2012/05/05 00:00   >>

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フローベール最晩年の作品。

収録されている3作は(執筆時の)現代から中世、そして古代へと時代を遡っていく。述べられるのは運命か。人の性情がそうあるのなら、その鋳型に合わせるように運命は準備される。三篇の主人公たちはそれぞれがあるべき人生を生きるだろう。

冒頭収録の「純な心」がいい。女中フェリシテ(フローベール家に長年仕えた女中がモデルになっている)の一生が淡々と述べられる。善良な性質に生まれついた彼女が女主人に仕えて生きていくうちに幾度も重ねる愛する人たちとの悲しい別れ。生涯で一度きりの恋の相手、母親のように愛情を傾けた甥、字の読めない彼女に絵本を読んでくれた令嬢、長いあいだ一つ屋根の下で暮らした厳格な女主人、そして彼女の最愛のペットだった鸚鵡のルル。みな彼女のもとから去っていく。女主人の死後、彼女の息子がやって来て邸は売りに出すという。いまではすっかりお婆さんのフェリシテはどうして暮らしたらいいだろう。しかし売れないので彼女は邸に居残る。屋根裏の彼女の部屋は居心地のよい場所だった。フェリシテはそこに、まるで思い出を集めるように、女主人やその子どもたちから「頂いた」品々を溜め込んでいた。肖像画や地理の絵本や貝殻細工の箱、そして剥製のルルなどを。いまでは外出は滅多にしない、近所の古道具屋に邸の家具が売られていて、そこを通りたくなかったのだ。よくなると売れてしまうかもしれないので修繕を頼まず、時の経過のうちに邸は傷んでいく。荒れた邸の屋根裏部屋で、老いたフェリシテは死にかけている。会う人といったら看病してくれる近所のおかみさんだけ。ルルの剥製も壊れてしまい、片方の翼はもげ、詰め物も溢れている。もはやものがはっきり見えなくなったフェリシテは剥製に口づけし、静かに息を引き取る。傍目にはドラマのない一生を生きた、どこにでもいる女中の一人として。

情感を込めず醒めた目で眺めるように述べられるフェリシテの一生に哀れみを強く喚起される。人の一生は悲しみまた悲しみと続くうちに終わってしまうのかもしれない。別れの瞬間も悲しいものだが、あとに残された人が先立った人を偲ぶときにも胸を引き裂かれるような痛みがあるだろう。フェリシテと女主人は、若くして死んだ令嬢の戸棚をなかなか整理できずにいたのだが(つまりは心の整理がつかなかったということだろう)、あるときとうとう思い立って彼女の部屋の戸棚を開く。
夏のある日、とうとう戸棚を開けてみることにした。なかから数匹の蛾が飛び立っていった。
服がきちんと一列に並べられていた。上の棚には、人形が三つ、輪回しあそびの輪、ままごとの道具、日ごろ使っていた洗面器がのっている。夫人とフェリシテは、ペチコートや靴下やハンカチなども取りだして、たたみなおして戸棚にしまうまえに、それらを二つの寝台にひろげてみた。悲しみをさそうこれらの品々に日があたり、しみや、身体の動きでできたしわが目についた。外気は暑く、青味を帯びていた。つぐみのさえずりがどこかから聞こえてくる。なにもかもが、深い安らぎのなかで息づいているかのようだった。ふたりは毛足の長い絹綿ビロードの、小さな栗色の帽子を見つけた。が、それはすっかり虫に喰われていた。

このあとで二人の女は身分の違いを越えて抱擁するのだが、人と人とを結ぶ絆がもしあるのなら、それは悲しみの糸で紡がれているのではないだろうか。悲しみだけが、誰かと誰かを憩いに導くようにして結んでくれる糸ではないのだろうか。主観を排した筆致と内容の調和が素晴らしい。

「聖ジュリアン伝」は中世の聖人伝説に取材している。血を好む性質に生まれついた少年が獣たちの殺戮の果てに「いつかお前は両親を殺めるだろう」という神の声を聞き、抗おうとする。ジュリアンがこれまで殺した獣たちを幻視する場面の迫力に慄いた。「ヘロディア」は聖書に記されている洗礼者ヨハネ殺害の物語。著者は結びの文章を書くのに10日を費やしたという(『ボヴァリー夫人』の登場人物の名前を考えるのにも時間をかけていなかったか)。『ボヴァリー夫人』や『感情教育』といった長篇が備える「長さ」の恵みとは異なる、凝縮された作品がもつ「短さ」の恵みが本作やホーソーンの短篇にはあると感じる。こうしたすぐれた作品が入手しづらい現在の状況は少し寂しい。


4828832270三つの物語 (福武文庫)
ギュスターヴ フロベール 太田 浩一
福武書店 1991-11

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岩波文庫版もある。
400325385X三つの物語 (岩波文庫)
フローベール 山田 九朗
岩波書店 1940-06-18

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