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zoom RSS 『ヴァージニア・ウルフ』 ナイジェル・ニコルソン

<<   作成日時 : 2012/11/18 00:00   >>

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恋人の息子が描くウルフの肖像。

20世紀イギリス文学を代表する作家の一人であるヴァージニア・ウルフのコンパクトな評伝。著者は、ウルフが一時期同性愛関係にあった作家ヴィタ・サックヴィル=ウェスト(オーランドーのモデル)の息子。1917年生まれの彼はウルフと面識があるため、文献だけでなく私的な記憶も資料として織り交ぜ彼女の一生を述べていく。

ヴァージニア・ウルフをどう捉えるべきか。モダニズム文学の旗手。フェミニズムの論者。ホガース・プレスの共同経営者の一人。複数の顔をもつ人物だ。管理人としてはウルフを端的に、書くことに憑かれた人として捉えたい。ウルフは少女期から精神の病いに苦しんだ。彼女は1941年に入水自殺を遂げるが、それまでに二度(ないし三度)の自殺未遂と幾度もの発作を起こしている。この病いの原因は13歳のときの母ジュリアの死か、異父兄二人による性的虐待――事実か彼女の誤解か判然としない――か、遺伝的なものか(彼女の係累には精神病患者が複数名いる)、これらの要因が絡み合った結果だったのか。ともかく彼女はいつ起こるか知れない発作に脅えながら、それを書くための霊感として利用し、その際の極度の集中と緊張が精神に悪影響を与える、というジレンマを生きた人だった。本書では詳細に立ち入らないが母ジュリアの死は長くヴァージニアの人生に暗い影を落とし、彼女がそれを克服したのは長篇小説『灯台へ』に母親の追憶を書き込むことによってだった(宮田恭子『ウルフの部屋』)。電話が簡単に使えるようになっても通信手段として手紙を用い、膨大な量の書簡と日記を残し、自殺直前の時期には「言葉を操る力を失ってしまった」と洩らしていたウルフ。書く人であった彼女はまた読む人でもあった。メイナード・ケインズやロジャー・フライやE・M・フォースターらが名を連ねたブルームズベリー・グループで中心人物だった彼女は、正式な学校教育を受けておらず、父親の図書室での読書によってケンブリッジ大学生と対等の議論ができるほどの知識を得ていたのだった。

著者自身も出版社の創始者であるからか、ヴァージニアとレナードのウルフ夫妻が経営した出版社ホガース・プレスにまつわる挿話がいくつか紹介され、これが新鮮だった。出版に関する仕事が多くて執筆にあてる時間がないと嘆いたことや、T・S・エリオットの『荒地』出版の際には夫妻が自ら作業にあたったこと、売れない文学の本を本屋に売り込みに行ったこと(中年夫婦が嫌な顔をする本屋に営業する場面を想像すると哀れになる)、金銭的にゆとりのない期間が長く続いたことなどは本書を読んで初めて知った。ホガース・プレスはのちにウルフの作品のほか、リルケの書簡集やフロイトの著作を出版して重要な出版社のひとつと見なされるようになる。

著者はウルフと距離をとっており彼女を無批判に賛美しない。彼女の欠点――とくに彼女の嫉妬心については隠さずありのままに紹介する。キャサリン・マンスフィールドやBBCのディレクター、ヒルダ・マシソンへの嫉妬(羨望?)は生身のヴァージニア・ウルフを読者に感じさせる。ホガース・プレスは彼女の本を出版しているもののマンスフィールドとはお互いよく思っていなかったようで、ウルフはマンスフィールドが「賞賛されればされるほど、大したことはないと自分に言い聞かせ」ていた。マンスフィールドが若くして逝去すると、ライバルが一人減ったと安堵しながらも、「キャサリンがもう読んでくれないのなら書いても意味がないような気がする」と複雑な胸中を述べている。プルーストを読んで圧倒され、自分の書くべきことなんて何も残っていないと絶望したウルフだった。著者は、ウルフが嫉妬した作家は唯一マンスフィールドだけ、と書いているが、はたしてそうか。本書に殆ど名前が出てこないジェイムズ・ジョイスへの屈折した感情もあったのではないか。『ユリシーズ』を批判しながらも彼女はそれを熱心に読んだ形跡がある。ジョイスは1941年の1月に逝去し、ウルフはその約2ヶ月後に自殺する。

著者の批判がもっとも厳しくなるのはフェミニスト・ウルフに対してだ。『自分だけの部屋』も『三ギニー』も著者にいわせると「レディ」であるウルフの幻想に過ぎない。女が物を書くのに「自分だけの部屋」が必要だと説きながら、彼女自身は書斎を持っているのにホガース・プレスの騒がしい倉庫で執筆していたこと。男女差別を効果的に訴えるため故意に事実を歪めて報告していること。ジェイン・オースティンやジョージ・エリオットをはじめとする女性作家たちを無視して19世紀以前には才能ある女性が抑圧されていたと述べていること。『三ギニー』では男は戦争を好み女は平和を好む、と述べているが、それは実証不可能な彼女の思い込みに過ぎず、また女性の権利問題と戦争問題を同列に論じることは不適切であること。ウルフのフェミニズム批判を著者はこう総括する。

ヴァージニアは過去の事例ばかりを引き出して、それがいまだに妥当であるといわんばかりに紹介している。そこに描き出されるのは消え去った世界なのに、彼女にはそれがまだ現実と見えている。自分自身は若くして大胆に首尾よく自由を勝ち取っているにもかかわらず、世界は基本的に何も変わっていないと、ほとんど一人きりで信じている。


オースティンは匿名で、エリオットやブロンテ姉妹は男性名で作品を発表しているではないか、と著者に反論する読みかたもあるだろう。けれどもウルフは、夫レナードに、彼が知る限り「もっとも政治的でない人間」と評されていたのも事実ではある。

本書で印象的なのは著者の回想による部分だ。ニコルソン少年と一緒に虫捕りに行き、「子どもでいるってどんな感じ?」と尋ねるウルフ。いつもゆったりした服を着て、周囲に「ファッションセンスがない」といわれていたウルフ。そして何よりも、言葉に敏感だったウルフ。
ある日、私たちがアヒルにパンのかけらを投げてやっていると、彼女は言った。「パンが水に落ちる音をどう表現する?」、「パシャッ?」、「ちがうわ」、「ポシャッ?」、「ちがう、ちがう」、「じゃあどうなの?」、「アンフ」と彼女は言った。「でもそんな言葉はないよ!」、「今出来たのよ」。


管理人が好むのはこのウルフなのだ。「彼女がものを書きはじめたときからずっと知り合っていた仲」のフォースターは、彼女の死後、あらゆる時代を通じてウルフほど書くことが好きだった作家はいないだろう、と回想している。詩情豊かで知的に試みられた幾つもの作品は、ヴァージニア・ウルフという書くことを生の支えとした一人の人間の闘いの記録として、いま、われわれのもとに残されている――ギフトのように。


4000267620ヴァージニア・ウルフ (ペンギン評伝双書)
ナイジェル・ニコルソン 市川 緑
岩波書店 2002-06-24

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感傷を排し、ユーモアを交えた語りが感動的な評論「ヴァージニア・ウルフ」を収録している。フォースターによると、歴史上、死者をもっとも正しく悼んだのは古代ギリシア人だった。彼らは「泣き、立ちなおり、追想した」。
4622048280フォースター老年について (大人の本棚)
E.M. フォスター Edward Morgan Forster
みすず書房 2002-05

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