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zoom RSS 『助手』 ローベルト・ヴァルザー

<<   作成日時 : 2012/12/08 00:00   >>

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緩やかさ。

ある夏の朝、緑豊かな村の湖畔に建つ「宵の明星館」にヨーゼフ青年がやって来るところから小説ははじまる。失業していた彼は職業紹介所の斡旋でこの屋敷の主人、発明家トープラーの助手として雇われたのだった。トープラーは現在、発明したての広告プレート付き時計の宣伝に忙しい。助手ヨーゼフの業務は主人の秘書兼帳簿係を務めること。屋敷の一室を与えられ、食事も出る。主人は少し気難しいけれど我慢できないほどではない。彼の家族――夫人と4人の子どもたち――とも次第に打ち解ける。一家は裕福なブルジョワだが、事業は決して好調とはいえなかった。季節のうつろいとともに没落の気配が緩やかに、しかし濃く屋敷に漂うようになる。主人の発明品は出資者を得られず儲けに繋がらないのに、一家は収入が減っても以前の裕福な暮らしを改めようとしない。そして冬のある日、とうとう決定的な破局が訪れトープラー家は破産する。助手ヨーゼフは一家に別れを告げ、「宵の明星館」をあとにする。

本作は著者ヴァルザーの実体験を元にしている。彼は1903年から約半年間、チューリヒ湖畔の村に住む発明家ドゥプラーに事務員として雇われていた。この一家の家族構成や子どもの名前、登場する珍奇な発明品、周囲の風景、何より雇用主とその家族の没落という筋、これらは細部に至るまで小説のなかに再現されているという。その後ベルリンに移り住んだヴァルザーは小説コンクールに応募するため本作を執筆し、6週間で書き上げ、1908年に出版される。訳者によると、ヴァルザーにしては大変珍しいことに、まずは成功といっていい売上げだった。ヴァルザー自身は本作について、「この小説はそもそも小説などでは全くなく、スイスの日常生活のたんなる抜粋なのです」とある雑誌編集者あての手紙に書いている。小説などでは全くない、と彼は述べているけれども、『助手』は伝統的なリアリズムの形式に(一応)則って書かれており、筋の展開もあり(『タンナー兄弟姉妹』発表当時、長編小説というより単なるエピソードの羅列だという非難があった)、読みやすさという点では先に書かれた『タンナー兄弟姉妹』より上かもしれない。とはいえ筋の展開は非常に緩やかであり、これはヴァルザーという作家の特徴なのか、読者に辛抱を求めるようなところがある。ある発明家に雇われた若者が、そこで働く傍ら家族と親しくなるが、最後にはオフィスが倒産してしまう――要約してしまえばこれだけの物語を、ヴァルザーは寄り道するように時間をかけて述べていく。その運びがあまりにゆっくりだから、いざ決定的な破局が到来してもあまり緊迫感がない。激しい、劇的なカタストロフの感覚はヴァルザーには無縁であるようだ。

『助手』ヨーゼフの物語であるけれど、ヨーゼフの仕事ぶりに関する記述は素っ気ない。それよりも――『タンナー兄弟姉妹』でも顕著だったが――自然賛美、そして身体を使うことの恍惚が、ヨーゼフの体験を通じて述べるほうに頁が割かれる。季節の移ろいとともに表情を変える自然にヨーゼフは魅せられ、庭の水撒きや荷物運びといった、助手としての業務というよりはむしろ雑用のほうに喜びを感じる。オフィスで事務仕事をするときよりも雑用係のように軽作業をするときのほうがヨーゼフはじつに生き生きとしている(そこにタイトルを含めて皮肉を感じないでもない)。そのありようをヴァルザーは穏やかなうちにも熱意をこめて描き出している。土や風や水といった根源的な元素との接触によってヨーゼフは味気ない事務仕事の鬱憤を晴らし、再び生きる力を得ているようにも見える。
この自然との交感のほかに分量が割かれているのがトープラー夫人とのとりとめない、日常的な会話だ。主人は商用旅行のためオフィスを留守にすることが多く、ためにヨーゼフは夫人と接する機会が主人以上にある。この典型的なブルジョワ婦人をヨーゼフはひそかに崇拝しているようだが彼ら二人のあいだに恋愛感情が交わされることはなく、ヨーゼフの夫人に対する想いは、どこか子どもが母親に甘えるような(ときに反発するような)微温的なレベルに留まっている。

主人公の名はヨーゼフ・マルティという。訳者によるとローベルトが生まれた頃には順調だった父親の商売はやがて傾き、14歳のときローベルトは学業を中断して働きに出ねばならなくなった。ヴァルザー家の経済状況の悪化につれ精神を患っていた母親の病状も悪くなり、ローベルトが16歳のとき逝去する。マルティとはこの母親の旧姓だという。作中でヨーゼフが自身の少年時代を回想する場面があるが、そこに登場する母親も精神の病いに苦しんでいるようであり、子どもたちは彼女の機嫌を窺うように、遊びながらも緊張している。こうした書き込みは自伝的だ。トープラー家の子どもたちは基本的に「いい子」なのだが、次女のジルヴィだけは母親をはじめ家族から愛されず疎外され、彼女自身も家族に対して打ち解けない。鬼子のようなこの少女の異質な存在感は両親に対する作家の屈折した感情の投影なのか、それともドゥプラー家の次女が実際そういう娘だっただけなのか、その点に関してはわからないけれども、彼女の存在は本作のなかで不気味さ、あるいは不穏さを孕んで、登場するたびに不吉な印象を与える。違和感を抱かせる。この少女の、場の調和を乱すような働きにヴァルザーの面白さを見るようにも思う。

ヴァルザーは若いころから職を転々としながら書き続けるが、やがて精神に変調をきたして入院すると以後執筆を放棄する。その後は病院の近くを散歩したり紙袋を折ったりして長い年月を過ごした。『タンナー兄弟姉妹』の主人公はせっかく就いた仕事も長続きせず今でいうフリーターとして生き、本作の主人公は就職できたのに主人の破産によって職を失ってしまう。労働することをめぐって揺れながら生きていく若者を主人公に据えたヴァルザーの長篇は、不況が長く続き失業が社会問題化して閉塞感を強めている現代日本には共感をもって受け入れられる余地があるように思われる。また、主人公に自身を、「さしあたって結ばれただけの結び目」、「とれかかったボタン」と述懐させるヴァルザー文学の疎外感、孤立感を親しく感じる読者も少なくないのではないか。彼より5歳年少のカフカはヴァルザーの小説を愛読していて、晩年のヴァルザーがその話を訪問客から聞かされると――カフカを殆ど知らなかった――プラハにはもっとよい作品がたくさんあるだろう、と素っ気なく答えただけで会話を打ち切ったという。


4862653057ローベルト・ヴァルザー作品集〈2〉助手
ローベルト ヴァルザー 若林 恵
鳥影社ロゴス企画 2011-06-30

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晩年のヴァルザーの挿話はこの本から。
4480013377ヴァルザーの小さな世界 (筑摩叢書)
ローベルト ヴァルザー 飯吉 光夫
筑摩書房 1989-08

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