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zoom RSS 『嵐が丘』 E・ブロンテ

<<   作成日時 : 2012/12/18 00:00   >>

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荒野のヒース。

ロンドンの雑踏に疲れたロックウッド青年は、しばしの孤独を味わうため、ヨークシャーの荒野に建っている屋敷「嵐が丘」を借りて住むことにした。家主のヒースクリフに挨拶に行くと冷淡に対応されるが、彼と彼の同居人にロックウッドは興味を覚える。嵐が丘に帰り家政婦のネリーにあの人は何者なのかと訊ねると、彼女は数十年まえに遡ってヒースクリフの過去を語りはじめる。

かつて嵐が丘にはアーンショウ家の人々が住んでいた。ある夜、この家の主人が旅から帰ったとき、彼は一人のジプシー孤児を連れていた。黒い髪、黒い肌、黒い瞳をした少年はヒースクリフ(ヒースの崖)と名づけられる。少年はアーンショウ家の娘キャサリンと仲良くなるが、兄のヒンドリーはよそものを嫌悪する。大自然のなかを駆け回って悪戯に夢中になる少年と少女もいつしか成長し、隣家リントン家の長男エドガーはキャサリンに恋をする。野生的なヒースクリフとともに過ごすキャサリンにはエドガーはお坊ちゃんにしか見えず物足りないが、周囲の思惑もあって結局彼女は彼と結婚する。傷心のヒースクリフは嵐が丘を飛び出し行方をくらます。数年を経て再び彼がヨークシャーに姿を現したとき、彼は莫大な富を手にした美青年になっていた。彼の帰還の目的はひとつ、キャサリンと自分の仲を引き裂いた人々への復讐だった。
ヒースクリフとの再会に喜んだキャサリンはやがて精神に異常をきたし、娘を出産して亡くなる。彼はエドガーの妹イザベラを誘惑して誘拐同然に嵐が丘に連れ去り結婚する。キャサリンの兄ヒンドリーは酒と賭博で身を持ち崩し、ヒースクリフの陰謀によって全財産を失ってしまう。直接に彼からキャサリンを奪った人々への復讐は済んだが、ヒースクリフの恨みは晴れない。彼はさらに次の世代へと怒りの矛先を向ける。ヒンドリーの、またエドガーとキャサリン、ヒースクリフとイザベラの間に生まれた子たちの人生を滅茶苦茶にしようと目論む。しかしこれは失敗した。ヒンドリーの子ヘアトンと、エドガーとキャサリンの間に生れた娘キャサリンの二人は、かつてのヒースクリフとキャサリンの関係を再現するように互いに惹かれ合い、怨念を破る愛を育む。自らに、かつての恨みを晴らすだけの力が残っていないのを悟ったヒースクリフはキャサリンの亡霊を幻視して絶命し、暗い情念の支配から解放された嵐が丘では若い二人が睦まじく暮らす。

十年以上振りだろうか、久しぶりに嵐が丘を再訪した。初めて読んだ高校生のときには何が凄いのか理解できず、その後も幾度か読んでいるが、どうしてこれが名作と呼ばれるのかずっと首をひねっていた。訳者の小野寺氏も――こちらは半世紀以上にわたって――本作の評価に疑問を抱いていたという。氏は翻訳という作業によってこの作品が「超一流」であることを確信したと解説で述べているが、管理人はこのたびもまたよくわからなかった。

果たしてこれは通常よくいわれるような(ヒースクリフとキャサリンの)恋愛小説なのか。この二人の恋愛はほぼ前半(本書だと上巻)で一通りの決着がついてしまい、その後は復讐となるが、キャサリンの死後は次世代が物語の前景に出てきてヒースクリフは後景に退く。本作をヒースクリフとキャサリンの恋愛物語として読むと――この二人の恋愛は肉体を超越したような観念的な難物なのだが――小説の後半は蛇足になる。たしかに若い二人の愛が――それは読者にかつてのヒースクリフとキャサリンを連想させるだろう――年を経た男の妄執を打破して、彼の愛(とそれゆえの復讐)に終止符を打つ、という意味では、ヒースクリフとキャサリンの物語のための装置ともとれる。けれども管理人には、この小説は恋愛小説とは括れない(たとえばドストエフスキーの『罪と罰』が犯罪小説と括れないように)、そういった括りを越えて人間存在の深い場所を探求していく小説のように思われる。なぜか。

ヒースクリフのことを、「彼の魂とあたしの魂は同じものなの」とキャサリンはいう。もっと長々と、彼女はヒースクリフは自分の分身であり、もうひとつの魂であり、すべてであるともいっている(上巻182頁)。それは相手の存在が自分の存在と根本的に結びついた、究極的に純化された恋愛であるのだろう。相手と引き離されることが自我の崩壊になってしまうような「恋愛」。訳者は実存の問題であるという。それは凡庸な読者である管理人には異常性とも聖性ともとれる。著者は二人の恋愛を感情の問題ではなく自我の問題として設定している。そこではロマンチックな要素が欠如して、代わりに人間の本源的な渇きが荒々しく表出する。半身のごとき他者とひとつになって自我を安定させたいと望む気持。この観念としての恋愛をどこまで引き寄せられるかが『嵐が丘』評価の決め手になると考えるが、どうか。

自らの半身との出会いは幸福なのか不幸なのか。どこまで愛しても、他者は遂に他者であるということ、理解など不可能であるということ、そういう断絶があるがゆえに、愛は成り立つのではないかと管理人は考えている。一人ひとりの孤独を基盤にして、遂に分かり合えない他者同士であったとしても、親和の不可能性を越えようと努め、ともに生きることを選ぶ覚悟を、愛と呼ぶのではないかと。半身と生きるということは自分一人で生きるということであり、そういう内向的な『嵐が丘』の恋愛に、孤独な生涯を送ったエミリー・ブロンテその人がよく表れているようにも思えるのだが、これは管理人の恣意的な読みかもしれない。

ヒースクリフとキャサリンの恋愛は著者が深く結びつけられていた故郷ヨークシャーの荒涼たる自然と二重写しになっているだろう。先方から打ち解けてこない限り心を許さない人たちが住む土地。都会と違って自らの実存に深く没頭し、命がけの恋といったものが夢想ではなく現実にありうるような土地。「冬にはこれほど荒涼としたところもないが、夏となれば、丘陵と断崖と、何憚ることなく波打つように繁茂しているヒースに閉じこめられたこの渓谷ほど、神聖に見える場所はない」。フォースターだったか、ヒースクリフとキャサリンはヨークシャーでしか会えない登場人物だと述べたのは。少年少女時代の彼らが駆け回った荒々しい大自然は彼らと同化し、その野生に死の床のキャサリンは無垢を見出し、その風景のすべてに彼女が宿っていて自分を苦しめるとヒースクリフは述懐する。彼らは生命を失ったあともこの土地に縛りつけられているのだろう。エミリー・ブロンテには、夜な夜な吹く風に混じって、死んだ男女の嘆きや叫びが聞えていたのかもしれない。

ヒースクリフは若いヘアトンと娘キャサリンによって敗れるが、彼を破ったのは彼が二人のうちに見出した、キャサリンそっくりの目だった(二人はキャサリンと同じアーンショウ家の血を引いている)。失った魂の片割れを次世代の、滅ぼそうとした者たちに見出して、さらにヘアトンは彼の「青春を形にしたよう」で、自分が失敗したことを若者たちがもう一度やり直そうとしているようにヒースクリフの目には写っただろう。しかも今度はうまくいきそうだ。若い二人のやりとりは、愛に損なわれた親たちへの弔いともとれる。もはや復讐者の出る幕はない。ヒースクリフの怨念は鎮められた。彼は愛したキャサリンの呼び声に従って彼女のもとへと去る時だ。ヒースクリフは退場する、季節が移ろい、冬が春にその席を譲るようにして。

管理人がどうしても違和感を拭えないのはヒースクリフとキャサリンが結ばれないことの必然性が希薄なことだ。二人は結ばれることができたのではないか。それをすんなり納得でき、その象徴するものを当然に受容できる読者にこそ『嵐が丘』は真価を見せてくれるのではないかと推測する。ゆえにこれほど解説や評がなじまない、他人の意見があてにならない小説はないだろう(各自の多様な解釈を提出するのは面白いかもしれないが)。すべては作品のなかに書かれてあり、それを補完する知識を必要としない小説。読者がそれぞれの仕方で立ち向かうしかない小説。管理人が感じる本作の難解さの原因はそのあたりにも潜んでいるかもしれない。田中西二郎訳新潮文庫の解説には、本作を世間知らずの処女が書いた空想と侮る読者に真価はわからないだろう、とあったように記憶している。

この小説は家政婦ネリーによって語られる。いわば彼女の目撃談であってそこには偏りもあるだろう(彼女はキャサリンを嫌いだった)。この人物は幾つかの箇所で物語の進行に関わる重要な働きをする。とくにキャサリンがエドガーとの結婚について彼女に相談する場面などは、彼女次第でその後の展開は変わったのではないか、つまりヒースクリフの復讐を準備したのはネリーではないかと疑わせる。コミカルであり、同時に不気味な人物でもある彼女(彼女自身は自分をまともだと思っている)はヒースクリフやキャサリンと並んで本作の主人公と呼べるかもしれない。本書の解説ではこの家政婦についての記述が少なかったのが不満としてある。

エミリー・ブロンテの生い立ちについては有名だからここで述べるまでもないが一応。彼女は1818年に「英国でも北国という形容がふさわしい」ヨークシャーで牧師の家に次女として生まれ、生涯のほとんどをその地で送り、長篇小説『嵐が丘』一篇と二百篇近い詩を遺して、独身のまま三十歳で肺結核のために亡くなった。暴君の父が買ってきた木の人形にそれぞれ名前を付け、エミリーを含めた4人の幼いきょうだい(いうまでもなく姉シャーロットは『ジェイン・エア』の、妹アンは『アグネス・グレイ』の著者)は架空の王国アングリアを創造し、その物語を記録していく遊びに熱中する(小さいものはマッチ箱程度の大きさの手帳に書かれ、冊数は百を越えるという)。田舎の屋敷に引きこもり、他人と殆ど接触しない孤独な生活。1847年、姉シャーロットの『ジェイン・エア』が出版されて好評を得るも、エミリーの『嵐が丘』は「不気味な」「悪い」小説として嫌われる。しかし世間の評価はエミリーの口元を笑いに歪ませる程度の力しか持たなかった。その翌年に兄が肺結核で亡くなり、彼女も後を追うように同じ病いのために世を去る。死の直前まで医師の診察を拒否し、平常どおりに家事をこなしていたという。恐ろしく強靭な性格の持ち主だったのだろう。「強くなりたいという気持ちになれば強くなるものだ」というヒースクリフの台詞があるが、著者の人柄と併せて読むと感慨深いものがある。『嵐が丘』が評価されるようになるには二十世紀を待たねばならない。


4334751997嵐が丘〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
E・ブロンテ Emily Bront¨e
光文社 2010-01-13

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4334752004嵐が丘〈下〉 (光文社古典新訳文庫)
エミリー ブロンテ Emily Bront¨e
光文社 2010-02-09

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