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zoom RSS 『世に棲む患者』 中井久夫

<<   作成日時 : 2013/01/19 00:00   >>

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病いとともに生きる。

精神科医が臨床を通じて得た知見を述べる。三部構成になっており、主としてT部では統合失調症患者の治療周辺について、U部では統合失調症、慢性アルコール中毒症、妄想症、境界例、強迫症等について、V部では医師と患者との関係について。

T部は方法論として読める。精神病の治療とは、患者が発病以前の状態に戻ることではない。彼らは社会の軌道から逸脱したというのではなく、それ以前に社会加入の過程で躓いたケースが少なくない。もちろん目標は社会復帰だが、この復帰とは発病以前の状態に帰ることではなく、「病気の前より余裕の大きい状態に出ること」を指す。病いの痕跡は長くその人に残り、それゆえ病後は、社会において多数者が享受しうるものを断念した少数者の生きかたとなるかもしれない。精神の病気以前と以後では人の生は変わってしまう。それをマイナスと捉える必要はない。多数者の人生にも、少数者の人生にも、ともに幸福への道は開かれている。

著者が述べる治療に必要な要素を以下に要約して挙げる。患者の「基地」となりうる「自分だけの部屋」があること。問いただすような周囲の視線の「被爆量」への配慮。「働けるようになること」=「治癒」ではないことの周囲の理解(「服薬しないこと」=「治癒」ではないように)。患者、家族ともに焦慮に耐えること。そして、病者は他の何よりも優先して治療に専念しなくてはならないという、「病者の権利」が尊重されること。表題の「世に棲む患者」の章は、医療関係者や患者にはもちろん、患者の家族にとっても示唆に富んでいる。また、この章を含むT部で述べられる患者との接しかたに関する記述には、人間関係あるいは自身の生きかたに広く応用できそうな部分も多々ある。「精神医学は対人関係の学である」(アメリカの精神科医サリヴァンの言)からだろうか。たとえば、

一般に成功は危険なものである。病気を経過していようといまいと、失意の時よりもむしろ得意の時の方が精神的に不安定となりやすい。周囲も、さりげなく祝福するにとどめたほうがよい。激賞などするよりも、そのほうが、一般に、「あなたならそういうこともあってふしぎでない」という含蓄がつよく、より強い、そしてむろん、より安定した支持となる。


もっぱら働くことに自尊心を置く生き方は、偏った危ういところがある。病み、老いた時、その人の精神健康はどうなるのであろうか。仕事の出来不出来によってその人の自己価値感情は株価のごとく上下しないか。(略)そして患者であろうとなかろうと、自尊心を失くした人間は自他ともにとって不幸な、始末に困る存在ではないだろうか。


続くU部、V部において述べられる知見も同様。

それから、特に疲れやすい時というのがありますので、それを患者さんに言っております。よく職人は三日、三〇日、三ヶ月といいますけれども、まぁそういう感じですね。私は一週間と三〇〜四〇日目と一〇〇日ということを、それからまぁ、あとは三ヶ月ごとに疲れる時があって、一年目にまた疲れると。そういう時は手を抜きなさいと。二、三日力をぬくか休んだらいいと。これを最初に気がついたのは、患者さんが働きに行って三〇〜四〇日目に「先生もう私やれませんからやめさせて下さい」という人が非常に多かった。四月から始めることが多いので連休明けですね。学生の五月病もこれかもしれない。自分がアルバイトをした時を考えてみても最初の一週間が一ヶ月ぐらいの長さに感じました。


(慢性アルコール中毒症患者に対して)「アルコールを飲むことが病気ではない。やめられないのが病気である。何でもやりだしたら止められなくなるのは病気だ」といい、「どうやら君は酒が苦手なようだね」と述べる。「とんでもない、私は酒が大好きです」と患者は反論するだろうが、「止められなくなるのは苦手な証拠だ。だいたい、飲めない人は好きでも嫌いでもない、無関係なのだ」といい、ちょっと間をおいて「誰でも苦手なものが一つ二つあってよいのだよ」とつぶやく。


妄想がなかなか消えず、未練がえんえんと続き、意地が何年も張られるのではどうしてだろうか。それは、真の満足を与えないからである。真の満足が得られたら、その追求は止まるというのはサリヴァンのテーゼである。代用満足では無限追求が起こる。十分な満足ではないので、「もっともっと」というささやきが止まらないからである。


認知症者とのやりとりでは現在のこと(たとえば現在の首相は誰か、等)を訊くよりも、彼または彼女の子ども時代の思い出について訊ねるほうがよいという。聞いたこちらがわからないという不安があるかもしれないが、だんだんに彼または彼女は細部を語ってくれるだろう(実体験としては、身内の認知症者とはコミュニケーションをとるのが困難で、書かれたとおりにうまくいかないでいる)。また、自殺者は荒涼とした断崖のような場所を死に場所に選ぶ傾向にあり、窓に植物が並べられた二階の窓から鉢をかき分けて飛び降りるというようなことはまずしない、という指摘は忘れがたい。

読んでいる最中は殆ど意識しなかったのだが、読み終えて振り返ると、精神の病いについて無知な人間がすらすらと読めてしまうのは、多くの読者が指摘するとおり、著者の文章の明晰さのためだろう。ヤマイダレが頻出する一冊ではあるが、文章からにじむ大らかさが爽やかな気持にしてくれる。

フロイトが「われわれは永久に地下室の存在である」と言ったのは、ビンスヴァンガーに「君は二階か三階で日光を浴びていたまえ」という皮肉とセットだが、彼の言は真実である。精神科医もたまには感謝されるし、それは心がぬれ、胸の中で何かがとけて行くほどの感動ではあるが、やはり本当の治癒は、二宮尊徳が「村人が自力で村を立て直したと思った時に、初めて立て直しは成るのだ」と言ったように、患者が自分の力で立ち直ったと思う時に来る。医者の名が忘れられる程になってはじめて治癒は成るともいえるだろう。




4480093613世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫)
中井 久夫
筑摩書房 2011-03-09

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
epiさん、10月末に戻られたのですね。私のブログに変化があったのをきっかけにそれに気づいたので、きょうは半年分をまとめて読みました。本もですが、人間に興味を持つのが女性の特徴でしょうか、山歩きをなさっているとか、お身内に認知症の方がいらっしゃるという点に、親しみを感じました。仲井久夫は名前はよく見ますが、読んだことがありません。ところでつかぬ事をうかがいますが、本は買っておられますか。
Bianca
URL
2013/04/03 16:58
>Biancaさん

わたしはあまり個人的なことを書くのが好きでなく、それが理由でtwitterもすぐに辞めてしまったような人間なのですが、そうはいってもときおりは書いてしまうことがあるようです。弱いのでしょう。本は基本的に買っています。
epi
2013/04/05 19:50

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