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zoom RSS 『孤独な散歩者の夢想』 ルソー

<<   作成日時 : 2013/02/28 00:00   >>

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夢を歩く。

1762年、パリの高等法院は『エミール』の内容にキリスト教の教義を批判した箇所があると裁き、同書はフランス政府から禁書処分を受け、著者ルソーに逮捕状が出される。追手を逃れて各地を転々とするなかで、ルソーはこの背後に陰謀同盟があり、みなが自分を迫害しようとしているのだと妄想するようになる。手を回しているのは論敵ヴォルテールか、あるいはこれまで自分が友人と思ってきた人たちの裏切りか。この妄想は彼を苛んで去らない。自己の正当性を訴えるために書いた『告白』は反響がなく、さらに続けて『ルソー、ジャン=ジャックを裁く――対話』を書いてその原稿をノートルダム寺院の祭壇に「真理への誓い」として捧げようとするも果たせない。気が収まらない彼は、自らの無実を訴えようと街中で「正義と真理を愛するすべてのフランス人へ」という回状を配る。周囲の人間たちは自分を殺すつもりで監視しているのではないか、壁という壁には耳があるのではないか――こうした狂気のごとき精神状態のなか、公にするつもりなく本作は執筆される。

再読になる。新訳は平明で親しみやすく、中山元氏による70頁もの解説がついており、とくにルソーが本作を執筆するまでの経緯が述べられているのは読解に役立つと思われるので(以前読んだ新潮文庫版にはこの経緯が省かれていた)、岩波文庫版は知らないが、これから読むのならこの古典新訳文庫版がよいのではないだろうか。以下で翻訳文を比較する(「第三の散歩」)。まず新潮文庫の青柳訳。

われわれは生まれると同時に競馬場に入り、そして、死と同時にそれから出る。人生の末路に来て、いまさら、おのれの馬を御する術に上達したところで何になろう? かくなっては、いかにして人生を終えるかを考えることよりほかはないのだ。老人の勉強というのは、もしまだ老人になすべき勉強があるとすれば、それは死ぬことを学ぶことだけである。


次に永田訳。
我々はこの世に生まれ、戦いの場に入る。そして、死を迎えてそこを去るのだ。退場間際になって、戦車の使い方を習得しても無駄だろう。もうあとは、いかに死を迎え、この世を去るかを考えるべきだ。もしまだ学ぶべきことが残っていればの話だが、老いて学ぶべきは、いかに死ぬかということだけだ。


一般読者としては永田訳のほうが好ましい。語の正確さについては管理人には判断できない。

ルソーは本作のなかで自分は善良な人間だった、過ちを犯したこともあったが後悔し反省して以後はそういうことを避けるようにしてきた、世間が何といおうと自分は自分の潔白を証することができる、けれどももう争うつもりはない、静かに穏やかに残り少ない人生を過ごしたいと思っている――だいたいそんなようなことを繰り返し述べている。「ルソーは無邪気だったのだ」と解説で中山氏が述べているが、どうもその性質は晩年まで変わらなかったようにも見える。感傷的で、どこまでも自分、自分なのが――ルソーの苦境に同情はするものの――読んでいて少々辟易する。自分は世界にひとりぼっちであると彼はいうけれども、なにかそうした状況に酔っているような甘えているような印象を受けるのは意地悪な見かただろうか。あまりにナイーブすぎる感覚はルソーの強みであり、同時に弱みにもなっているように思えてならない。刊行を予定していなかった内面の日記のような書物に対して批判的な読みをするというのも下品なことであるが。

放浪癖があり、何よりも自由であることを欲したルソー(「人間の自由はやりたいことをやることにあるのではない、と私は常々考えてきた。「嫌なことはしない自由」こそが自由である」)。楽譜が読めないのに音楽教師になったり、貴族に才能を見出されて教育をうけるも旧友に誘われて恩人に挨拶もなしに出ていってしまうルソー。住み込みで働いていたある家ではリボンを盗み、疑われたルソーは罪を、好意を寄せていた女中になすりつけてしまう。結果二人とも解雇され、このとき犯した罪の後悔は終生彼から去らなかった。幼いころプルタルコスに熱中し、父親から有徳の教えを聞かされて育ったルソーは、年をとるごとに、次第に徳を求めるようになっていく。悔いと改心。感じやすく不器用であるがために世間とうまく接触できなかった老人の、諦念をまじえた観想が寂しく響く。

気がつくのが遅すぎたとはいえ、自分の内側に眠っていた資源は思いがけず豊かなものであり、私はやがて自己探求だけでも、これまでに失ったものの代償として十分満足できると思うようになった。自分について深く考えるのに慣れてくると、私は恨みを忘れ、他人から与えられた不幸についてもその記憶が薄らぐような気がした。こうして、私は自分の体験から、幸福の真の源は自分自身のなかにあり、幸せになりたいと本気で望みさえすれば、他人のせいで不幸になることはないと学んだのである。


諦念と述べたが、ルソーの観想にはどこか吹っ切れていないところがあるようにも感じる。過去のあれこれに言及してそれに弁明することがあるからだろうか。晩年の苦境と重ねて読むとこちらまで憂鬱に陥ってしまう。苦しい一冊だ。


4334752578孤独な散歩者の夢想 (光文社古典新訳文庫)
ジャン=ジャック ルソー Jean‐Jacques Rousseau
光文社 2012-09-12

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ルソーの生涯についてはこちらを読んだ。
4389410148ルソー (センチュリーブックス 人と思想 14)
中里 良二
清水書院 2000

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。楽しく拝見させていただいています。
私は岩波文庫版で読みましたが、秀逸な訳でしたよ。古典文庫版も手にとってみようかと思います。
bananafish0125
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2013/05/12 19:09

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