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zoom RSS 『詩人たちの世紀』 新倉俊一

<<   作成日時 : 2013/03/07 00:00   >>

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革新の詩学。

エズラ・パウンドと西脇順三郎。モダニズムの詩人二人を「合わせ鏡」として、20世紀前半の現代詩運動を振り返る。

1885年にアイダホ州で生れたパウンドは、23歳でアメリカを出てヴェニス経由でロンドンに入る。当時の詩壇の大御所イェイツと知り合い、彼の家で開かれる「月曜会」の常連となるが、俳句からヒントを得た「事物を正確に表す」技法――イマジズム――に傾き詩壇の主流から離れていく。1912年頃に始まったこのイマジズム運動によって、イギリスの詩は「音楽本位の主情的な詩風から、もっと即物的なイメージ本位の詩風へと」次第に変わっていく。1913年、東洋美術史家フェノロサの遺稿整理の仕事によって能を知り、東洋を「発見」して大作『キャントーズ』にその要素を取り入れる。大戦後、イギリス詩壇に幻滅してパリへ移動すると、ヴァレリー、コクトーらと交流し、当時まだ無名だったジョイスやヘミングウェイを世に出し、エリオットの訪問を受け、作品をどうしてもまとめることができずにいた彼に助言を与えて『荒地』完成に協力する。1924年、「プルーストの病的な世界に飽き」てイタリアへ。キリスト教文明ではなく、ディオニソスを崇拝した古代世界こそ健全だと考えていた彼は、「力への意志(ニーチェ)」をムッソリーニに見出し、彼こそ孔子のような理想的治世家だと錯覚して接近する。しかし1945年、ファシズムに加担して反米放送を流したためにピサの米軍収容所に入れられ、ムッソリーニの死によって「不滅の共和国」建設の夢は挫折する(ここで書かれた『ピサ詩篇』は1948年に文学賞を受賞して物議をかもす)。その後は国家反逆罪の容疑でアメリカに強制送還、ワシントン郊外の精神病院で13年間の軟禁生活を送り、エリオットらの努力によって釈放されるとイタリアに追放、1972年にヴェニスで死ぬまで『キャントーズ』を書き続けた。エリオットの『荒地』が刊行後早くに名声を得たのに対してパウンドの『キャントーズ』はごく少数を除いて人々の関心を集めず、ファシズム加担や反ユダヤ主義といった政治姿勢の影響もあって、真価が認められるには戦後をしばらく待たねばならなかった。

西脇は1894年、新潟生まれ。パウンドより9歳年下になる。慶応大学に進学して、1922年、イギリスへ留学。エリオットの詩を知り、シュールレアリスム運動に関心を寄せる。帰国後、慶応大学文学部教授に就任して文筆活動を開始、外国語で詩を書きながら、「いわゆるイマジスト運動」として発表した『超現実主義詩論』――「人間の存在の現実それ自身はつまらない」、「詩とはこのつまらない現実を一種独特の興味をもって意識さす一つの方法である」――が新しい文学青年たちを魅了し、1933年に詩集『アムバルワリア』を刊行して詩壇に認められる。戦争末期は鎌倉から故郷に疎開し、「幻影の人」のヴィジョンを軸に『旅人かへらず』を書きはじめ、1947年に刊行。「寂しさは存在の根本である」という詩人の無常観、孤独感は読者、とくに若い世代を戸惑わせたが(北園克衛は「乞食的寂寥」といい、鮎川信夫は時代意識の欠如を指摘した)、西脇のこの「日本回帰」は彼なりの「近代の超克」だった。1952年には「戦後の一つの文学的事件」であるエリオットの『荒地』翻訳、並行して詩集『近代の寓話』『第三の神話』を刊行、戦後第一の詩人と目されるようになる。西脇の詩を(詩人自身の英訳によって)偶然読んだパウンドはその詩に驚愕し、日本の関係者に、西脇を日本からのノーベル文学賞候補者として推薦してはどうか、と書いた手紙を送っている。晩年は漢語とギリシャ語の比較に没頭し、最期は郷里で迎えた。87歳だった。

モダニズムの巨匠である二人の詩風には幾つかの類似がある。洋の東西を越えて文化を適切に理解し摂取していること、過去と現在を対比させていること、離れたものを「意識の流れ」的に結びつけていること、諧謔精神を備えていること、(管理人には)意味の一貫性を追うよりも断片として読んで魅力的なこと、など。むろん相違もある。ダンテに多くを負っているパウンドの詩は――管理人は『ピサ詩篇』を少し読んだ程度でしかないのだが――叙事的であり、西脇のほうが歴史意識は薄く、感覚的というのか、内面に沈潜しているところがあるように思う。またパウンドは表意的な詩だが、西脇にその傾向は殆ど見られない。

世界戦争によって荒廃していく時代には近代の再点検とその超克が問題とされた。とくに日本は「『近代』というものを『西洋』文化の輸入とともに受け入れてきた」のであり、自国の伝統とそれをどう結びつけるかという課題は、鴎外や荷風といった渡欧した文学者たちの時代からあった。輸入に頼るばかりではなく日本へ回帰せよ、そういう声も聞かれた。時代に流される多数の文学者がいた。三好達治は古典の世界へと後退し、(本書では言及されない)金子光晴は海を渡り「エトランゼ」となった。そういう時代に西脇は、詩の筆を折って古代文学や古代風俗を研究し、その成果である『旅人かへらず』に「土から生まれ土へ還る」人間の「寂しさ」を書いた。西洋と東洋の大胆な融合が彼によって試みられていく。

いわゆる「日本回帰」の傾向が知識人のあいだに風靡していた時代に、西脇はナショナリスト的な日本回帰でなく、もっと普遍的な古代回帰への道をひそかに辿っていた。戦後にその成果が『古代文学序説』と詩集『旅人かへらず』として著されたとき、ひとびとはかつてのモダニストが、このような原始趣味に深くはまってしまったことに戸惑いを感じた。(略)だが、伝統との関係で西脇の新しい変化をはかることはできよう。それは以前のモダニストの側面を否定し、後の東洋的な旅人を肯定するのではなく、両方の歴史的意義を評価することに他ならない。
つまり、ボードレール以来の海外詩学の正統を正しく受け入れることは、日本の近代詩の成立にとって必須の条件であり、昭和初期の西脇はその重要な文化的触媒の役割を果たしたのだ。そのうえで自国文化の伝統的な土壌と融合をはかることは、どこの国の詩人も必ず果たさなければならない複眼的作業である。まさにこの「伝統」と「独創」のヤヌスの仕事を成し遂げる人こそ、真の「正統」と呼ぶにふさわしい。


今日の目には、西脇は近代から現代へいたる日本文学史をそのまま体現している詩人と見える。

危機の時代に生まれた詩の言葉。ギリシア的叙情と東洋的無常の共存。「アムバルワリア」から「旅人かへらず」への変化を、単に詩人の多様性の問題と捉えていた己の不明を恥じねばならない。「旅人かへらず」は西洋的教養をありあまるほど備えた詩人が提出した、近代日本へのひとつの解答だった。わが国において旅(の詩)人といえば芭蕉であり西行であり、この詩篇で西脇はその系譜に連なる者としての名乗りを上げたのだろう。武蔵野をさまよう彼の旅人に漂う洒脱さとユーモアは、その背後に隠れ潜む深刻な「近代の超克」を考えるとき、殆ど剛毅といっていい精神の産物だったと知れる。

木のぼりして
ベースボールが見られた時代は
よかつたな――

「旅人かへらず」


巻末に二人の詩がごく少量ながら掲載されている。最後に置かれた「ユリシーズ、私の『ユリシーズ』?」の章は難解な『キャントーズ』読解のガイドになるだろう。

462204840X詩人たちの世紀―西脇順三郎とエズラ・パウンド (大人の本棚)
新倉 俊一
みすず書房 2003-05

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管理人が繰り返し読んだ詩集。瀟洒な言葉と、融通無碍にイメージを結ぶスタイルの独創に魅力を感じる。

4061963090Ambarvalia/旅人かへらず (講談社文芸文庫)
西脇 順三郎
講談社 1995-02-06

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著者の訳になるパウンドの作品。ホメロスの「地獄下り(『オデュッセイア』)」とオウィディウスの「変身」を軸に、「『自然に逆らう罪』である利子制度という、暗い森に入り、人間の誤謬の歴史をくぐり抜け、光明にいたる歴史の物語」が『キャントーズ』の趣旨であり、ピサの軍事収容所に監禁されていた数ヶ月間に書かれた『ピサ詩篇』は、理想の共和国建設の夢破れ、その挫折と時代の不幸を嘆く哀歌である、と著者は述べる。自在に引用される東西の古典や歴史上の事件や人物が個人的な回想とともに織られていく一大タペストリーは壮観だが、管理人は丁寧な注の助けを借りても容易に読み解けない。大量の情報が蓄積されていくうちに苦しくなる。同じようにジョイスの『ユリシーズ』も、何度読んでもうるささに我慢ができなくていつも途中で厭になる。

4622070995ピサ詩篇
エズラ パウンド Ezra Pound
みすず書房 2004-07

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして。
西脇順三郎氏の『東山』号の水墨画は、京都府福知山市大正小学校近隣の亡き祖母宅二階に有りましたが、養子の息子夫婦も兄弟姉妹も、私が誉め称えたせいで価値なしと、言わんばかりに無視されてきました。売りに出される際の調査人でさえ、「価値有りません」と言う有り様でした!
現在、良い御家族に入居して頂いているようですので、嬉しく思ってましたが、水墨画や襖が気掛かりです。
blogを拝見して、私も読書を楽しもうと思いました。
ありがとうございました。

アテロゴ★ボー☆
2013/10/20 15:24

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