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zoom RSS 『死者の奢り・飼育』 大江健三郎

<<   作成日時 : 2013/03/14 00:00   >>

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壁。

「死者の奢り」の語り手は、解剖に使用する死体を古い水槽から新しい水槽へ移動させるアルバイトに応募した大学生だ。死体処理室に勤務するベテランの管理人と、語り手と同じくアルバイトの女子学生の3人で、朝から夕方まで、重い死体を担架に乗せて運ぶ肉体労働に従事する。語り手は水槽に浮かぶ死者たちの声が聞こえるようで、彼らに奇妙な親近感――というよりは羨望か――を覚える。同時に、死体を見つめていると彼らが、かつては人だったがいまでは「物」でしかないのを実感して寛げる。語り手は管理人と喋っても、女子学生と喋っても、うまくこちらの言い分を伝えられないもどかしさを覚え、それは諦念に変じるのだが、「物」相手ならばそういうことがない。女子学生と会話すると、彼女は現在妊娠していて、堕胎のための金が入用なのだという。死が充満する空間で新しい命についての話をするのは奇妙だった。管理人はというと若者二人に自身の家族について喋り、子どもが生まれたときは「不思議な感情」になった、と述懐する。
「毎日死んだ人間を、何十人も見廻って歩いたり、新しいのを収容したりするのが俺の仕事だ。その俺が新しい人間を一人生むというのは不思議だな、むだなことをしているような気持だった。俺は死体をいつだって見ているのだから、いろんな事のむださが、はっきり分かってね。子供が病気になっても医者にかけなかった。ところが子供は頑丈に育つ。そして、その子供が又、子供を生むとなると、俺は時どき、どうしていいか分からないな」

そう話したあと、管理人は語り手に向かって、死体を見ていると、希望があってもそれがぐらぐらしてこないか、と問う。希望なんてもっていない、と語り手は答える。彼もまた自身のうちに空虚を感じており、あるいはそれが彼が死者たちに惹かれる理由なのかも知れなかった。この短篇の結末は、一日かけて取り組んだ仕事が詰まらぬミスのため徒労に終わるという滑稽なものだが、そこに、生きることは徒労なのかという疑問に誘うような情緒がある。小林秀雄は、生きている人間よりも死んだ人間のほうが人間らしく見える、と述べたが、語り手はそれとは異なってもっと単純な、物は不動であるから確かだ、というような触覚的な安堵を死者たちに認めているように読める。それにしてもこれは、死者のというより「生者の奢り」ではないのか。

「死者の奢り」では語り手が寒々しい孤立の立場に置かれている。彼は、他人に何かを伝えようとすることの不可能を悟って倦怠を感じている。最初から他人との関係を信じていない。信じていないから築けない、そうも見える。干上がった感情。女子学生が重い話をしても彼は退屈そうに欠伸して聞く。終盤では、共有する徒労感によって女子学生と親しくなるかと思いきや、女子学生から「あなたは、臭うわね」「とても臭うわ」と言われ(語り手も彼女に「君だって臭うよ」と言いかける)、「臭いが厭」だという理由で二人は無縁の者同士のまま別れてしまう。この短篇を貫く人と人とは理解し合えないという索漠たる確信が、殆ど不快さに等しくなってやりきれない気分になる。ごつごつした硬い文体に拠るところも大きいかもしれない。江藤淳は解説で「みごとな文体」と評しているが、読点の位置に違和感を感じて、読みながらたびたび躓いた読者としては頷けない。本書収録の全作品がこの文体で書かれている。

もうひとつの表題作「飼育」は、ある村に不時着したアメリカ兵を村人たちが監禁する、という筋。監禁した倉庫に住む少年はこの外国人にペットに対するような愛情を寄せる。向こうもこちらに心を許しているようだ。けれどもそれは誤解であって、突如相手が豹変して本性を剥きだすと少年は困惑する。心が通い合ったように思えてもそれは錯覚であり、他者は永遠に理解できない存在なのだということを少年は自らの片手と引き換えに悟るだろう。

ほかに「他人の足」「人間の羊」「不意の唖」「戦いの今日」が収録されている。著者は本書収録作品について、「監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考えること」が主題だと述べている。確かに、収録されている6作品すべてに――形態を変えながら――そういった状況が示されている。そうした状況下に他者という異物が入り込んだときいかなる変化が観察されるか、「他人の足」「不意の唖」「戦いの今日」といった作品が明快に提示する。アメリカ兵が日常風景のなかに当たり前のように登場するのが発表時の昭和33年前後を偲ばせる(「不意の唖」の登場人物の一人は「お前たちは負けた国の人間じゃないか。勝った国の人間に虐殺されても不平をいえない立場だ」と発言する)。傍観者の偽善をユーモラスかつ戦慄的に描いた「人間の羊」が、「死者の奢り」と並んで本書中とくにすぐれて印象に残った。

収録されている短篇は共通して他者の存在を生々しく、肉体的に捉えている。とくに他者の体臭に関する叙述が多く目につく。性の問題も頻出するが、どの場合も不潔に描かれて嫌悪感を抱いた。何かと醜悪に傾くのは著者の性向なのか。

4101126011死者の奢り・飼育 (新潮文庫)
大江 健三郎
新潮社 1959-09

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