epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『おれにはアメリカの歌声が聴こえる』 ホイットマン

<<   作成日時 : 2013/04/13 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

抄訳『草の葉』。

19世紀アメリカ文学を代表する詩人ウォルト・ホイットマン唯一の詩集『草の葉』。この長大な詩集(岩波文庫の完訳版では三分冊)から19篇を収録。西欧諸国に並ぼうと凄まじい速度で発展していくアメリカの激動時代を生きたホイットマンは、この国こそ最良の詩の題材と信じてひたすらアメリカをうたった。おおらかで、鈍くて、正義感が強くて、独善的で、楽天的。雄大な自然と、最先端の科学と、多くの民族が共存する大国。それこそがアメリカだろうか。この国の精神がホイットマンの詩に凝縮されてあるように感じる。カタログ的にアメリカのさまざまな労働者たちを列挙し、彼らみんなの陽気な歌声、尊き賛歌が聴こえると述べる「おれにはアメリカの歌声が聴こえる」は酔うような高揚に読者を導くだろう。生命の賛美が、生きることの喜びが、初期の詩――といってもホイットマンが詩作をはじめたのは遅く、36歳のときなのだが――には溢れている。初期の詩の一人称は「おれ」と訳されていて、そのため元気に満ち、また烈しい。
おれはおれを祝福し、おれのことを歌う。
そしておれがこうだと思うことを、おまえにもそう思わせてやる。


おれは肉欲も食欲も信じる、
見ること、聞くこと、感じることは奇蹟だ、おれのどの部分を取っても奇蹟だ。


ここまでおれたちは幾兆回もの冬と夏とを消尽してきたが、
それでも先にはまだ幾兆回もあり、そのまた先にはさらに幾兆回もある。


おれの素性も、おれの言わんとすることもよくわからないだろうが、
それでもおれはおまえのための「元気」でありつづけ、
おまえの血をきれいにし、強くする。


しかし無反省なアメリカ礼讃の時代はやがて終わりを迎える。南北戦争の勃発やリンカーン大統領の暗殺といった、光だけではない、アメリカの闇の部分に直面してホイットマンは自己を、そして祖国を検証しはじめる。ここからが中期だろう(本書では一人称が「ぼく」に変化する)。弟が戦争で負傷したのを知ってワシントンDCへ向かい、そこで看護人として6年間を過ごす。その時期、リンカーン大統領を間近で見る機会があり敬愛を増していった。1865年に大統領が暗殺されると、「リラの花が先ごろ戸口に咲いて」という詩でその死を悼んでいる。

南北戦争終結後のアメリカは「物質主義と政治腐敗の時代」(訳者)を迎える。ホイットマンにはこの風潮が耐えられなかった。このころからようやく詩人としての評価が上がりはじめ、「われらが白髪の詩人」と親しみを込めて呼ばれるようになる。訳者によると後期の詩は回顧的、神秘主義的な傾向が強いものだという(ホイットマンの母親はクェーカー教徒だった)。スエズ運河の開通や大陸横断鉄道などの技術進歩に刺激され、アメリカ発展の歴史は「原初からの神の意図」であり、これを「新たなる信仰」として崇める詩「インドへの道」は、タイトルになっているインドへいたる道が、さらにその先――神の領域か――を目指すような、神秘主義的なものになっている。本書の最後に収録されている「さらば、わがうちなる空想の人よ!」は、想像力の衰えを自覚した詩人が霊感に別れを告げているようで凋落の気配が濃い。初期の詩に顕著な溌剌さは失われ、その時期の詩に惹かれる者としては寂しくなる。

さらば、わがうちなる空想の人よ!
さらば友よ、愛するものよ!
わたしは去る、どこへ行くのか、
どんな幸運に出会うのか、君とまた会えるかどうかもわからない、
だから、さらば、わがうちなる空想の人よ。


ホイットマンは1855年に最初の『草の葉』を出版後、後半生をかけてこの詩集を増補・改訂した(最後の版は「死の床版」と呼ばれる)。本書は長大な詩集のほんの一部に過ぎないだろうが、初期、中期、後期の詩がもれなくコンパクトに収録され、年月経過に伴う作風の変化が理解しやすい。ホイットマンは随分と面白い経歴の人で、11歳のとき小学校を中退したのちは一切の学校教育を受けていないにも関わらず教員やジャーナリストとして働き(19歳で新聞を創刊した)、新聞社を渡り歩いて社会的な発言を繰り返すも政治に幻滅を感じ、論説ではなく詩で人々に語ろうと決意して詩作をはじめたのだという。世の片隅に閉じこもって芸術の理想を追求するのではなく、社会へ向けて発信していくホイットマンの詩は本質的にジャーナリスティックなものなのだ。彼はまた伝統的な韻律を排して自由詩型を採用、反復や列挙といった手法を多用して独特のリズムある詩を作った。「つまるところ、イギリスの伝統がはぐくんだ洗練、そこにいたる言葉の彫琢、そういったものの対極にあるのがホイットマンの詩法である」と訳者は述べている。彼の詩法が後世に与えた影響は大きく、ゆえに「アメリカ現代詩の父」と目される。


完訳『草の葉』は酒本雅之氏による偉業ながら、その長大さゆえ取っつきにくかった。本書によって少し身近になって嬉しい。対訳形式ではないが原文も収録されている。


4334751318おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)
ウォルト ホイットマン Walt Whitman
光文社 2007-06

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『おれにはアメリカの歌声が聴こえる』 ホイットマン epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる