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zoom RSS 『失踪者』 カフカ

<<   作成日時 : 2013/04/25 00:00   >>

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あるいは「アメリカ」。

カール・ロスマンは17歳(16歳)。女中を妊娠させてしまったのでアメリカへ追放される。新天地での生活のあてはなかったが、偶然にも同じ船に伯父が乗っていたため、ニューヨークにある彼の屋敷に身を寄せることになる。あるときカールは伯父の制止を振り切って銀行家の屋敷を訪問してしまったために伯父の怒りを買い、絶縁を宣告されて孤独の身に戻る。二人の浮浪者(職探し中の機械修理工)と出会って、ラムゼスという町を目指すが旅の途中で仲違いしてしまい、カールはホテルのエレベーターボーイの職に就く。しかし、勤勉に働いていたにも関わらず不運が重なってボーイ長から解雇を告げられ、不本意ながら二人の浮浪者と再び行動を共にし、彼らが暮らすアパートに転がり込む。今度の仕事は部屋の主、歌手ブルネルダの身の周りの世話をすることだった。

小説は途中で中断している。書かれたのはカフカが29歳だった1912年。まとまった分量で残された8章のうちの6章が一月半の間に一気呵成に書かれた。彼はこの4年前から半官半民の、ボヘミア王国プラハ労働者災害保険局に勤めていた。朝8時から昼の2時までの勤務であり、カフカは帰宅後仮眠をとって(「ただ試みるだけ」であったというが)夜の時間を執筆にあてていた。巻末の解説でそのスケジュールが紹介されており、それを見るとかなり負担を強いる生活であって、この無理が祟って後年の病いを招いたのではないかと想像される。『失踪者』はやがて難航し、同じ期間に別の小説のプラン――『変身』や『審判』――が浮かんだためそちらを優先して書くなど2年近い中断期間があり、なんとか努めて続きの章をいくつか書いたものの、最終的に放棄される。そのなかには、再び一人になったカールが誰でも働くことができる劇場に雇われ、同僚たちと本拠地のオクラホマへ向かう断章――カフカの死後に遺稿を整理して最初の全集を出版した友人マックス・ブロートが「オクラホマの野外劇場」と題してエピローグとした章――が含まれている。

本作の執筆を開始したのと同じころ、カフカは友人ブロートの家で、ベルリンに住むフェリーツェ・バウアーに出会う。以後5年間にわたって、二度の婚約とその破棄、500通余りの手紙を送ることになる相手であり、彼女に宛てた手紙から、カフカの本作への執筆姿勢が窺える。手紙によると、カフカは本作を、ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』の枠組みを借りた自伝として構想していた(「長篇小説はこのぼくであり、ぼくの物語はぼくである」、「ぼくはたしかに、自分とまったく関係ないようなことは書いていません」)。アメリカを舞台としているが彼の地に行ったことはなく、あるのはせいぜい本で得た知識だけ。とはいえ、彼がリアリズムを追求してアメリカを描くことをさほど重視していたとは思えず、冒頭に登場する自由の女神像が剣を持っているという描写を読むぶんには、舞台はアメリカとされているものの実際には産業が発展したどこか遠い土地、といった程度の、幻想あるいは架空の国であれば事足りたのだろう。主人公カールはフランツ・カフカその人であるが、同時にこの人物の造形には、親戚の誰彼――女中に誘惑されて妊娠させてしまった従兄や、16歳になるかならずでアメリカへ渡ったまま消息不明になった者――の存在が溶かし込まれている。

ではカフカその人はカールの造形にどのように反映しているのか。坂内正氏は『カフカ解読』のなかで、著者の人生と重ねて以下のように述べている。カフカは「書く」ことに憑かれた人だった。しかしその行為は職業作家としてではなく、あくまで昼の勤めのあと、夜の自由な時間にひっそりと行われた(「ぼくの夜は二つある。目覚めている夜と、眠りのない夜」)。過酷な試みだった。24歳のときに、就職難で仕事が見つからず、結局「伯父」のコネで一般保険会社に臨時職員として就職するも、厳しい勤務のために、自分の時間をもつこと――すなわち書くこと――が困難になる(「「一般保険会社」はトリエステに本社をおく国際的にも盛名のある会社であったが、勤務は厳しく、到底「書く」こととの共存を許さないものであった」――『カフカ解読』)。するとカフカは、この会社を1年足らずで退職してしまう。伯父は一族の族長的立場にある成功者で、法学士となった甥フランツに目をかけてはいたものの、彼の両親と同様、いつまでも文学志望を改めようとしないことを危惧していた。結局その危惧は現実となってしまった。コネで入社した会社を去るということは、事実上伯父との絶縁を意味する。この出来事は、本作中の、伯父の制止を振り切ってポランダーの屋敷へ行ってしまうカールの行動と、その結果としての伯父の怒り、絶縁宣告に反映されている。

成功者の庇護を失って、孤独に職探しの旅を続けるカール。カフカ自身の姿でもあっただろう。このあと出会う二人の浮浪者――のちに書かれる『審判』の監視人や紳士、『城』の助手などと同様に二人――は、あるいは昼と夜に引き裂かれた著者の精神の深層の象徴なのだろうか。彼らに翻弄され、エレベーターボーイになったあともそのうちの一人のロビンソンが騒ぎを起こしたために職場から追放される。遊ぶ金を融通しろ、というロビンソンにカールがわずかな有り金を渡そうとしたところが大騒ぎになり、殆ど濡れ衣であるのに不運のためにボーイ長に知られてしまう。呼び出されて叱責され、カールを庇う声もあるものの、結局彼は弁明することなく解雇を受け入れる。おそらく本作中でもっとも痛ましいこの場面は作者の生とどのように重なっているのか。1911年、カフカ家はプラハ郊外にアスベスト工場を設立、これには一族の人間たちも出資するなどしており、法学士フランツは法律面で工場を監督する立場に立たされる。この多忙な日々に、イデッシュ語の劇団と出会い、のめりこんでいく。工場はしかし設立してまもなく、労働者全員が退職を通告する騒ぎが起きて、カフカは事態の収拾に奔走する。工場経営は家族間で幾度も争議の原因となり、父親や妹から非難されて、一時はカフカに自殺を考えさせ、それがどの程度本気の決意であったかはともかくとして、不眠や食欲不振など「何が起こっても不思議はないような状態」に彼を追い込んでいる。友人の異常を察したブロートがカフカの母親に手紙を書き、息子の自殺の危険を知った彼女は彼を監督者の業務から外した。坂内氏は、イデッシュ語劇団にのめり込んでいたカフカが、貧しいこの一座のために物心両面の援助を行ったのではないか、とはいえ半日勤務の彼の給料などたかが知れているのであり、その際に工場の出資金を――一時的な持ち出しのつもりで――使い込んだのが露見して争いになったのではないか、と推測している。もともと息子の文学志望などに何の価値も認めていなかった父親はともかく、仲のよい妹オットラからも非難されるということは、やはりカフカの側に何かしら暗いものがあったのではないのか。事の真相について口を閉ざすカールの「ロビンソン事件」とは、著者の生にもやはり沈黙するしかない事件が隠されてあることの暗示だろうか。この家族争議を、本作と同時期に書かれた『変身』のディスコミュニケーションと重ねて考えてみると、坂内氏の推測にも説得力が感じられる。

本作は未完であり、カールがどうなるのかは読者それぞれの想像に委ねられる。カフカの発言によると、カールには死――「わきにそっとのけられるような」死――が予定されていたようだ。カフカの長篇がことごとく未完であるのを管理人は残念に思っている。しかし贔屓目になってしまうかもしれないけれど、まさに完成しえぬところ、挫折して放棄されているところにカフカ文学の魅力はあるように思える。書くことに憑かれた人カフカが努力を費やして成ったテクストは生前遂にわずかな量が発表されただけで、あとは未発表のままであり、死の間際には原稿すべての焼却を望んだという事実――「書く」ことを人生において何より優先し、そのために多大な犠牲を払ってきた人であったのに、書き上げたすべてが結局は意に沿わなかったのか――に彼の文学の美があるのではないか。もっとも、これは作家を偶像化しすぎた見方かもしれない。

本当の芸術はすべて記録文書(ドキュメント)です、年少の友人ヤノーホに、カフカはそう語っている。カフカ文学とはすなわちカフカその人である(彼が愛読したローベルト・ヴァルザーの文学がそうであるように)。夢のような、不条理な、不安な、などと評されることのあるカフカ文学を読み解くのに著者の人生を重ねるのはだから必要な作業であるだろう(一種の幻想小説として読んでもカフカ作品は面白いものではあるけれど)。本作はカフカの小説のなかではリアリズム的に書かれているほうで、『審判』や『城』に比べて読みやすい。


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カフカの生涯と作品を照合していくような坂内氏のカフカ論は刺激的だ。
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