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zoom RSS 『こころ朗らなれ、誰もみな』 アーネスト・ヘミングウェイ

<<   作成日時 : 2013/05/23 00:00   >>

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趣味の問題。

ヘミングウェイの短篇を18篇と未完の長篇「最後の原野」を収録する。訳者好みの、「いわゆる男女関係を中心に据えた作品のほとんどない、代わりに、何らかの意味で壊れた人間を描いた、悲惨さを壮絶なユーモアで覆ったように思える作品」が収録されている。

管理人はヘミングウェイのよい読者ではない。これまでに長篇と短篇集を幾つか読んでいるものの、気持よく読めた経験がない。この作家の特徴は無駄を排した簡潔な文体(「氷山理論」)にあるといわれる。その機微を汲めていないのか、読んでもいつも雰囲気を曖昧に感じるだけで終わる。興味ない機械か何かの使用説明書でも読んでいるような味気なさに退屈を覚える。このたびも、最後に収録の「最後の原野」を半分ほど読んだところで読むのが苦痛になり、結局そのまま読むのを止してしまった。つまらないのに読み続けるのは精神衛生上悪い。

管理人がもっとも感心したのは「兵士の地元」 だ。主人公のクレブズは大学生のときに志願して戦争に参加、二年後にオクラホマにある故郷に帰還するも、そのころには地元の歓迎熱はすでに冷めていた。遅れてきた帰還兵。人々は戦場の話をすでにたっぷり聞かされていたから、彼らに話を聞いてもらうには嘘を交えるしかなく、嘘を交えた結果、自分の体験そのものを汚してしまったような感覚に襲われ、悔恨から次第に口を閉ざすようになっていく。無気力になって町をぶらぶらするだけの生活。楽しみといったらビリヤードくらい。女の子たちを見ても、美しいとは思うものの彼女たちと関わりたくはない。見ているだけでいい。それ以上踏み込むのは面倒くさい。人生の目的を見失い、腑抜けになってしまったような息子を母親は心配する。怠けてばかりいるのはよくない、同級生の誰それは結婚したというのにあなたときたら――。クレブズは気のない返事をする。母親は泣き出す。息子はそろそろ家を出て仕事を探そうかとぼんやり考える。でも、今日のところはまだ止しておこう。

「壊れた人間」の物語としてよくできている。明示されないものの戦場での体験が彼の人格に深刻なダメージを与えたのだろう。小説の冒頭は友人たちと一緒に写っている写真の描写で、そこではクレブズを含め、「誰もがみな、まったく同じ幅と形のカラーを襟につけている」と書かれる。その後述べられるクレブズのドロップアウトと比較すると皮肉な、かつ痛ましくもある見事な冒頭だろう。この冒頭は同時に、似たり寄ったりの青年期がいつしか終わり、それぞれが独自の道を歩むことになる人生の表象でもあるだろうか。壊れた人間が周囲とうまく意思の疎通ができなくなり、真綿で首を絞められるような孤独のなかに沈みこむ――陰鬱な物語ながらドライな文体が湿っぽさを排除してやるせない情緒を醸す「兵士の地元」は本書中の白眉と思う。

「心臓の二つある大きな川」はヘミングウェイの短篇のなかでも傑作といわれるが、管理人は何度読んでもよさがわからない。戦争で傷ついた(と思しき)主人公が自然のなかでキャンプして釣りをするというだけの話。述べられる所作の一つ一つが儀式的な意味を帯び、回復の物語たらしめていると訳者は解説しているが、果たしてそうか。ここには、たとえば同時代の南部人フォークナーや、あるいはアーダルベルト・シュティフターが感じていたであろう自然への畏敬の念も、ローベルト・ヴァルザーが感じていたであろう自然との交感の歓喜もない。加島祥造氏が『熊 他三篇』の解説で指摘しているように、ヘミングウェイは自然を征服する対象としか見ていないようなところがある。フォークナーやシュティフター、ヴァルザーの描く自然の崇高さと比較すると、ヘミングウェイの自然観はどこかライフスタイル的な「趣味」の域を出ていないようで物足りない。

「兵士の地元」のほかには「清潔な、明かりの心地よい場所」「雨のなかの猫」が、しみじみとした情緒を醸していてよいと思う。「闘う者」の狂人と主人公の滑稽なやりとりには声を出して笑った。柴田元幸氏の訳文は「すごい」が多用されるなど現代的で軽く、すらすら読める。


4884184300こころ朗らなれ、誰もみな (柴田元幸翻訳叢書)
アーネスト・ヘミングウェイ 柴田元幸
スイッチパブリッシング 2012-11-15

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