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zoom RSS 『ハムレット』 シェイクスピア

<<   作成日時 : 2013/05/30 00:00   >>

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仮面の男。

訳者を変えて何度めかの再読になる。あらすじについては以前に書いた『ハムレット Q1』の記事から転載する。

デンマーク王国のエルシノア。急死した王に代わって彼の弟のクローディアスが王位に就き、その傍らにはかつての兄嫁ガートルードがいる。王子ハムレットは悲しみに沈むある夜、父親の亡霊と対面する。亡霊は告げる。自分は弟に毒殺された、復讐を遂げてほしいと。ハムレットは狂人の振りをして機を窺い、ついに復讐を果たすも自らも息絶える。


テクスト成立の経緯(推測の域を出ない)についても同記事で書いているので本記事ではふれない。ただ、つけ加えるなら、ハムレット王子による復讐の物語はルーツをスカンジナビアの伝説に遡ると本書の解説にある。ハムレット伝説は1514年にパリで出版されて人気を博し、その伝説がイギリスに伝わってある劇作家が劇化したのをもとにシェイクスピアは本作を書いたとされる。いわば二番煎じだが、あくまで物語の根幹の部分を借りただけで、細部はすべてシェイクスピアの創造による。彼の作品の殆どに種本があるとされているが、そのことで彼の作品の価値を認めないような読者はいないだろう。独創性など幻想に過ぎない(それを伝統ともいう)。創作は種があれば成るというような安易な、空想的な行為ではない。どこまでも現実的、身体的な行為だ。疑う人は種本をもとにひとつ悲劇なり小説なりを書いてみればいい。

シェイクスピアに親しんでいるわけではないので偉そうにはとてもいえないけれど、これまで読んできた彼の幾つかの作品のなかでもっとも再読に誘われるのは『ハムレット』だ。『リア王』などはその整った形式や野性的な情念に感嘆はするものの一度読めば充分という気持になるのに対して、『ハムレット』は謎だらけで、その謎が何度でも向かう気を起こさせる(『マクベス』もそうだろうか)。かつて読み、梗概は知っていても尽きない「なぜ」? その謎を、あるいは違和感を、解決するためというよりは確認したくてふと読みたくなる。このたび読んだ、福田恒存、野島秀勝に次いで、管理人にとっては三人めの訳者になる松岡和子氏の訳はくどくなく簡素なので想像力を刺激され、そのトーンは迷宮のようなこの劇によく合っていると思ったし、おかげでテンポでよく展開していくストーリーを追いながら、『ハムレット』とはこんなにも飽きさせない筋だったのかと感銘を新たにした。

『ハムレット』でもっとも頻繁に挙げられる謎は、彼が復讐を引き延ばす点だろう。父王の亡霊からその死の真相を聞かされ、あらゆる記憶を失っても復讐だけは決して忘れないと独白したハムレットは、機会を得てもなかなか剣を抜かない。狂人のふりをして時を稼ぎ、亡霊の言葉が真実かどうかを確かめるべく、まわりくどい証拠探しを画策する。いよいよ亡霊の言葉を信用したあとも実行は延期されたまま。これを不自然と見る向きもある。けれども終盤での、「雀一羽落ちるにも天の摂理が働いている」という悟りの台詞から察するに、彼は運命に身を委ねて好機の到来を待ち望んでいたように見える(本作には運命への言及が幾度かある)。最初の好機は彼の望む理想の形ではなかった。見逃せば次の機会はいつになるかわからない。それでも、彼は次の可能性に賭けたのだ。復讐の遅延はだからハムレットの逡巡ゆえではないと管理人は思っている。彼は運命に心を開き、身を委ね、その間で人事を尽くそうとした。尽くしたあとは天命を待つのみ。そして願いは叶えられた。

今回読んで面白かったのは、亡霊からことの真相を聞かされたハムレットなのに、それだけでは現国王への疑惑は晴れないかのように、自ら劇を上演して確たる証拠を手に入れようとする場面だ。超自然的な現象である亡霊の言葉だけでは信じられず、もう少し科学的(?)なやりかたで真相に迫ろうとする。彼の、人事を尽くそうとする姿勢の顕著な例といっていいだろう(彼が願ったのは復讐を果たす好機であり、神罰ではなかった)。亡霊への疑念は、第一幕での「「見える」ことなど知るものか」という台詞とも呼応している。

ハムレットは行動の人であり、同時に演じる人だ。彼は本作のなかでどれほどの顔を見せることか。孝行息子、気高い王子、よき友人、よき恋人、周到な策略家、狂人、そして復讐者。彼は仮面を付け替えるようにして、必要とあれば違う顔を次々見せる。われわれもまた、彼ほど極端ではないにせよ、日々役を演じ分けながら生きている。ハムレットとはわれわれの戯画である。


4480033017シェイクスピア全集 (1) ハムレット (ちくま文庫)
W. シェイクスピア William Shakespeare
筑摩書房 1996-01

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