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zoom RSS 『森の小道・二人の姉妹』 シュティフター

<<   作成日時 : 2013/06/20 00:00   >>

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美徳の幸福。

心温まるシュティフターの短篇を二篇収録する。「森の小道」は、裕福さのなかで怠惰に陥った語り手が、療養のため訪れた保養地で森に迷い、そこで農民の女と出会い、その善良さに惹かれて彼女と結ばれるというもの。ほのぼのとした作風で筋は単純、ユーモアもあって読んで楽しい大人向けのお伽話といった趣がある。

「二人の姉妹」のほうはもう少し内容が深い。語り手は用事があって訪れたウィーンで粗末な身なりの男リカールと同宿になったのを縁に親しくなる。双方とも用が済んで別れる際、リカールはいつか自分の家に遊びに来てくれと語り手を誘う。語り手はその後親戚の遺産を得、それを活かして大きな農園の主人になる。あるときふと思い立ってリカールの家へ向かう旅に出ると、そこは山岳地帯の荒野であって、それでも土地は豊かな実りを見せていた。リカールと妻、二人の娘たちは語り手を歓迎する。彼は引きとめられてこの家に長く滞在し、農園を作るのに熱心な上の娘マリアやリカールから、なぜこんな寂しい土地に住んでいるのか、この荒野に植物を根付かせるのにどれほどの苦心と工夫が要ったかについて聞かされる。やがて語り手とマリアは互いに惹かれ合うようになるが何事にも謙虚な彼は感情を吐露できない。それでも小説は、二人がいずれ近いうちに結ばれるだろうことをほのめかして終わる。

二篇のどちらにも、著者の特徴である長々とした自然風景の描写がある。作家より先に画家を志し、終生絵筆を放さなかった著者は、森や山や荒野といった作品の舞台について写実的に記述するのでやや辛抱を強いるようなところがあるが、あくまでゆったりとしたペースで展開する筋とよく合って独特の染み入るような情緒を醸している。

石さまざま』の序文でシュティフターは自身の信条を表明している。彼は日常生活における善意こそ偉大であるとし、華々しい英雄的行為をそれよりも下に置いた。生きてあることの称揚。シュティフターを語るときほとんど必ず引用されるこの信条はしかし、現代日本に生きる者には(時代の風潮も影響して)誤解されがちなものだと管理人は思っている。シュティフターのいう「高貴な偉大さ」とは、昨今の日本で流れているようなミニマムな、小市民的な幸福を志向するものではない。何の変哲もない日常をあるがままに受け入れてそこに幸福を見出す、といった微温的な態度とは断じて違う(そういった価値観を否定するつもりはないけれど)。シュティフターが小説に書いたのは19世紀前半の、生きるのに多くの困難と不便を抱えた人々だった。彼らはそうした運命の厳しさに耐え、暮らしを工夫、改良してよりよき将来を夢見、人が人に幸福を与えることを常に念頭に置いている。それはたとえば「二人の姉妹」における、荒野の開拓や、リカール一家が語り手へ贈り物をする場面などに顕著だろう。マリアは自身の努力について語り手にこう述べる。
「ここには畑も牧草地もありません。わたしたちが譲り受けた土地はそういうものには小さすぎるのです。ずっと昔から、ここには畑は作れないと考えられてきました。だけど、不可能なはずがないとわたしは思います」


「歴史の本に書いてあるように、これまで世界にはいろんなことが起こりました。――起こることに少し手を貸してやれば、これから何が起こるか誰に分かりましょう。わたしにだってその力はあるはずです」


たゆまぬ努力は実り、荒野は豊かな農園となった。当時の人々、とくに貧しい人々は毎日を生きるだけで精一杯だったろう。厳しい環境下でも不屈の心で困難(それは自然である場合が多い)に立ち向かっていく――そうした人間の姿に、苦難と無縁でなかったシュティフター(破れた恋、職業画家の断念、革命への幻滅、教育事業での周囲との不調和、冷ややかな結婚生活、養女の自殺、肝臓の病いなど)は希望を見出そうとしていたのではないか。そこに、努力はほどほどにとどめ、ほどほどに得られた成果に満足してやりくりしていこうとするミニマムさ、悪くいえば諦念のようなものはない。シュティフター文学の登場人物たちはみな、困難に耐え、挑み、自らの力(と神の恵み)で未来を切り開いていこうとする。ゆえにシュティフター文学は力強い。管理人はそう見ている。

「私は自分の経験から、苦しみや、普通の生活で災いと呼ばれているものは、もともと、人間にとっては天使、いえ、人間に警告し、自分を自分以上に高め、あるいは、そうでなければ、いつまでも深いところに隠されたままになっている心の宝を教え明らかにしてくれるもっとも聖なる天使だと思っています」



4003242246森の小道・二人の姉妹 (岩波文庫)
シュティフター 山崎 章甫
岩波書店 2003-02-14

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