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zoom RSS 『ブリギッタ・森の泉 他一篇』 シュティフター

<<   作成日時 : 2013/06/27 00:00   >>

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大人の文学。

シュティフター初期の作品「荒野の村」「ブリギッタ」、晩年の作品「森の泉」を収録する。

「荒野の村」は「物悲しいほど美しい」荒野で暮らす少年の物語。自然界に漂う霊気を吸って生きているような選ばれた少年は、「勉強して一人前になるため」に家族と別れて「遠い国」へ旅立ち、長い巡礼ののち立派な青年になって帰ってくる。両親は老い、祖母はさらに老い、妹は結婚して一児の母になっている。これからは両親のために力を尽くそうと孝行の意志を示して、青年が荒野で働きはじめるところで物語は終わる。彼の生涯がその後どうなったか、「その活動とその結果は、何も残っていない」と語り手は作品を結ぶ。青年はいわば善良な無名人として荒野で一生を送るのだろう(別れを告げる恋文を受け取る場面は、彼の生涯が薔薇色のものでないことを示唆するようだ)。素っ気ないほど淡々と述べられる物語は聖人伝説のような厳粛さを醸していて、この青年のように、多くの人に知られることない無名の善人たちのはたらきが世界を支えていることを、著者は声低く訴えているようだ。

「ブリギッタ」は本書中でもっとも通俗している。醜い容貌ながら美しく気高い精神をもったブリギッタと、彼女を愛した男の物語。その恋愛はロマンチックな相を見せない。ともに中年期をすでに過ぎた二人であってみれば、その恋愛は抑制された、慎みのある、地に足がついたものとなる。大仰な身振りや台詞は一切ない。男と女が出会い(曲折を経て)結ばれる。ともに人生を歩む伴侶として男は女を、女は男を選択する、そのことの肯定が、いかにもシュティフターらしく控えめに述べられるのに感嘆する。情熱に駆られることも、嫉妬に狂うこともない落ち着いた作品世界。清水のように透き通ってすがすがしい。

「森の泉」は美しい野生の少女の物語。複雑な家庭環境にあった少女が一人の老人との交流を通じて頑なだった心を溶かしていき、やがて彼女を愛する老人の孫と結ばれるまで。時間軸を前後させるやや凝った構成になっている。読んでいて新鮮だったのは徹底した心理描写の排除だ。登場人物たちの心のなかに入り込み、彼らの挙動を逐一読者に報告するような方法をシュティフターはとらない。眺める目(シュティフターは作家になる以前に画家を志望していた)で彼らを観察し、外に表現されたもののみを述べる。大人(たいじん)の風格とでも呼びたいような大らかな作風に清涼を覚える。

「荒野の村」や「ブリギッタ」には自然の厳しさが、「森の泉」では心の頑なさが扱われる。シュティフターは同時代の人々に平凡な世界しか描かないと批判されたというが、「ブリギッタ」の筋はドラマチックであり、「荒野の村」の少年はとても凡人とは呼べないだろう。すでに述べたがシュティフター作品は総じて控えめなのが特徴としてあり、それはこの作家の謙虚さに由来していると思われる。神であれ自然であれ、人間を越えたものがあり、それによって生かされている、あるいはともに生きている、という感覚が作家のうちにあったのではないか。岩場や湖や遠い峰などの風景画を描くうちに、彼がそうした感覚をますます強めていく様子を想像している。

シュティフターは苦難と無縁でない生を生きた。勤勉、克己、忍耐といったモチーフは作家が想像世界でのみ用いたものではなく、彼の人生と密接に関わっていただろう。管理人はシュティフター文学を非常に雄々しいものと見ている。安易な諦念や絶望に傾かず、善良さを志向して生きていく人たちの力強さを頼もしく感じる(善良さとは強さである)。透徹した作風はある程度世間に揉まれ、酸いも甘いも噛み分けた大人の読者にこそふさわしいのではないか。大抵の人は、年をとるごとに絵空事に関心が向かなくなり――管理人とて例外でない――、若いころ夢中になって読んだものを再び手に取ってみれば、馬鹿らしい、どうしてこんなものに夢中になったのかと過去の自分に呆れることも少なくないだろうが、シュティフターはその対象から外れる数少ない作家であるかもしれない。厳格にしてシンプルな文章、感傷を排して対象をあるがままに見つめる視線、そして作品を支える善性への信頼。巻末に載っている高安国世の「森の詩人シュティフター」という文章は60年以上昔に書かれたもので時代の懸隔を感じるが、この内容も、畢竟シュティフター文学は大人の文学である、の一語に要約できるように思ったのだが、どうか。


4003242262ブリギッタ・森の泉 他1篇 (岩波文庫)
シュティフター 宇多 五郎
岩波書店 2011-03-17

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