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zoom RSS 『災害がほんとうに襲った時』 中井久夫

<<   作成日時 : 2013/07/11 00:00   >>

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災害の現場で。

2011年3月11日は悲しくも人々に長く記憶される日となった。日本ではこの16年前にも大地震が発生している。阪神淡路大震災だ。この震災で被災した精神科医が関与観察した50日間の記録が主として収録されている。現場体験者の文章から、非常時のみならず平時にも有効な行動の指針を学ぶ。

災害直後、人々は混乱する。災害初期は修羅場だ。この非常時においては初動こそが最重要となる。阪神淡路大震災では生き埋めが多かったといい、救出活動が早ければ早いほど助かる確率は高かった。著者は当時、「有効なことをなしえたものは、すべて、自分でその時点で最良と思う行動を自己の責任において行ったものであった」と述べる。状況は時々刻々変化する。先の見通しがどうこうといっていられる場面ではない。各人ができる範囲で迅速に行動することが一つでも多くの命を救う。
「何ができるかを考えてそれをなせ」は災害時の一般原則である。このことによってその先が見えてくる。たとえ錯誤であっても取り返しのつく錯誤ならばよい。後から咎められる恐れを抱かせるのは、士気の萎縮を招く効果しかない。現実と相捗ることはすべて錯誤の連続である。治療がまさにそうではないか。指示を待った者は何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張った。


上記のようにとっさに自分で判断した外科医や法医学者、多くの入居者を車で病院に移した病院関係者らは大活躍をした。しかし――いかなる理由かを著者は詳述していないが――そうした超人的な働きをした人たちはすべていま世にない、という。ここで、救助者のケアという問題が浮上してくる。

著者の観察によると、
震災後一日は水分だけで行ける。三日まではカップラーメンでも何とかやれる。以後は、おいしいものを食べないと、仕事は続くのだが惰性的になり、二週間後あたりからカゼが流行って、一人がかかると数人以上に広がり、点滴瓶を並べて横たわっていた。この前に仕事を交代できる救助隊が到着している必要がある。


「補給」が重要なのだ。飲まず食わずでも職務を放棄しない日本人の責任感にもたれかかって補給を軽視したのはかつての日本軍の欠陥だった、と続けている。災害現場もまた戦場であるだろう。救助者がここで無理を続けると、自滅行動に出るような「戦闘消耗」状態に陥る。これを避けるために心のケア、「デブリーフィング」が要る。デブリーフィングは救助者の緊張をほどき、心理的に肯定し、達成を認めることで彼または彼女の孤独感を解消する。放置したままではいずれ彼または彼女は折れてしまう。それを防ぐため、他者が正当に評価、認知する必要がある。これは災害時に限らず、平時の業務、さらには家事・育児等の場面でも活用できる知恵ではないか。真面目な人ほど一所懸命に任務(仕事や家事)に取り組む、けれども彼や彼女がその過程、結果を徹底して他者から無視され続ければ、やがて燃え尽きてしまうだろう。他者からの好意的なレスポンスはわれわれが行動する際のモチベーションになる。非常時にはこの感覚がより先鋭化しているだろう。「弱音を吐けない立場の人間は後で障害が出る」という言葉が続くが、これも察しがつく。

近年、人口に膾炙するようになったPTSDについてもふれられている。著者は、「避難所のようにむきだしに生存が問題である時にはこれは顕在化しない。おそらく仮設住宅に移住した後に起こるのであろう」と述べている。過去や未来を考えられる程度には状況が落ち着いたときに、ということだろう。石原吉郎のシベリア抑留体験と重なる部分がある。

大事なのは補給と休養、そしてデブリーフィング。これは非常時ばかりでなく、大仰にいって「戦場のように」忙しい職場でも当てはまるのではないか。

リアルな記録として興味深いのが、震災後50日間の著者の行動とストレスの記録だ。悪夢や記憶障害、短時間睡眠、不整脈の増大、身体の苦痛、興奮――さまざまな身体反応が詳細に記録されている。ここでとくにためになったのは、災害初期は、本は自分の文章しか読めず、本を読もうとしても視線が紙の上を滑るだけで内容が頭に入ってこなかった、というくだりだ(文章を書くことはできた)。「すべての危機にあっては、手持ちの知識と経験と知恵だけで勝負しなければならないこと、試験場と同じ」とある。非常事態に直面したとき、人は本を読んでいる余裕も時間もないだろう。もちろん、そんな状況が来ないことを願っている。過去の記録文書としてのみ本作を読むことができたなら、どれほどよいか。しかし歴史は、われわれの願いが必ずしも叶うわけではないことを残酷に示している。


4622076144災害がほんとうに襲った時――阪神淡路大震災50日間の記録
中井 久夫
みすず書房 2011-04-21

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