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zoom RSS 『イラスト西洋哲学史』 小阪修平

<<   作成日時 : 2013/08/01 00:00   >>

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意識の進化史。

紀元前6世紀。中国では孔子が儒教と呼ばれることになる思想を説き、インドではゴータマ・ブッダが仏教と呼ばれることになる思想を説いた。そしてギリシアとその周辺地域ではタレスによってギリシア哲学が生まれる。

哲学の始祖とされるミレトスの人タレスは一種の賢人で、日蝕を予言した、政治に関わった、オリーブ油を搾る機械の投機に成功して大金を稼いだ等の様々な逸話をもっている。彼は世界の根拠(アルケー)は水であると考えた。彼の弟子のアナクシマンドロスは「無限」を、その弟子のアナクシメネスは空気を、それぞれ世界の根拠とした。彼らが思考の対象にした世界とは自然であり、そこには魂や生命も含まれている。人間と自然と宇宙は一体である、これが古代ギリシアの世界像であり、自然のなかに世界の根拠を求めた彼ら三人からはじまる哲学の流れをイオニア自然学という。

哲学史はイオニア自然学のほかにもうひとつの起源をもっている。ピュタゴラスとその弟子たちによる哲学。彼らはこの世界は数によって作られていると考えた。ピュタゴラスとその弟子たちは宗教団体を形成して共同生活を送り、数学を研究した。彼らの中心的な思想は魂を浄化して神と合体するというもので、これはオルフェウス教の流れを汲むとされている。オルフェウス教とは何か。もともとギリシアの精神世界は太陽神アポロンに象徴される明るく健やかなものだった。しかし紀元前8世紀から6世紀にかけての政治体制が王制・貴族制から民主制へ移行していく過渡期に、小アジアから陶酔の神ディオニュソスが渡来する。ディオニュソスの信者たちは深夜に山間の原野に集まり、生肉を食らい、葡萄酒に酔い、笛や太鼓の音に合わせて踊り狂ってエクスタシーに到達しようとした。「それは、狂騒(オルギア)ということばにふさわしい光景であり、当時の知的なギリシア人から見れば、野蛮な宗教であった」。この「野蛮な」信仰が時間をかけて徐々に穏やかなギリシア的なものへと変貌してオルフェウス教になる。音楽の祖とされる楽人オルフェウスの竪琴の妙なる音色が人をカタルシスに導く、その浄化の先に神との合一がある――ディオニュソス信仰はオルフェウス教へと変化して、人々の神との合一願望はさらにピュタゴラス教団へと引き継がれる。彼らは、地上ではないところに真理はあり、天体の運行や現象の背後を探ればそれを明らかにできると考えた。そのために数学や音楽を研究した。目に見える世界は移ろいゆく、しかし比例や調和といった数学や音階の世界は移ろわない。彼らはそこにこそ永遠はあるとして、彼方の世界への憧れを強めていく(現実の彼方に理想の世界を求める思考様式は、のちに登場するプラトンが継承することになるだろう)。西欧哲学はイオニア自然学の合理主義とピュタゴラス教団の神秘主義のふたつを起源とする。

哲学の方法としては、ピュタゴラスとその弟子たちが哲学にもちこんだ思想は、眼にみえるものから世界のアルケーを類推しようとしたミレトスの三人とその流れをくむ哲学者とは正反対に、眼にみえぬもののうちに、この世界のアルケーをもとめるという思想である。それは、世界を解釈するスタイルの相違、合理的なものと神秘的なものの組み合わせかたのちがいを意味している。


私たちが哲学というものを考えるさいに見落としてならぬのは、哲学がことばの合理的な使いかたの核に、ピュタゴラス以来の眼にみえぬものへの憧れをかくしているということだ。私たちは合理主義と神秘主義を正反対のものとして考えやすいが、じつは合理主義とは神秘主義をそのなかにひめている。合理的なものとは、かならずしも現実的なものと同義ではない。合理的とはひとつの割り切りかたなのだ。


超越的原理を設定して、それによって世界を測る思考様式が哲学と呼ばれるものであり、これは西欧世界にしか存在しない、そう述べたのは木田元氏だった。ありもしない原理を理想として設定するということは無へ向かって世界像を構築することであり、そのせいで西欧にニヒリズムが蔓延した、そう述べたのはニーチェだった。こうした哲学史への批判は頷ける部分もある。けれどもまた、たとえイデア界が「仮象の世界」であったとしても、理想なくして人間はないのであり、プラトンの憧れは人類の進歩のために必要だったと思わないでもない(道徳に理念を与えたとしてカントはプラトンを評価する)。「神が存在しないのなら人間はこれを考え出す必要があった」とはドストエフスキーの言葉だが、まさしくこの創造力にこそ人間の偉大さはあるようにも思える(近代の創建者デカルトは神の存在証明という名目で人間の理性を称揚するだろう)。

プラトンの二元論については別の記事に書いたので本記事では繰り返さない。けれどもひとつ印象的なのは、プラトンとは才能に恵まれた詩人であり、多くの政治家を輩出した家系に生まれた彼が師の刑死によって現実政治に絶望したのち、旅先で出会ったユダヤ教やピュタゴラス教団から影響を受けてイデア論を思いつくというのは、天性と環境によるいわば必然だったのだろうということだ。政治的理想主義者にして彼方に憧れる詩人。だから彼が理想の国家論において、「魂に有害な影響を与える」という理由から詩を追放しようとしていたことに、後世の読者は不自然と皮肉を感じて複雑な気分になる。

プラトンとアリストテレスによる絶対的なものを求める努力は、中世のスコラ哲学に引き継がれていく。
ヨーロッパの哲学史にからみあいながら存在している二つの潮流は、プラトン主義とアリストテレス主義である。あるいは、私たちがヨーロッパの合理主義というとき、それはこの自然をこえた超越的な世界へロゴスで上昇していく方向(プラトン的な方向)と、自然(この世界)の多様なありかたをことばで説明していく方向(アリストテレス的な方向)と二通りの傾向をもっている。


以前の記事で、管理人はデカルト以後の哲学史に興味がもてないと述べた。彼らの思考対象が特殊化されていくように思え、それを「ローカル化」とへんな言葉で表現したのだったが(あるいはローカル化しているのは管理人のほうであるかもしれない)、本書を読んで腑に落ちるところがあった。著者はスピノザについてふれた章で、注としてこう述べている。
哲学とは、つねに合理的に神を、あるいは神秘的に神を証明しようとするいっしゅの神学なのだ。とくに、キリスト教以降の哲学は、デカルトやこれからのべるカント、ヘーゲルをふくめてみんな神学なのである。現代の哲学も、実存主義といわれる潮流(ハイデガー、マルセル)などは、いっしゅの神学なのである。これは、なんの不思議もないことで、ようするに、世界の根拠であるものを、哲学は神と呼ぶ。


デカルト以後の哲学は管理人の興味の範囲から外れていくのだった。神を考えることに関心がないというよりも、生きるための実践的な思想を哲学に求めているからだろう。しかし哲学とは、そうした倫理の問題も含んだより広く多様な領域の思考を指している。古代ギリシアからストア哲学を経て、中世期のスコラ哲学の時代までは倫理が問題とされることが多く、それが管理人の求めるところに合っていた(ニーチェも倫理問題をよく扱う)。

扱われるのは古代ギリシアからスコラ哲学へ、デカルトからイギリス経験論を経て、カントの批判哲学、ヘーゲルらドイツ観念論、そしてマルクス主義と実存主義まで。取り上げられるのは高名な哲学者たちばかり。駆け足にそれほどならず、図版を含む多量の注のおかげもあって2000年以上にわたる思想の歴史がよく概観できる(ひさうちみちお氏によるイラストはあまり理解の助けにならないけれども)。木田元氏の『反哲学史』と並んで、初心者に適した哲学史だと思う。カントによる自由意志と道徳律――人は自然の因果律を越えて善を選択することができる――の解説は、本書ではじめて理解できた。しかしヘーゲルについては誰の書いたものを読んでもよくわからない。


479666596Xイラスト西洋哲学史(上) (宝島社文庫)
小阪 修平 ひさうち みちお
宝島社 2008-09-03

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4796665986イラスト西洋哲学史(下) (宝島社文庫)
小阪 修平 ひさうち みちお
宝島社 2008-09-03

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