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zoom RSS 『原始仏典』 中村元

<<   作成日時 : 2013/08/13 00:00   >>

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嘆くをやめよ。

仏教の開祖である釈尊(ゴータマ・ブッダ)の生涯、彼の教説、その後世における発展等をコンパクトにまとめた一冊。著者は『スッタニパータ』等の原始仏教の経典から現代に生きるわれわれにとって無縁でない部分を引き、平明に解説する。原始仏教とは、釈尊の死から約100年後に仏教の出家集団が戒律の解釈をめぐって分裂する以前の時期を指している。

釈尊は紀元前463年(推測)、ネパールのカピラヴァットゥに、シャカ族の王子として生まれた。生まれてすぐに母を亡くし、彼女の妹が王の後妻となって釈尊を育てた。世間的には何不自由ない暮らしを送り、16歳のときに結婚。やがてラーフラという子をもうける。しかし幸福そのもののように見える彼の心中からは懐疑が去らなかった。早すぎる母の死が彼を内省へと向かわせたのか、釈尊は幼いころから考え込みがちだったという。伝説は、外出した釈尊の前に神が老人、病人、死者の三様の姿をとって現われ、それらを初めて見た釈尊は衝撃を受け、人誰もが老い、病み、死んでいくのであってみれば生とは何であるのか、という問いへと導かれたと伝える。29歳のときに出家、当時の常に倣い遍歴の修行者となって苦行の道に6年のあいだ入るも悟りを得られず、苦行の無益を知り、ガンジス河中流の南方(のちにブッダガヤーと呼ばれることになる)の菩提樹の下で瞑想して遂に悟りを得て覚者となる。ときに35歳だった。それからベナレスに赴き、5人の弟子たちとともに各地を遍歴して人々に教えを説いていく。最後は故郷へ向かう旅の途中で病いを得て、沙羅双樹の下で死去する。80歳、弟子たちに見守られながらの死であったという。釈尊の教えは口伝で弟子たちに伝えられ、彼らがインド全般およびアジア諸国へ教えを広めていくにつれて、今日にも残る原始仏教の経典が成立していったとされる。

仏教に疎い読者としては、仏教と聞くと難解な哲学をまずイメージしてしまう(たとえば般若心経の「色即是空、空即是色」)。しかし著者は、釈尊がしたのは人間いかに生きるべきかという道の探究であり、形而上学的な論議にかかわることを彼は欲さなかったと述べる(哲学といったところが実践の哲学であり、「仏教は特殊な形而上学を述べるものではありません」)。「空」をはじめとする哲学的な概念はあるものの、釈尊の知はあくまで「よく生きる」ための実践的なものだった(仏教とは「成仏」(=仏になること)を目指す宗教であり、釈尊の教えとは、どうすれば彼と同じ悟りの境地を得られるか、についての教えである)。では、その内容はいかなるものであったか。

欲望を捨てよ。執着を捨てよ。勤勉に努めよ。理法に従え。謙虚であれ。足るを知れ。過去を嘆くな。未来を恃むな。恨みを捨てよ。死を忘れるな。自制せよ。多くの善をなせ。
主要な部分を要約してしまえば以上が大意となるか。本書から引用すると、


つねによく気をつけ、自己に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死をわたることができるであろう。このように世界を観ずる人を死王は見ることがない。

『スッタニパータ』


究極の理想の通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。能力あり、直く正しく言葉やさしく、柔和で思い上ることのないものであらねばならない。
足ることを知り、わずかの食物で暮し、雑務少なく、生活もまた簡素であり、諸々の感官が鎮まり、聡明で昂ぶることなく、諸々の人のうちで貪ることがない。

『スッタニパータ』


過去を追わざれ。未来を願わざれ。およそ過ぎ去ったものは、すでに捨てられたのである。また未来はまだ到達していない。そうしてただ現在のことがらを、各々の処においてよく観察し、揺ぐことなく、また動ずることなかれ。
誰が明日に死のあるのを知ろう。ただ今日まさに為すべきことを熱心になせ。

『マッジマ・ニカーヤ』


実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みを捨ててこそ息む。これは永遠の真理である。

『ダンマパダ』


うず高い花を集めて多くの華鬘(はなかざり)をつくるように、人として生まれまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなせ。

『ダンマパダ』


どこかで聞いたことがあるような、あるいはすでに知識として知っているような、けれどもできていない、実践が容易でない、そういう教えを釈尊は説いている。他の宗教と通じるところもある。それでいいので、他と通じるということはそれだけ内容の正しきことを証している。真理とはすでに明らかにされていながら隠されているように見えるものにほかならない。そして宗教はすべて、各々の流れを流れながら、最後には真理や安らぎという海に至る川であるのだ。

すべての悪をなさず、善いことを実現し、自分の心を清らかにすること。これがめざめた人たちの教えである。

『ダンマパダ』


釈尊の出家は生の儚さを嘆く地点からはじまった。一切皆苦という言葉もある。生きることは思いどおりにならない(苦である)。すべては無常であり、無我である。そう彼は説いた。しかし長い修行期間を経たあとで迎える死の間際に、釈尊はこういう感懐を洩らしている。
アーナンダよ。ヴェーサリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しい。バフプッタの霊樹の地は楽しい。ラーランダダ霊樹の地は楽しい。チャーパーラ霊樹の地は楽しい。


アーナンダは釈尊の晩年の弟子、ヴェーサリー等は地名、霊樹とは、インドにある森のように巨大な樹を指している。釈尊はまた、「この世界は美しいものだし、人間の命は甘美なものだ」との言葉も残しているという。一切皆苦からスタートした釈尊が、苦行や悟り、悪魔との対決を経て最後にたどり着いた境地が人生の肯定であることに、一人の読者として感動を覚える。著者によると基本的にインド思想はポジティブを志向するという。『ブッダ物語』(岩波ジュニア新書)には「この世界の土地は五色をもって画いたようなもので、人がこの世に生まれたならば、生きているのは楽しいことだ」との言葉も伝えている。


4480093672原始仏典 (ちくま学芸文庫)
中村 元
筑摩書房 2011-03-09

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釈尊の悟りからはじまる仏教が、やがて小乗と大乗に分裂し、後者が日本に輸入されてきた歴史的経緯を平易に伝えてくれる良書。仏教の基本思想である「縁起説」「輪廻説」「四法印」「四諦説」についても知れる。
4005003222仏教入門 (岩波ジュニア新書)
松尾 剛次
岩波書店 1999-06-21

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