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zoom RSS 『釈尊の生涯』 中村元

<<   作成日時 : 2013/08/28 00:00   >>

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生身の釈尊伝。

「この書は仏伝でもなければ、仏伝の研究でもない」と著者は序文に書いている。いわゆる仏伝のうちには神話的な要素が多く、釈尊が説いたとされている教えのうちにも後世による付加仮託になるものが非常に多い。こういう後代の要素をなるたけ排除して、歴史的人物としての釈尊の生涯を追求する。

釈尊(ゴータマ・ブッダ)は世紀前463年(生年については諸説ある)、ネパールのカピラヴァットゥにシャカ族の王子として、スッダードナ王とマーヤー妃のあいだに生まれた。バラモン教の厳格なカースト制が敷かれた当時の社会は、上からバラモン(僧侶)、クシャトリヤ(貴族)、ヴァイシャ(一般庶民)、シュードラ(奴隷)と人々を分類していた。釈尊はクシャトリヤに属する。後世の仏伝は、母マーヤーは釈尊を生んで7日後に亡くなったと伝えている。おそらく実際そうだったのだろう。母なき子としての釈尊は内省に耽りがちな子だったという。裕福であるから享楽には事欠かなかったのに釈尊の目にはただ空しいと映るばかりで、宴よりも一人禅定を修することを好んだ。やがて結婚、妃とのあいだにラーフラという子をもうけるも憂鬱は晴れなかった。29歳のとき、人生の真理を求める念抑えがたく、身分を捨てて出家する。 50年以上に亘る修行の始まりだった。苦行を行い、悪魔の誘惑(おそらくは彼自身の心の弱さから生まれた幻影)を退ける6年のあいだにも悟りは開けなかった。釈尊は苦行の無意味を知る。苦行を止し、スジャータという娘から施された粥を啜り、菩提樹の下で禅定して遂に悟りを開く。得た悟りの内容について、経典はさまざまに伝えている。縁起、中道、四苦。さまざまに伝えられているというのが重要で、ここに仏教の特性を見出すことができると著者は述べている。端的にいえば「仏教そのものは特定の教義というものがない」。釈尊は悟りの内容を定式化して説くことをせず、機縁や相手に応じて異なる内容を説いた。ゆえに彼の悟りの内容を推し量る人々が、さまざまな内容を伝えるにいたった。著者は別の著書でも述べているのだが、釈尊は仏教の開祖ではないという。彼が説いた悟り、理法(ダルマ)はあくまで人生の真理を悟るために励み努める人すべてに通じる道の実践知だった。晩年には、法のみをよりどころにせよ、と説いており、自分が教団の指導者であるということを自ら否定している。頼るべきは自己のみである、という厳格さ、孤独さが釈尊の教えの根幹にある(「犀の角のように独り歩め」――『スッタニパータ』)。

その後、悟りを人々に説いていくうちに優れた弟子たちを得、釈尊に従う人々は徐々に増していく。釈尊はあまねく人々に教えを説いた。これは当時のインド社会では異例のことだった(たとえばウパニシャッドの哲人たちは、子や弟子といった選ばれた少数者にのみ教えを説いた)。因襲の打破。さらに釈尊は自身を特別な人間とは思っていなかった。初期の仏典は、釈尊の教説から悟りを得た弟子たちも、のち師と同じ境地に達したことを伝えており(「ブッダ」とは「目覚めた人」の意)、「そこにはいかなる区別もない」。釈尊が極度に偉大な人物であり、弟子たちは遂に彼に及ばなかったように述べるのは「歴史的真実をゆがめている」。当時数を増やしつつあった商人や手工業者などの都市生活者を信徒としながら、仏教教団は次第に勢力を増していく。といって釈尊には教祖ぶったところは微塵もなく、袈裟を羽織り、托鉢で一日一度の食事をし、人々にわけへだてなく教えを説き、林のなかで寝起きした。晩年になって故郷へ帰る旅の途中、体調を崩して、沙羅双樹の下で亡くなる。臨終において、「他人をよりどころとせず、法をよりどころとせよ」と説き、出家して50年以上、法の領域をあゆんできた、これ以外に「道の人」なるものは存在しない、と説いた。彼は遂に仏教を説くことなく亡くなった。彼が説いたのは、人生を善く生きたいと望む人すべてに通じる、普遍的な「道」だった。仏教を生んだのは後世の人々である。

以上ゴータマの全生涯を通じてみるに、彼の教示のしかたは、弁舌さわやかに人を魅了するのでもなく、また一つの信仰に向かって人を強迫するのでもない。異端に対して憤りを発することもない。単調に見えるほど平静な心境を保って、もの静かに温情をもって人に教えを説く。些細なことを語るときにも、非常な重大事を語るときにも、その態度は同様の調子であり、すこしも乱れを示していない。広々としたおちついた態度をもって異端をさえ包容してしまう。仏教が後世に広く世界にわたって人間の心のうちに温かい光をともすことができたのは、開祖ゴータマのこの性格に由来するところがたぶんにあると考えられる。


他の著書においても著者は釈尊を温情の人と見ている。管理人は仏教徒ではなく、中国経由で輸入されてきた日本の仏教よりも、釈尊の生の言葉を伝える原始仏教に強く惹かれるのは、釈尊の教えが「善く生きること」の実践知であることと、彼の優しく温かな人柄のためだと思っている。


4582764789釈尊の生涯 (平凡社ライブラリー)
中村 元
平凡社 2003-09

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「物語」として釈尊の生涯を読むならばこちら。有名な「天上天下唯我独尊」のエピソードも紹介されている。
4005001718ブッダ物語 (岩波ジュニア新書)
中村 元 田辺 和子
岩波書店 1990-04-20

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