epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『パウル・ツェラン詩文集』 飯吉光夫 編・訳

<<   作成日時 : 2013/10/06 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

まだ歌える歌がある。

再読。編訳者による著書『パウル・ツェラン ことばの光跡』を読めばどうしてもツェランの詩を読みたくなる。彼の詩は暗く、痛みを誘い、独白のようで、読むのに集中力を求められるため気軽く向かう心にはなれないのだけれど。

本書冒頭に収録の「死のフーガ」はツェランの、そして戦後ドイツ詩の代表作とされ、作者は断りを入れていないが、強制収容所の風景を題材にしている。管理人が読んで思ったところを、本書の、清澄かつ力強い訳文を引用しながら述べる。詩の冒頭部分は、
あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む

単調な肉体労働が反復される強制収容所の日々。自然と時間の感覚が曖昧になる。ミルクは朝に配給されたのか。しかしそれを朝飲んだという記憶は霞んでいる。昼かもしれないし、夕方かもしれないし、夜かもしれない。ミルクが黒いのは、それが朝配給されたとして、苦痛と屈辱の一日がまた始まったことを囚人たちに告げるものであるからだろうし、今日一日を果たして生きて終えることができるのか、すなわち死の恐怖が意識させられるからでもあるだろう。
僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない

むろん彼らが掘らされているのは地面なのだが、強制収容所で死ねば燃やされて煙になって宙を昇る。その光景を見てきてもいる。そういう意味で「宙に墓」。このような過酷な生に絶望し疲弊し、楽になれる死を憧憬する気持もあるようだ。
一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪マルガレーテ
彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星また星が輝いている

「一人の男」はナチスの将校。蛇とは拳銃か、暴力または悪の象徴か。後段の女と絡めて性的なモチーフともとれる。囚人たちに対しては冷酷無比な怪物のような将校にも、恋人か妻か、愛する女性が故郷にいて、彼女に見せる顔は囚人たちに見せる顔とは違う。甘い想いとともに手紙を書いている。金色の髪のマルガレーテとはドイツ人女性をさし、対比するように出てくる「君の灰色の髪ズラミート」はユダヤ人女性をさしているという(訳者)。
 彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人を呼び出す地面に墓を掘らせる
彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ

ナチスの将校にとってユダヤ人は犬と等しい存在でしかないから口笛で呼び出している。先には「宙に墓を掘る」だったのが、ここでは「地面に墓を掘らせる」になっている。「僕ら」にとっては「宙に墓」、ナチスの将校にとっては「地面に墓」という認識の差異が示されているのだろう。「ダンスの曲」とは「死の舞踏」か。
男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
 歌え伴奏しろ
男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の目は青い
もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らもっと奏でろ
 ダンスの曲だ

おそらくは愛を囁くような手紙を書いたあと、将校は口笛で囚人たちを呼び集めて肉体労働で酷使する。実際に穴を掘っているのか否かは問題ではない。辛い労働が命をすり減らしていく、そういう意味での「墓」であるととれる。「青い目」とは人種問題への言及か、残酷な怪物のような将校に備わる美しさを強調することで、不条理なこの世界を告発せんとする企みか。昇る宙、すなわち空と関連させての青でもあるか(彼らに殺されて青空を昇ることの暗示)。ユダヤ人の側に属する白、黒、灰色と、ドイツ人の側に属する金、青という色の対比。
彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
 煙となって空に立ち昇る
そうしたらお前らは雲の中に墓をもてるそこなら寝るのに狭くない

先の「僕らは宙に墓を掘る」とは「煙となって空に立ち昇る」ことだったのが明示される。肉体労働による運動のリズムが音楽のイメージと重なっているのか、「甘美に」やれと将校は不可能を命じる。強制労働の、一層の惨めさがあらわになる。
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
死はドイツから来た名手彼の目は青い

詩は進むにつれてこれまでの詩句が混在して反復される。フーガ(遁走曲)とは同じ旋律を変形させながら展開していく楽曲形式だった。同時にこの詩の展開は、語り手である「僕」が、厳しい現実のなかで徐々に正気を失い錯乱していく過程とも読める。全体として暗鬱な詩ながら冷たく透き通っていくような清潔な美しさ(冬の美しさ)がある。1950年代にツェランがこの「死のフーガ」を発表したとき、ある批評家は、残酷なはずの強制収容所の状況を甘美に歌うのは誤りだ、と批判したという。けれども訳者が指摘しているとおり、甘美さや残酷さとは日常において常に共存しているものであり、強制収容所といえども変わりはない。われわれ人間自体が、残酷さと高貴さを併せもつ、ある意味で矛盾した存在でもある。神と悪魔が戦っている戦場が人間の心であると述べたのはドストエフスキーだった。

「死のフーガ」の一部を引用しながら思うところを述べた(通して読むと音楽的な構成が分かるので興味をもたれた方は是非本書をあたられたい)。翻訳に拠っての解釈であるから狭いものであるだろうが、いまはこれが精一杯だ。前述したとおりこの詩はツェランの詩のなかでもっとも有名なものだが、管理人としては読んでいて憂鬱になるので(とくに「そこなら寝るのに狭くない」)好まない。のちに書かれる「迫奏」は戦後に強制収容所を訪れた体験をもとにしたもので、「死のフーガ」以上の切迫感に満ちていて圧倒される。

ツェランの詩の原点は強制収容所で肉親――ことに愛する母親――を失ったことにある、と訳者は見ている。管理人は、彼の、強制収容所を直接扱った詩よりも、「頌歌」や「立っていること」や「糸の太陽たち」のような、痛みに耐えながら在り続けようとしている詩に備わっている厳粛さを好く読者である。
たたえられてあれ、誰でもないものよ。
あなたのために
ぼくらは花咲くことをねがう。
あなたに
むけて。

ひとつの無で
ぼくらはあった、ぼくらはある、ぼくらは
ありつづけるだろう、花咲きながら――
無の、誰でもないものの
薔薇。

「頌歌」


立っていること、宙の傷痕の
影のもとに。

だれのためでもなく――なにのためでもなく――立っていること。
だれにも気づかれず、
ただ
おまえひとりだけのために。

「立っていること」


糸の太陽たち、
灰黒色の荒蕪の地の上方に。
ひとつの
樹木の高さの想いが、
その光の色調(トーン)を
とらえる――
まだ歌える歌がある、
人間の
彼方に。

「糸の太陽たち」



「詩はなんとしても語るものです。詩はみずからの日付を記憶しつづける、しかも――語るものです。たしかに詩は、いつも自分自身の、ひたすら自分自身の事柄においてのみ語るものです」。ゲオルク・ビューヒナー賞受賞に際しての講演でツェランはそう述べた。ツェランが愛読したカフカ(彼の家を訪問した訳者は全集があるのを見ている)は、すべての文学は記録文書であると述べた。個人的な体験、個人的な苦痛のために喘ぐ声が、悼みの、嘆きの、恨みの声が、異なる場所に立つ誰かに届けられ、受け入れられることの不思議。文学とは畢竟この不思議、この謎に自らを賭ける営みなのかもしれなかった。

詩は言葉の一形態であり、その本質上対話的なものである以上、いつの日にかはどこかの岸辺に――おそらくは心の岸辺に――流れつくという(かならずしもいつも期待にみちてはいない)信念の下に投げ込まれる投壜通信のようなものかもしれません。詩は、このような意味でも、途上にあるものです――何かをめざすものです。

「ハンザ自由都市ブレーメン文学賞受賞の際の挨拶」


ツェランが詩において「めざ」したのは、詩を書くことによって死者――その筆頭に母親がいる――を蘇らせ、彼らと対話し、さらには彼らとの合一を果たすことだった。あらかじめ不可能を決定された試みとしての詩作。時を追うごとに息をきらしたような短い詩が多くなっていく。ツェラン散文中の白眉と訳者が評する「山中の対話」は対話といいながらしどろもどろな独白としか読めない代物で、こうしたテクストが詩人の置かれた困難な状況を示しているようでもある。詩「迫奏」もそうだが、このしどろもどろさは失語の一歩手前といった観を呈しており、ツェランと似た経歴をもった石原吉郎が沈黙、失語の問題に逢着していたのを連想させる。過酷すぎる現実をまえにしたとき人は言葉を失う、沈黙する。

詩は即体験ではない、もしそういう言いかたをするならば、むしろ想像力だ。そして想像力は体験によって、苦しい実体験によって促進されるというよりはむしろ阻害される。苦しい肉体的体験は、たとえそれが詩人であれ、人を狭量にし寡黙にするのが普通なのだ。
音楽家にとって音が何よりも彼の表現手段であるように、ことばは詩人の表現手段、そしてこの手段は彼の頭脳と切り離せない。彼の頭脳がしめつけられるとき、彼の真実のみを語ろうとすることばは容易に出てこない。ことばにならない、という言いまわしを詩人ほど忠実に実行する者はいないだろう。

『パウル・ツェラン ことばの光跡』


「まだ歌える歌がある」、そういっていたのに、最終的にツェランは自ら命を絶つ道を選択する。過去に負った傷は忘却によって癒されるものであるのに、彼は書くことで繰り返し辛い過去を想起し続けて精神を圧迫し続け、結果妻子と別居せざるを得なくなるほどの精神障害に苦しんだ。
ツェランもザックスも戦争中のナチスの迫害によって最愛の者を失ったユダヤ人だった。それを忘れられないことが二人を精神の病いへ駆りやり、詩も二人を医やすことがなかった。過酷すぎる現実に詩が及ばなかった例がここにある。

『パウル・ツェラン ことばの光跡』


それでも信じている。言葉は、詩は、無力ではないと。



4560081956パウル・ツェラン詩文集
パウル ツェラン 飯吉 光夫
白水社 2012-02-08

by G-Tools



4560082944パウル・ツェラン: ことばの光跡
飯吉 光夫
白水社 2013-07-27

by G-Tools



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『パウル・ツェラン詩文集』 飯吉光夫 編・訳 epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる