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zoom RSS 『カフカ短篇集』 池内紀編訳

<<   作成日時 : 2013/10/20 00:00   >>

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可笑しなカフカ。

再読。カフカは可笑しい、そのことを教えてくれた池内紀訳のカフカ。管理人にとってカフカ発見の本であり思い出深い。彼の文学の特徴は短篇にこそ顕著だと思う。シュールさ、とぼけ、ユーモア、読者を突き放す展開、核心部分が欠如したような叙述――それらが短い分量に凝縮されてある。ときに意味不明、宙ぶらりんな終わり方に置き去りにされたような心許なさや苛立ちを覚えることもある。カタルシスの逆をいく、読者に消化不良の感を起こさせるところこそ、解釈の余地を多分に残す「空白」とともにカフカ文学の魅力なのだろう(優れた文学とは自己という凍結した海を砕く斧でなくてはならない、とカフカは考えていた)。『変身』は別格として、未完のまま残された長篇三作はどれもしまりがなくて退屈なのに対して(一度読めばもういいという気になる)、短篇(掌編)にはその不完全性が完全性に転じていると思わせるような作品が多くあり、読んでいて素直に楽しい。意味なんて探らなくていい、探らなくても可笑しいものはきちんと可笑しくあるから案じなくていい。

本書には全部で20の短篇が収録されている。このうち比較的有名なのは「掟の門」「判決」「流刑地にて」「火夫」だろうか。「掟の門」は長篇『審判』に組み込まれたエピソードで、ある男が掟を求めてやって来たものの屈強な門番が立っているのに慄いて、なかに入らず門の外で入る許しが出るまで待ち続ける。待ち続けて待ち続けていつか長い年月が経ち、男は年老いていままさに死にかけている。最期を迎えるいまになって、この門は自分ひとりだけのための門だったと門番から聞かされる。掟というと怖ろしいようだが、これはある種のブラックジョークなのだろう。「判決」はカフカが徹夜をして初めて書き上げた作品。若者が窓辺で、遠くロシアへ旅立った友人宛ての手紙を書いている。まもなく恋人と婚約する、父親から継いだ商売は順調。そんな彼に父親がいう、友人はお前ではなく自分と文通していた、お前は一人立ちしないばかりか、女といちゃついて父親を捨てようとしている不孝者だ、だから罠に掛けてやった、不孝者は溺れ死ね。この「判決」に従って若者は川へ飛び込む。「お父さん、お母さん、ぼくはいつもあなた方を愛していました」――そう言い残して。文学志望を改めない息子に業を煮やしていた勤勉一徹の父親との軋轢は知られている。その葛藤から生まれた作品であるのだろう。春の盛りのうららかな日曜日の午前が、突如として不穏な法廷と化し、商売を引退して毎日新聞を読んでいるだけの無害な老人が、息子に死刑を言い渡す裁き手となる、不自由だと思っていた足でベッドの上に聳えるように立って。これまでの世界を仮の世界として、様相は突如として一変する――『変身』や『審判』といった作品にも共通するカフカ文学のモチーフであり、これまで現実と思ってきた世界のヴェールがめくられてそこに別の世界が現れる(「自分のほかにも世界があることを思い知ったか」)。「流刑地にて」は大半が奇妙な機械(処刑機械)をめぐる内容で、露骨な残酷描写も含めてカフカ作品のなかではやや異色に映る(カフカはオートバイや飛行機が好きだったが、機械に関するような作品は殆ど残していない)。扱われるのは人間の矜持について。とはいえ誤った道に殉じて死んだ将校に寄せる同情はない。「火夫」は長篇『失踪者』に組み込まれたエピソードで、祖国を追放された少年と、同じように職場から追放されようとしている火夫との交流を扱ったもの。火夫が報われないのがいかにもカフカらしい。

管理人が好むのは奇妙な生き物が登場する短篇だ。「雑種」は半分羊、半分猫が、「父の気がかり」には星型の糸巻きの形をしたオドラデクが、「中年のひとり者ブルームフェルト」には二つのボールがそれぞれ登場する。何かの寓意なのか、いや単純なふざけ心だろう。だから「現代のお伽噺」として笑えばいい、楽しめばいい、それだけのこと。「中年のひとり者ブルームフェルト」には二人のそっくりな助手も登場する(『審判』や『城』にもそっくりな二人が登場する、『城』の主人公はいうだろう――君たちは二匹の蛇のようによく似ていると)。訳者は解説でカフカ文学における「つがい現象」に言及している。昼は精勤なサラリーマン、夜は書く人という二重生活(分身)。半日だけ勤める勤務先から帰宅すると昼寝をして、夜になったら母親が作ってくれた弁当の包みをぶら下げて、執筆のために借りているプラハ城の片隅の小部屋へ向かう。月の光に照らされながら、痩せて高いその影が、長い石段を昇っていく。無理な二重生活から身体を壊し、41歳の若さで死なねばならなかった。死の間際、個人的な悪夢を書き散らしただけだから、と友人のマックス・ブロートにすべての原稿を焼却するよう頼んだ。しかしブロートの誠実な裏切りによってカフカのテクストは生き延び、彼が編んだ全集は戦後、世界的なカフカ・ブームを巻き起こす。生前のカフカは薄い本を数冊出版しただけの作家だったのだが(ただしヘルマン・ヘッセやヴァルター・ベンヤミンなどの優れた読み手は、すでに彼の生前からその文学の価値を見抜いていた)。カフカの原稿焼却依頼はいわゆる「カフカ伝説」の一部として伝わっている。伝説はほかに、「文学世界の空騒ぎとは遠いところで、地道な生活のかたわら、ひっそりと、発表のあてのない小説を書き続けていたカフカ」、「孤独に書いて、ひっそりと死んでいった聖なる人物、死後にはじまった名声に、だれよりも驚いているカフカ」を伝える。しかし、訳者はこれに疑問をさしはさむ。発表紙を想定して文字数を確認していた痕跡があり、刊行が決まるとはっきりと本のつくりを指示して、希望が通らなければ別の出版社をほのめかした、そういう自覚したしたたかな作家としてのカフカ像を示す(『カフカ寓話集)』解説)。ボルヘスはカフカの原稿焼却依頼について、「ほんとうに自分の著作の消滅を望む者であれば、その仕事を他人に依頼したりはしない」と述べている。カフカ自身は作品のなかでこんなふうに書いている。「信ゼヨ、時ヲ待テ!」(「流刑地にて」)自ら恃むところなくして、どうして生涯を書くことに費やせるだろう、命を削りながら、人生にとって最大の意義と認めていた、自身の家庭をもつという望みをも捨てて。謙虚で物静かな表向きの顔とは別の顔をした、もう一人のカフカがいた。




4003243838カフカ短篇集 (岩波文庫)
カフカ 池内 紀
岩波書店 1987-01-16

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