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zoom RSS 『チリの地震』 ハインリヒ・フォン・クライスト

<<   作成日時 : 2013/11/01 00:00   >>

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反親和力。

再読。短篇小説6篇とエッセイ2篇を収録する。表題作は1647年にチリで発生したサンチャゴ沖地震を背景に、人間の親和の不可能性を暴き出す。互いを想い合う若い男女がいて、けれども親に許されず、彼らの仲は引き裂かれる。人目を忍んで逢瀬を重ねた末に、女は男の子をみごもり、これが市中の醜聞になる。女の家は市でもっとも富裕な貴族だったから。男は牢獄にぶちこまれ、女に斬首刑の判決が下る。刑の執行日、女を刑場に曳いていく合図の鐘が鳴り響き、獄中でそれを聞いた男は絶望に暮れる。いっそ自分も死のう、彼は手元にあった綱で自殺を企てる。そのときだった。突如として大地が鳴動し、轟音とともに建物が倒壊し、人々は一瞬にして瓦礫の下敷きになる。迫る津波、上がる火の手、続く余震。崩れた牢獄から這い出た男は、女と、彼女の生んだわが子を探して、阿鼻叫喚の市中を駆ける。果たして女と子は無事だった。彼らは奇跡のごとき再会に歓喜し、神への感謝を捧げるために教会へ向かう。しかし教会で聖職者は妙な説教をする。この災厄は神の怒りである。何への怒りか、現在の市の道徳的頽廃への怒りだ。その最たるものが、先だって表沙汰になった若い男女の密通である。神は寛容にも市の人々を滅ぼしはしなかった。けれども、わが市の堕落と頽廃はソドムとゴモラをも凌ごう。すると、その場にいた一人が叫ぶ。あそこにいるのがその当事者たちだ、と。失意と絶望、それゆえのやり場のない怒りに囚われた人々の目は曇っている。彼らは、まるで天災を引き起こしたのは若い男女だといわんばかりに憎悪を向け、じりじりと取り囲んでいく。遂になかの一人が棒でもって打ちかかり、無関係の人間を倒すと、それを合図に緊張が破れ、興奮で我を失った人々は暴徒と化して若い男女に襲いかかる。

集団になることで各人が正常な判断力を喪失し、周囲の空気に呑まれて混乱し、一人であったなら決してしなかっただろう暴挙に出る。群集心理の一端を衝いた短篇であり、ドライな文章のゆえもあって鬼気迫る。その迫力の影に隠れてしまうので見えづらいが、クライストがこの短篇で述べたかったのはパニックの臨場感ではなく、人と人とが決してわかりあえないことの悲哀だった。若い二人を殺してどうなる。冷静になればわかることなのにそれができない。「彼らの間には接触不能の透明の薄膜が張られでもしたように言葉が通わず、ために人間関係がたえず不信の非伝道物質にさえぎられて悲劇の淵に引き込まれてゆく」、訳者はクライスト文学の特徴をそう述べている。

表題作に続いて収録の「聖ドミンゴ島の婚約」の場合にも、コミュニケーションの不可能性がよく示されている。戦争中の島で男と女が出会い、恋に落ちる。結婚を誓う。しかし女の身内は男の命を狙っている。女は命がけの芝居を打って男を助けようとする。しかし、女の意図を知らなかった男は誤解のために彼女を殺し、真相を知ったあとで自らも自殺する。不信の悲惨な末路。誰が悪いというのではない、誤解してしまっただけ。けれどもその誤解が、取り返しのつかない結果を招く。「ロカルノの女乞食」、「拾い子」、「決闘」にも、先に述べた2篇ほどではないけれども、相互理解の困難、あるいは誤解に基く恨みというモチーフは共通している。

ハインリヒ・フォン・クライストは1777年、プロイセンの軍人貴族の家系に生まれた。由緒ある家柄だったが彼が生まれた頃にはすでに没落の一途を辿っており、経済的な基盤は弱かった。両親を十代で相次いで亡くし、軍に入って将校まで昇進するも退役。大学に入学したが、「パンのための学問」に嫌気がさし、ルソーにかぶれてスイスの農村に隠棲する(この頃のクライストを主人公にした小品を、ローベルト・ヴァルザーが書いている――「トゥーンのクライスト」)。これが、農村での生活を望まなかった婚約者との別離に発展する。作家に転身して執筆活動を行うが自身の才能への懐疑は常につきまとう。時はフランス革命に続くナポレオンのドイツ、ロシア侵攻の真っ只中、ヨーロッパ中が物情騒然となっていた時代だった。生まれながらに過剰なエリート意識を持ち、自分は何か偉大な仕事をしなくてはならないと強迫的に思い詰めていた彼は、ヨーロッパ各地を旅し、愛国主義的な団体と交わって多くの新聞や雑誌を創刊し、自らの戯曲を発表するなど精力的に活動するが決まって惨めな結果に終わる。尊敬するゲーテからは評価されず、劇場では上演を拒否される。焦燥のためか自棄だったのか、反ナポレオン主義者なのに、ナポレオンのイギリス遠征に外人兵士として参加しようとして身柄を拘束されるというわけのわからない事件も起こしている。時局的な理由で新聞は廃刊を余儀なくされ、生活は苦しくなる一方、世間の理解も得られない。親戚一同から説得されて官僚になる勉強を始めるも一年で放棄、自殺願望を募らせ、1811年の冬、前年に文学サロンで知り合った癌患者の人妻とともに、ベルリン郊外の湖畔で拳銃自殺(共同自殺)を遂げる。34年の生涯だった。

世の理解を得られないゆえの孤独と、自身の才能への幻滅。企てがことごとく挫かれたゆえの無力感。「何をやっても、ものにならなかった。地上とは別の真理が支配している他の天体からやってきて、その真理が通用しないここでの営みにはことごとく、あらかじめ失敗、挫折が組み込まれている、そういう人間、または人間の姿をした何ものかででもあるかのように、やることなすことに失敗した」、訳者は(少々文学的な臭みがある言辞だと思うけれども)クライストの生涯をそう総括する。なぜ届かない、なぜ通じない。他者との関わりは、さぞや彼にはもどかしかっただろう。そういう生涯を送った彼だから、こんなにも人間の親和の不可能性を追及するのだろうか。

人と人とは遂にわかりあえない、クライストは繰り返しそういう物語を書いた。しかしもしそこに寛容が示されていたら結末はどうなっていたか。もう一度「チリの地震」に戻ろう。そこでは、当時の社会の「罪」を犯した若い男女がいて、けれどもそれがもし本当の罪であるならば、なぜ神は彼らを災厄のなかで生かしたのか。すでに聖職者は教会で説教したではないか、神は慈悲によって彼らを生かしたと。それなのに、人間のほうで神の意図を無視して彼らを殺してしまうとは。本当の「罪」とは何だろう。「聖ドミンゴ島の婚約」の場合もそう。男は一度、女によく似た婚約者によって、彼女の命と引き換えに救われている。いわば二度目の救いだった。なのに男は真相を確かめる前に、彼を生かすのにすべてを賭けてくれた女を殺してしまう。同じことをしてくれたよく似た女を、自分が生き延びるために二度も失ってしまっては残された道は自殺しかないだろう。幸福が、すぐ目前まで来ていたのに、彼は自分の手でドアを閉めてしまった。ここでも寛容の精神があれば最悪の事態は防げたのに。

「聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力」では超自然的な力によって暴徒は抑えられる。クライストは逆説的に寛容の必要性を説きながら、それは人間には及ばぬ領域であり、真に他者を許せるのはただ神のみである、そう考えていたようにも読める(結果を許しととるか罰ととるかで意見が割れそうではあるが)。彼の傑作『ミヒャエル・コールハースの運命』の主人公は、最後の最後まで他者への憎しみに駆られ、許しを峻拒する。本書に収録の「拾い子」も似た話で、どれほど憎んでも憎み足りない、という人間の暗黒面の描写に慄きを禁じえない。このパトスこそクライストの魅力だと思っている。遂に人間は神のごとき境地には至れない。無限の存在の似姿として創られたはずの、哀れな、有限の存在。微笑と涙のあいだの振り子(バイロン)。

2篇のエッセイはどちらもよい。「話をしながらだんだんに考えを仕上げてゆくこと」はタイトル通りの内容。自身の内にこもっているよりも、他人との会話によって、いま考えている問題を深く掘り下げることができるだろうと示唆する。人間の相互理解の不可能性についての短篇小説を読んだあと、コミュニケーションの有用性が説かれるエッセイを読むと妙な気持になる。「マリオネット芝居について」は、意識が人間から優美さを奪っているといい、真の優美さは完全無欠の神か、でなければ意識をもたない人形にしか備わらない、とする。人間が己の似姿として人形を作ること、愛でることの理由の一端がこのエッセイのなかに探れるかもしれない。西欧近代がその確立を目指した自我を否定するようで思想的にも興味深い。



4309463584チリの地震---クライスト短篇集 (KAWADEルネサンス/河出文庫)
H・V・クライスト 種村 季弘
河出書房新社 2011-08-05

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クライストの生涯についてはこちらも参照した。後味の悪い終わり方をする「グロテスク喜劇」。
4622085054こわれがめ―― 付・異曲 (大人の本棚)
ハインリッヒ・フォン・クライスト 山下 純照
みすず書房 2013-04-20

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