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zoom RSS 『善悪の彼岸』 ニーチェ

<<   作成日時 : 2013/11/13 00:00   >>

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苦難の価値。

猛々しく生きよ。ニーチェの思想を要約するとその一言に尽きる。彼にとって生とは、「本質において、他者や弱者をわがものとして、傷つけ、制圧すること」であり、「抑圧すること、過酷になること」であり、「自分の形式を(他者に)強要すること」、「(他者を)自己に同化させること」、「他者を搾取すること」だった。弱肉強食の世界観。生存とは闘争の場であり、強い者が栄え、弱い者が淘汰される。彼がキリスト教を批判したのは、それが彼には「不自然」と思えたからだった。キリスト教は「人間の心にさまざまな平安を与え、服従を高貴なものとし、同輩の者たちと比較して、大きな幸福と苦悩を与えてくれるものであり、日常のすべて、卑俗さのすべて、ほとんど禽獣のごとき魂の貧困のすべてを明朗にし、美化し、ある意味では正当化するための手段となる」。弱い者は弱いままでもいい、信仰心さえあれば現世では虐げられたとしても天国に行けると説き、結果的に不遇の現実に満足させる。ここにはまた、弱者の怨恨感情(ルサンチマン)による精神的な復讐という面もある。ニーチェにはこうした道徳が不健康と思えた。彼が理想社会と見た古代ギリシアでは、人間は、本来備わっている勇猛心や復讐心や支配欲などを自然のままに発揮して生きていた。古代ギリシアにおいてはそれが徳だったのだ。しかし現在では、それらの徳は危険な欲動――悪――として否定される。共同体の安定を破壊する恐れのあるものはすべて排除して、代わりに人々が欲するのは「家畜の群れが望む緑の牧場の幸福」だ。「すべての人が安全で、危険がなく、快適に、そして安楽に暮らせること」、「恐るべきものがなくなること」(『ツァラトゥストラ』における「最後の人間」のように)。けれどもそうした安楽な状況が実現してしまえば、きっと人々の生命力は弱くなる。生命が鍛えられるのは苦難の場においてであって、過酷な生存競争に晒されることで成長や発展がある。
君たちはできるならば――これほど愚劣な「できるなら」もないものだが――苦悩というものをなくしたいと望んでいる。それではわたしたちが望むのは何か?――わたしたちが望むのは、むしろこれまでになかったほどに苦悩を強く、辛いものにすることだ! 君たちが考えるような無事息災というものは、――それは目的などではない、それはわたしたちには終わりのように思えるのだ! 人間がたちまち笑うべき存在、軽蔑すべき存在となり変わる状態である。――人間が自分の没落を願うようになる状態である! 苦悩がもたらす鍛錬、大いなる苦悩がもたらす鍛錬、――こうした鍛錬だけが人間を高めるものであったことを、君たちは知らないのか? 不幸のうちで魂が張り詰めることで、魂は強きものに育てられるのである。

キリスト教は背後世界を説いていま苦難に直面している人たちを慰めはするが、彼らに現実と戦うよう促しはしない。むしろ現状がどうあれそれに満足するよう諭す。現世は仮の世界、真実の世界は死後の世界、そこで幸福になればいいと。このような現実軽視をニーチェは批判したのだった。人間は一瞬ごとに問われて生きている、「もう一度生きようと欲し、しかも永遠にかく生きようと欲するような仕方で生き」ているかと(「永遠回帰」)。苦難や不幸を避けてばかりいては生きる力は衰弱していく。しかし生命はすべて、自らを強くして生存し続けようとする「力への意志」を持っている。だから恐れずに闘争のただなかへ飛び込め、そして勝利せよ。それこそが生きるということなのだ。

体調不良のために大学を退職後、南スイス、北イタリア、南フランスなどのリゾート地を旅していたニーチェは、1881年の夏、シルス・マリア滞在中に「永遠回帰」のヴィジョンに突如襲われ、翌年に中期の思想を集成した『喜ばしき知恵』を刊行する。さらに翌年の1883年から代表作『ツァラトゥストラ』第一部を刊行、最終篇の四部が終わる1885年から『善悪の彼岸』は書き始められた。訳者は『善悪の彼岸』と『道徳の系譜学』をニーチェの哲学的な主著としている。本書執筆の動機は、謎多き『ツァラトゥストラ』を「分かりやすいように語りなおす」ためだったが、「この『善悪の彼岸』という書物もまた、『ツァラトゥストラかく語りき』に劣らず、謎に満ちた書物」になってしまった。読みにくさを感じるのは、キリスト教道徳および民主主義の批判(「家畜の群れの道徳」)、道徳の起源、哲学者の意義、民族問題、徳について等の多岐に渡る問題が断章形式で非連続的に述べられるからで、論旨を追うのが容易でない。管理人の力不足もあるが、寸断された断章と断章のあいだにある、体系化を拒むかのような思考の溝を跳躍する身軽さが求められる。明快に書かれた『喜ばしき知恵』を本書より先に読んでニーチェ思想の一端にふれていなければ、読むのにさらに難儀したかもしれない(『喜ばしき知恵』にあった舞踏の精神が本書には欠けている)。中盤に置かれたアフォリズムの明快さは、容易でない読書のいい息抜きになる。

高き人間を作るのは、高き感覚の強度ではなく持続である。


良い評判を得ようと、――自分を犠牲にしなかった者がいるだろうか?――


男の成熟、それは子供の頃に遊びのうちで示した真剣さを取り戻したということだ。


生に別れを告げるときは、――名残惜しそうにではなく、祝福しながら別れを告げるべきだ。オデュッセウスがナウシカと別れたときのように。


愛によってなされたことは、つねに善悪の彼岸にある。


自分について多くを語るのは、自分を隠す手段である。


ニーチェは宗教について論じた章で、宗教を信仰するにはある種の無為の時間が必要だと考察している。現代(執筆当時)ドイツの中産階級の多くは多忙で、ために彼らは宗教には無関心で、たまに宗教的な行事に参加したとしてもそれは信仰心からではなく、「さまざまな用事を済ませるよう」な気持からである。われわれの日常にも思い当たる節がないだろうか。科学の発達が宗教を追いやるのではない(科学が発達した今日の日本とて宗教に救いを求める人はいくらでもいる)、多忙さが宗教を追いやっている。それが良いか悪いかは別問題として、信仰を閑暇の問題とするニーチェの指摘は示唆に富む。

安楽を求める心は精神の頽廃である、自らを強くするために苦悩や困難を恐れず引き受けよ。同情や忍耐といった道徳は弱者が生存の重荷に耐えるための道徳(奴隷の道徳)であり、積極的に生きようとする者はこれらを退け、自己を敬い、充実感や溢れる力の幸福感といった強者の道徳(主人の道徳)を持たねばならない、たとえそのため孤独になったとしても。本書におけるニーチェの思想を人生論的に読むと以上のようになるか。ニーチェ思想はいわば気付け薬みたいなもので、漫然と生きていることを自覚したときに読んで自身を顧みるきっかけにする、あるいは頭の片隅に置いておいて困難に直面したときに乗り越えるよすがにする、そういう用法が限界であって、とても実践の知にはできない。生を闘争の場と見、弱者への同情を否定し、他者を排除して自己を拡張していくことを目指すニーチェ思想をもし言葉通りに実践すればとんでもないことになるだろう。帝国主義による植民地支配、さらには――誤解に基いていたとはいえ――ナチスの歴史などが反射的に連想される(著書で繰り返しドイツ嫌いを表明しているニーチェをナチスが称揚したことの滑稽さ)。

ニーチェの思想は苦難多き彼の人生と不可分にある。ときに冷酷、過剰と思える部分にぶつかるが、それは彼が自身を励まし再び生に戻っていくために必要な激しさだったのだろう、そう思っている。
では、なぜ、ニーチェは、このように過激な形で、生の思想を提起したのであろうか。私の予感では、それは、ニーチェが、みずからの人生における、あらゆる意味での、死ぬほどの苦悩と直面して、それと「勇気」をもって戦い、それを必死に乗り越えようとした内面的葛藤の過剰な激しさに淵源しているように思われる。ニーチェの苦悩の激しさが、こうした激越な形での、「死」をも乗り越える強烈な「生」への主張を吐露せしめたゆえんのものであったと考えられるのである。
(略)
したがって、ニーチェの激しい生への意志の背後に、あらゆる意味でのこうした苦悩の体験およびそれと戦おうとする必死の思いが充満していたことを見失うならば、ニーチェを正しく理解することにはならない旨を、私としては、なんとしても強く主張したいと思う。

渡邊二郎「ニーチェ――生きる勇気を与える思想」――平凡社ライブラリー『ニーチェ・セレクション』収録

しかし彼は決してひとり自身のためにのみ書いたのではなかった。それが証拠に本書の人称は「わたしたち」になっている。この「わたしたち」をどう受け止めるかは読者各人に委ねられた。

本書『善悪の彼岸』は1886年に自費で刊行された。1年かけて売れたのは100部ほどだったという。



4334751806善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)
フリードリヒ ニーチェ Friedrich Nietzsche
光文社 2009-04-09

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運命との戦いなど存在しない、きみ自身がひとつの運命なのだ、やむをえざることをなし、それを手厚く大事に扱っておやり――人生論的に見たとき、ニーチェ思想の究極点は「超人」でも「力への意志」でも「永遠回帰」でもなく、「運命愛」だろう。
4582765513ニーチェ・セレクション (平凡社ライブラリー)
フリードリヒ・ヴィルヘルム ニーチェ 渡邊 二郎
平凡社 2005-09

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