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zoom RSS 『ニーチェ・セレクション』 渡邊二郎編

<<   作成日時 : 2013/11/24 00:00   >>

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ニーチェ思想のアンソロジー。

ゲーテはこう言った。「人格であることは地上の子らの最高の幸福である」。ニーチェはこう言った。「人間とは克服されるべきなにものかである」。自己実現と自己超克。二人のあいだには100年の懸隔がある。

本書は6部構成。まずニーチェの生涯と思想の紹介。そのあとニーチェ思想がテーマごとに編まれる。「人生と思索」、「神の死とニヒリズム」、「力への意志と超人」、「運命愛と永遠回帰」。最後に編者によるニーチェ論「ニーチェ――生きる勇気を与える思想」が置かれる。

フリードリヒ・ニーチェは1844年、ライプチヒ近くの町のさらに郊外の村レッケンの牧師の家に生まれた。両親はともに牧師の家の出身だった。プロテスタントはカトリックに比べて禁欲的であり、教えに基いた勤勉さ、誠実さは近代市民社会――ようやくドイツにも始まり出した産業革命は人々に富をもたらし、ビーダーマイヤー(律義者のマイヤーさんという意味)と呼ばれる時代に入っていた――の徳目となっていったが、同時に人々を抑圧もした。性的欲求などは抑圧対象の最たるものであっただろう(禁欲の徳には、生が本来もつ豊かさを損ねる要素、欺瞞を誘う要素が含まれている)。ニーチェ少年は秀才で、名門プフォルタ学院の寄宿生となり、ここで徹底的にラテン語とギリシア語を叩き込まれる。この学びは、のちにギリシア精神の再来を念願とすることになる彼の原風景だろう。卒業後は牧師の息子としてお決まりのコースであるボン大学に進んで神学を学ぶが、一年後にライプチヒ大学に転学、キリスト教と訣別し(それは息子が、若くして死んだ夫と同じく聖職者になることを望んだ母親との訣別でもあった)、当時「花形の学問」だった古典文献学を志す。

ニーチェは師リッチュルの推薦により、25歳の若さでバーゼル大学の教授になるという幸運に恵まれ、国籍をスイスに移して赴任する。同じ頃、ワーグナーと出会い、芸術が人生に革命をもたらす可能性に開眼してワーグナー賛美の処女作『悲劇の誕生』を刊行する。しかし周囲の反応は冷ややかで、師からは見放され、結果的に学者としての前途を断たれる。年を経るごとに健康状態が悪化し、ひどい頭痛にたびたび悩まされ、とうとう1879年、10年間勤めた大学を去る。ルー・ザロメという才媛への報われない恋があり、ワーグナーとの訣別があった。療養のためイタリアやスイスや南フランスに滞在して執筆活動に専念、『喜ばしき知恵』、『ツァラトゥストラ』、『善悪の彼岸』、『道徳の系譜学』等の代表作が書かれるが、大半は自費出版であり、当初は殆ど反響を得られなかった。健康状態は悪化の一途を辿り、狂気の徴候があらわれる。そして1889年、滞在していたトリノの広場で、御者が動きの鈍い馬を鞭で殴りつけているのを見て駆け寄り、哀れな馬をかばい、抱きしめて号泣、それから昏倒して、以後二度と正気に戻らなかった。アルプスを越えてバーゼルに帰るあいだずっと、馬車のなかで自作の歌を歌い続けていたという。故郷の母親のもとに引き取られ、彼女の死後は、夫を自殺で失ってパラグアイから帰国した妹エリーザベトが、兄が亡くなる1900年まで面倒を見た(のちに彼女は兄のテクストを改竄して全集を編むだろう)。ニーチェの狂気の原因は、感染していた梅毒による麻痺症または家系的な遺伝などが有力視されているが、ともに確たる証拠はない。皮肉なことにニーチェの精神が狂気に閉ざされた頃から、彼の名は世間に知られるようになっていく。

ニーチェの思想は彼の人生と不離の関係にある(「テクストの中で、時に不気味に、時に猛々しく語っているのは、けっして「純粋理性」や「絶対精神」ではなく、まさに生身のニーチェその人である」――村井則夫『ニーチェ――ツァラトゥストラの謎』中公新書)。『喜ばしき知恵』は病いが小康を得た歓喜なくしてありえなかった書物だろうし、『ツァラトゥストラ』には彼の生涯の出来事が暗示的に散りばめられている。心身の一元的な見方には病いの体験とリハビリの散歩が、激烈なキリスト教批判には彼の出身が厳格なプロテスタントであったことが多分に関係しているだろう。苦しみ多き生涯だった。病いのときはつい恨みの心に傾きたくもなっただろう。後年には、バーゼル大学への赴任は人生の失策だったと悔やまれた。けれどもそうした弱気や後悔を超え、自らの手で自らの生を価値あるものとし、肯定して生きるために、「超人」、「力への意志」、「永遠回帰」、「運命愛」といった思想は生み出された。苦難を避けるな、苦難こそが人を鍛え強くする機会なのだ、そう語るニーチェの念頭には、病いと回復のあいだで揺れる自身の体験があっただろう。「血でもって書け。そうすれば、きみは、血が精神であることを経験するであろう」(『ツァラトゥストラ』第一部「読むことと書くことについて」)。


「人生と思索」。
この章では、自ら「心理学者」と称したニーチェの鋭い洞察力を示す箴言が小テーマごとに編まれている。
理由とその無理由。――君は彼を嫌悪していて、だからまたこの嫌悪の理由をたくさん持ち出す。――しかし私が信用するのは、君の嫌悪感だけであって、君のあげる理由ではないのだ! 本能的に生じることがらを、君自身や私に対して、あたかも理性に則った推論のように見せかけて述べ立てるのは、君自身を取りつくろって気取っているだけなのだ。

何によって知恵は測定されうるか。――知恵の増大は、不機嫌の減少によって正確に測定されうる。

世界の破滅者。――この人物は何かがうまくゆかないと、最後には腹を立ててこう叫ぶ。「世界中全部が滅びてしまえばいいのに」と。この嫌悪すべき感情は、次のように推論する嫉妬心の絶頂なのである。すなわち、私は或るものを所有できない。だから、世界中全部に何ものも所有させたくない。世界中全部が無くなってしまえばいいのだ、と。

友情と結婚。――最良の友は、最良の妻を得ること受けあいである。なぜなら、良い結婚は、友情の才能に基づいているからである。

或る人間の高さを見ようと欲せず、それだけいっそう鋭く、その人の下劣な点や表面的なものに目を向ける者は、――そうすることによって自分自身の正体を暴露するのである。



「神の死とニヒリズム」。
この章は有名な「神は死んだ」という彼の言葉の周辺をめぐる。「神の死」というフレーズは、これまで西欧を支配してきた最高の価値――キリスト教価値がもはや無効になったことを宣言している。
ニヒリズムの極限的形式は、次のような洞察であろう。すなわち、あらゆる信仰、真だと思うあらゆる働きはみな必然的に偽であるということ。なぜなら、真の世界などは全く存在しないからである。したがって、真の世界などは、一つの遠近法的仮像であり、この仮像の由来はわれわれのうちにひそんでいる(略)。
ニヒリズムというものは、真実の世界とか、存在とかを、否定するものとして、一つの神的思考法であるのかもしれない。

『善悪の彼岸』や『道徳の系譜学』にあったとおり、宗教とは、ルサンチマン(怨恨感情)を抱えた弱者が自らの存在を正当化するために生み出した生存の一便法に過ぎず、決して真理などではない。
生の重心が、生のうちにではなく、「彼岸」のうちに――無のうちに――おき移されるなら、生からはおよそ重心が除去されてしまう。人格の不滅性という大虚言は、本能に具わるあらゆる理性や自然を破壊してしまう。――本能に具わる、裨益し、生を促進し、未来を保証するすべてのものが、今や不信感を呼び起こす。生きることがもはや何の意味をも持たぬような仕方で生きること、このことが、今や生の「意味」となる……

「何のために」と人は問う。これは意味が外部から与えられると信じた古い価値観である。「神の死」後を生きるわれわれは、「何のために」という問いに自らの答えを与える。意味は自分で創る。これこそが精神の最高の力強さとしての「能動的ニヒリズム」であり、その果てに「超人」がある。


「力への意志と超人」。
この章では人間の認識機構についてのニーチェなりの解釈が示される。
現象のところで立ち止まって「存在するのはただ事実のみである」とする実証主義に反対して、私は言うであろう。いや、まさしく事実などは存在せず、ただ解釈のみが存在する、と。われわれは事実「それ自体」というものなどを確認できはしないのである。そうしたことを欲するということは、おそらく無意味なことなのである。(略)
世界を解釈する主役をなすものは、われわれの欲求である。


世界は無限に解釈可能である。(略)
解釈の多数性こそ力の徴候である。世界の不安な謎めいた性格を否認しようとしてはならない!


われわれの価値が事物の中に解釈し入れられるのである。
「それ自体」といったものの中に、一体意味などが存在するであろうか!
意味は必然的にまさしく関係的な意味であり遠近法であるのではないであろうか。
すべての意味は、力への意志である(略)。


われわれは「もの自体」を捕捉できない。「もの自体」とわれわれとのあいだには埋まらない溝があり、その「あいだ」をどう捉えるかがニーチェのいう解釈であるだろう。「もの自体」という多面的な宝石。見る角度によって輝きや色彩が異なって見える。その角度のどれかひとつだけが正しいということではない。どれもが正しい。というか自分で正しいと思った角度が正しい(無限の解釈可能性)。
「これこれのものはこうであると私は信ずる」という価値評価が、「真理」と称されるものの本質にほかならない。価値評価のうちに表れてきているものは、保存と成長のための諸条件である。

この「保存と成長のため」に解釈する尺度となるのが「力への意志」である。あらゆる認識は自己保存を目的とする。「力への意志」はこの方向を定める。すべての生命は、より大きくより強くなって自己を保存しようとする本性を備えている。これを十全に発揮して、たえず自己を超克していこうとする者が「超人」と呼ばれる。
世界は無限に解釈可能だとニーチェはいう。ゆえに「力への意志」という価値評価も脱構築される。「力への意志」もまた無限の解釈可能性のなかの一可能性に過ぎない。
かりにこのこと(力への意志説)もただ解釈にすぎないのだとしたならば――そうしたら君たちはこれに異議を唱えることに存分の熱意を示すであろうか――そうとなればいよいよもって良いのだ。

意味も答えも自分で創れ。「いつまでも単なる弟子にとどまるのは、師によく報いるゆえんではない」、「道一般は存在しない」、「わたしは万人にとっての掟ではない」――ツァラトゥストラはそう言った。


「運命愛と永遠回帰」。
この章で紹介される永遠回帰とは、いまあること、これからあることはかつてもあったと仮定する生の永遠反復思想だ。ニーチェの詩人的な傾向(彼は多くの詩を残している)がもっとも発揮されており解釈が難しい。本書からは管理人には適当と思える箇所がないので、永遠回帰の告知をその主題とする『ツァラトゥストラ』(吉沢伝三郎訳、ちくま学芸文庫)から引用する。
一切は行き、一切は帰って来る。存在の車輪は永遠に回転する。一切は死滅し、一切は再び花開く。存在の年は永遠に経過する。


一切の諸事物のうちで、起こりうるものは、すでにいつか、起こり、作用し、走り過ぎたにちがいないのではないか?


そなたたちはかつて何らかの快楽に対して然りと言ったことがあるか? おお、わたしの友人たちよ、そう言ったとすれば、そなたたちは一切の苦痛に対しても然りと言ったことになる。一切の諸事物は、鎖で、糸で、愛で、つなぎ合わされているのだ、――
――かつてそなたたちが、一度あった何事かの再来を欲したとすれば、かつてそなたたちが、「おまえはわたしの気に入る。幸福よ! 刹那よ! 瞬間よ!」と語ったとすれば、そなたたちは一切が帰って来ることを欲したことになるのだ!
――一切が改めて再来し、一切が永遠であり、一切が、鎖で、糸で、愛で、つなぎ合わされているような、おお、そういう世界をそなたたちは愛したことになるのだ、――
――そなたら、永遠的な者たちよ、そういう世界を永遠に、常に愛するがよい。そして、苦痛に対しても、そなたたちは語るがよい、過ぎ去れ、しかし帰って来い! と。というのは一切の快楽は――永遠を欲するからだ!

「私たちが、もう一度生きようと欲し、しかも永遠にかく生きようと欲するような仕方で生きること」、遺稿にそうある。管理人は単純にこの言葉通りに生きること、自己に忠実に、ルサンチマンから解放されて、善く美しく後悔しない、充実した生を生きろ、一瞬一瞬を大事にしろ、そういう思想だと解釈している。ジンメルもほぼ似た解釈を示している。しかし、そういう解釈では「ニーチェの嫌いな教養主義・道学者風の人生談義になってしまう」と三島憲一氏は批判する(『ニーチェ』岩波新書)。三島氏は、徹底して自らを認識と化し、世界の美を増大させる瞬間の経験を重ねることが人生を繰り返し生きるに値するものにする、と述べる。ニーチェには「人生は認識の一手段である」という言葉があり、それに拠った解釈であるのだろう。吉沢は上記引用部分の訳注に、永遠回帰を知ることで、生における必然と自由の分離は揚棄される、と書いている。これは永遠回帰が運命愛――管理人にとってはニーチェ思想の核心――に繋がることを示唆するものだろう。詩人ニーチェが唱える永遠回帰とは、謎めいた――およそ科学的な厳密さを欠いたたわ言ともいえる――思想であり、多様な解釈があるのは自然であって、それを知ることが気づきや学びに繋がるので楽しい。吉沢はこうも述べている。
この思想はひとごとのように一個の客観的な理論として提示することの許されないような思想である。それを自分自身の問題としてわが身に引き受ける覚悟のない者にとっては、この思想は一個のナンセンスである。少なくとも単なる思い付き、空想、ないしは幻想にすぎない。ところが、それを自分自身の問題として真にわが身に引き受け、真剣に思索するかぎりにおいて、それはきわめて恐るべき深淵的な思想であると同時に、その思想をわが身に同化することによって私たちの生に或る無限の希望が開かれ、いまここに生きてあることの意義が限りなく充実せしめられる、――そういう思想として、それは提示されるのである。

そして運命愛。永遠回帰とともに語るべき、大いなる肯定の思想。
人間における偉大さを言い表す私の定式は、運命愛である。すなわち、ひとは、何事であれ現にそれがあるのとは別なふうであってほしいなどと思ってはならないのであり、しかも、将来に対しても、過去に対しても、永遠にわたってけっしてそう思わないことである。やむをえざる必然的なものを、ただたんに耐え忍ぶだけではなく、ましてやそれを隠したりせずに――実は理想主義的などというものはことごとく、やむをえざる必然的なもののまえに立てば嘘っぱちであることが分かるのだが――むしろ、やむをえざる必然的なものを愛すること、である……

トルコ人の宿命論。――トルコ人の宿命論が持つ根本的誤謬は、人間と運命とを二つの別物として相互に対立させたという点にある。つまりその宿命論によれば、人間は運命に抵抗してそれを何とか阻止しようと努めることはできても、しかし結局はいつも運命の方が勝利を収めるので、だから、諦めるかあるいは気ままに生きるかするのが一番賢明だ、というのである。けれども本当は、どんな人間もみな彼自身が一個の運命なのである。彼が上述の仕方で運命に抵抗していると思いこむならば、実はまさにその点でやはりまた運命が生起しているのである。運命との戦いなどは一つの妄想であり、逆にまた右のような運命への諦念も同じく妄想であり、それらすべての妄想が、つまり運命の一部なのである。

何よりもまず、やむをえざることをなすこと――しかもそれを、君になしうるかぎり美しくまた完璧に! 「やむをえざる必然的なものを、愛せ」――運命愛、これこそが、私の道徳であろう。やむをえざる必然的なものを手厚く大事に扱っておやり。そしてそれを、そのいまわしい由来から引き上げて、君自身にまで高めてやることだ。

上の引用にさらに何事か付け加えるのは野暮に過ぎるだろう。


渡邊氏は補論「ニーチェ――生きる勇気を与える思想」で、ニーチェ思想の物騒な箇所について、そうした箇所が彼の生涯の苦難と関係があり、部分としてではなく体系的に見ることで、彼の思想の真意が見えてくると繰り返し述べる。ニーチェはフランスのモラリスト文学を愛好し、彼らのスタイルに倣ってアフォリズム形式で多くの著作を書いた。アフォリズムは短い分量のうちに多くを含意することができるが、表層的に受け取れば誤ってしまう。そういう微妙さが、世界は解釈で成っていると見るニーチェには好ましかったのだろうが、彼の言葉を箴言集あるいは名言集的に読むことは多分の危険を含んでいる。渡邊氏の補論はそのことを言外に戒めているし、『喜ばしき知恵』の解説において訳者の村井則夫氏もふれていた問題だった。そもそもニーチェが最初に志した古典文献学とは、「さまざまな校本を照合し、異同を検討し、比較考量の末、厳密な解釈を試みる手仕事としての」丹念かつ虚心にテクストを読むことを求められる学問、「凡庸な文献学者でさえ、一日に二〇〇冊を片付け」、「三〇代には読書で擦り切れてしまう」、それほど過酷な「読み」の学問だった。
私が文献学者であったのは無駄ではない。私はいまなお文献学者だろう。つまりゆっくりした読み方の教師だろう――そのあげく私はまたゆっくりと書くのである。……けだし文献学とは、かの尊敬すべき技芸――精巧で慎重な手仕事ばかりやらなければならず、<緩徐に>やるのでなければなにごともできない言葉の金細工の技術・知識として、なにをおいてもまず次の一事をその崇拝者から要求するところの技芸である――すなわち回り道をし、時間をかけ、静かになり、緩慢になること。……文献学というのはよき読み方を教える。すなわちゆっくりと、深く、慎重な考慮をもって、底意をもって、心の扉を開け放したままにしておいて、繊細な指と眼とをもって読むことを……

この言葉はもっと知られていい。ニーチェは多くの誤解に晒された思想家だが、誤解の原因は読者の読み方にあるのだろう。「他人の血を理解するということは、たやすくできることではない。わたしは怠け者の読書家たちを憎むのだ」(『ツァラトゥストラ』)。自分の好みに適った少ない本を繰り返し読め、そう説いたニーチェだった。

ニーチェを読む資格のある人、あるいはニーチェを読んで面白いと思う人は、必ずや、なんらかの過去を持った人、あるいは、ニーチェが『この人を見よ』のなかで繰り返し言及したように、あまりにも「あらゆる種類の反自然」的な生き方である理想主義を採ったがために、やがて現実に仕返しをされて、辛酸を嘗め、苦悩を味わい、やがて自己の現実に目覚めるに至った人であるように思う。そうした人にとっては、ニーチェは、「生きる勇気」を与え、苦悩からの解放の道を示唆する、興味深い先駆者と映ずるはずである。

ちょっとロマンチックすぎるんじゃないの、という気もしなくもないが、管理人も大方渡邊氏と同じ意見である。その意味では、ニーチェは十代、二十代の若者よりもむしろ壮年期以後の人にこそ訴える力があるように思える。若い読者が感動するのはニーチェの詩人的な面――ランボーの兄弟のような――ではないだろうか。
かなたへ――と、おれは意志した。これからの
たのみは、このおれと、おれの伎倆だ。
海は渺茫と青く
わがジェノヴァの船の舳に展けた。
燦然として新しきもの、刻々とおれを包む。
時間も空間も死に絶えた真昼どき、
ただお前の眼だけが――すさまじく
おれを凝視める、――無限よ!

「新しき海へ」 氷上英廣訳


さあ、かなたを見よ、太陽が焦燥に駆られつつ海を越えて来るさまを見よ! きみたちは、太陽の愛の、渇きと熱い息とを感じないか?

『ツァラトゥストラ』(第二部「汚れなき認識について」)

一方壮年期以後の読者は、ニーチェが誘う高揚を距離を置いて眺めつつ、思うようにならない生の営みのなかで、どうすれば「自分のあるところのものになれ」るかを考えるきっかけを彼の言葉から汲み取るのではないだろうか(しかし晩年の彼には、自我さえも「力への意志」が生み出した誤謬としか思えなかったのだが)。とはいえ、こういう図式化も陳腐なものではある。


本書は管理人にとってのニーチェ入門の書だった。その後、ニーチェの著作にふれるにつれて変化していく部分はあったものの、このたび再読して、根幹はいまもだいたい渡邊氏と似たニーチェの見方をしていると自覚した。ただ、本書にはなくて管理人がニーチェに重視する部分がひとつあって、それはニーチェの身体へのまなざし、そしてそこから生じる「舞踏の精神」だ。ニーチェは深刻さを好まない。深刻さなど笑い飛ばせ。哄笑をどよめかせて、彼は軽やかに舞踏しつつ思想を「歌う」。
われわれは書物に囲まれ、書物に尻を叩かれてようやく思考を始めるといった連中とは一線を画す。われわれはいつも、外気の中で思考する。――歩いたり、飛び跳ねたり、登ったり、踊ったりしながら。一番好ましいのは、寂寞たる山顛や海辺で思考すること、道そのものさえ思索に耽る、そんな場所で考えることである。書物や人間や音楽に価値を問うためにまず尋ねるべきは、こういう問いだ――「それは歩くことができるか? それにもまして、踊ることができるか?」

『喜ばしき知恵』

からだの哲学者ニーチェ。彼は、人間が生きるにあたって必要なものは高邁な思想主義的理念などでなく、自分に見合った「栄養」「土地と風土」「休養」等であり、これらを選択して、自分なりの必然性を、はっきりした「趣味」において生きることだと説いた。彼がよく使う「趣味」という語は、理性では割り切れない、生理的な好悪を指している。


人生の最後の10年を狂気の闇に閉ざされ、ニーチェは廃人として生きた。狂気の直前、ワーグナーの妻にあてた手紙は、自分は人間ではなく、ブッダでありディオニュソスでありアレクサンダーでありシーザーでありワーグナーであり、かつて十字架にかかったこともある、という支離滅裂な内容のものだった。ほかの人にあてた手紙にも意味不明なことが書かれており、「ディオニュソス」または「十字架にかけられた者」と署名があった。永遠回帰、自我の否定(生の一切は力への意志が生んだ誤謬ではないか、という疑念)。彼が深く愛した詩人ヘルダーリンは「一にして全」の汎神論的思想を抱いていた。ニーチェが自身の思想の基盤としたソクラテス以前の古代ギリシアのイオニア学派は、人間と自然と宇宙は一体であると考え、哲学者ヘラクレイトスは万物流転を説いた。永遠回帰思想は過去、現在、未来の境を超越する。晩年のニーチェには、個人の彼我が溶解してすべてが一になる、そんな景色が見えていたのだろうか。もはや時間が意味をなくし、われと彼との区別もなくなってしまえば、人はいつの時代の誰でもあってもよいことになるし、のみならずもしかしたら馬であってもよい。トリノの広場で鞭打たれる馬を見るなり叫んで駆けつけ、その首を抱いて泣き崩れたニーチェには、馬の受けた痛みがわがこととして感じられたのかもしれない。われも彼も動物たちもすべて命あるものはひとつである、彼の痛みはわが痛み、彼の喜びはわが喜び。狂気の証明とされる晩年の手紙の内容も、ニーチェ思想と照合すると、論理的にそれなりの整合性をもっているように見えなくもない。


4582765513ニーチェ・セレクション (平凡社ライブラリー)
フリードリヒ・ヴィルヘルム ニーチェ 渡邊 二郎
平凡社 2005-09

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ニーチェ思想の人生論的部分を排除して認識論から彼の思想を考察する。三島氏はべつのところで、元気を得る目的ならば、『ツァラトゥストラ』を読むより、素敵な男の子女の子を見るほうが手っ取り早いと述べている。そうだろうか。
4004203619ニーチェ (岩波新書)
三島 憲一
岩波書店 1987-01-20

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河出文庫『喜ばしき知恵』の訳者による『ツァラトゥストラ』解読の試み。『ツァラトゥストラ』がヨーロッパに伝統的なアレゴリー文学の後裔であることの指摘がある。
寓意を用いながら物語によって哲学を語るといった着想は、現代から見ると奇異に感じられる面があるが、古代・中世においてはむしろそれはきわめて一般的な語法であった。このような伝統と比べるなら、現代の私たちが哲学的著作のモデルとして想定するカント『純粋理性批判』のような語り口のほうが、思想の歴史の中ではむしろ新参者にすぎないのである。

4121019393ニーチェ―ツァラトゥストラの謎 (中公新書)
村井 則夫
中央公論新社 2008-03

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