epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』 ビューヒナー

<<   作成日時 : 2013/12/06 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

狂気の解剖。

再読。1813年にヘッセン大公国の首都ダルムシュタット近郊に生まれ、1837年、チフスのために23歳と4ヶ月で逝去したゲオルク・ビューヒナーの戯曲2篇と短篇小説1篇を収録する。いずれも作品の主人公は実在の人物をモデルにしている。

「レンツ」はビューヒナー唯一の短篇小説で未完。主人公のヤーコプ・ミヒャエル・ラインホルト・レンツは疾風怒濤期の劇作家で、若い頃はゲーテと「双生児の詩人」と並び称されるほどだったが、狂気に囚われて宮廷を追われ、治療のため各地を転々としながら、最後はモスクワの路上で死んだ。佐藤研一氏によるレンツの生涯の総括を紹介すると、「彼は、絶対主義的社会から市民的社会への転形期に、啓蒙の洗礼を受けるも、新時代の眺望はきかず、旧時代の感性も捨て切れず、両者に引き裂かれ、いわば身をもって歴史的結節点を生きた。その短い人生は、精神の病と極貧にあえぐ暮らしの果て、行路病者として異郷モスクワの片隅で尽きた。享年四十一。ときにフランス革命勃発後三年目の初夏のことである」(『喜劇 家庭教師/軍人たち』)。埋葬場所は現在でも知られていないという。ビューヒナーはロマン派の重鎮ルートヴィヒ・ティークが1828年に刊行した全集によってこの劇作家を知る。史実によると、バーデンの知人宅に滞在中、精神分裂病の発作を起こしたレンツは、1778年1月、精神病患者治療の心得があるというヴォゲーゼン(ヴォージュ)の牧師のもとへと、単身(!)山を越えて向かい、そこに逗留する。短篇はこの数日の出来事を題材にしている。

小説はレンツの目を通しての風景描写から始まる。
雪に覆われた峰々の頂きや山腹の斜面、谷に下っていく灰色の岩肌、緑を残した平地、岩壁、樅の木立。湿っぽい寒気、岩石のあいだをちょろちょろと流れ落ちてきた水が、道を横切って跳ねていく。樅の大枝が湿っぽい大気のなかに重く垂れ下がり、空には灰色の雲が走っていた。しかし、すべてのものが重くのしかかってきた。

天候に問題はないようだ。見る人によっては爽快と感じるかもしれない。なのに「すべてのものが重くのしかかってきた」という。発作の兆候だろう。彼は疲れを感じることなく、黙々と、「道など気にせず」、徐々に立ち込めてきた霧のなかを進んでいく。霧が下のほうの景色を飲み込んで見えなくしてしまうと、不意に不安に駆られる。「消えてしまった夢でも求めるように何かを追い求め」る。むろん何も見つからない。風は峡谷や木立から響く子守歌か鐘の音のように聞こえる。白銀の峰々は太陽に照らされて煌く、その光を見ていると「彼の胸は引き裂かれる」。苦しくなって喘ぎ、大地に伏せる。発作が起きたのだ。
彼は万有のなかに無理やりもぐり込んだ。それは苦痛だったが、快感にも思えた。あるいは立ったまま頭を苔のなかに埋め、なかば目を閉じていると、すべてが彼から遠ざかっていった、大地も彼の足を離れていき、地球が小さな惑星のようになって、彼のはるか下をざわめきをあげて走っていく清流のなかに消えていった。だが、それはたまゆらの時間のあいだだけで、覚醒した彼はまるで影絵が通り過ぎた後のように、しっかりと落ち着いて身を起こした、それまでのことはもう何も覚えていなかった。

冒頭からの3頁、山中を行くレンツを描写した場面の叙述が、短篇「レンツ」の白眉だろう。健康な人間の目には気持いい景色としか見えないものが、発作を起こしつつある病者の目には重苦しいものでしかなく、次第に意識が暗転していく。病者の内部を追体験させるような圧巻の叙述と管理人は見る。

ビューヒナーは医師の家に生まれ、自身も医学を学び、解剖学を専攻していた(彼が文筆に手を染めたきっかけは、ある事件に関わり、その逃走資金が必要になったためだった――後述)。科学者の怜悧な分析力が、病者が発作を起こすときの心象風景を自身の体験のごとく臨場感をもって描くのを可能にしたのか。狂気が人間を内部から突き崩していく叙述は鬼気迫るものがある(訳者の功績もあるだろう)。別の発作の場面はこう述べられる。
彼が役に立てようと思っていた世界には、怖ろしい亀裂が走った。彼には憎しみも愛も希望もなかった、あるのはただ空虚と、それでもその空虚を満たそうとする拷問のような苛立ちばかり。彼には何もなかった。何をやってみても、意識してやっているつもりでも実は心の本能に強制されてしているだけだった。ひとりだけの時は、彼はおそろしく孤独だったので、絶えず大声で自分相手に対話していたが、叫ぶこともあり、そして自分でびっくりするのだった。他人の声が自分と話しているような気がしてきたのだ。対話の最中にも彼はよく言葉がつかえてしまい、言いようのない不安に襲われた。結びにしようと考えた言葉をいつの間にか忘れてしまっていたのだ。それで、すぐ前に喋り終わったときの言葉を覚えているためには、ひっきりなしに喋っていなければならないのだと思い、しかし、そうしたいという気持は大変な努力で抑えておこうとした。

さらにまた、
このところ繰り返し試みていた自殺まがいの行為は本当に真剣なものではなかった。死を望んでしたことではなかった――彼にとって死のなかには何の安らぎも希望もないのだ。むしろそれは、怖ろしい不安が極限に達した瞬間や、存在否定と隣り合わせの安らぎのぼんやりした瞬間などに、肉体的な苦痛によって自己の存在を取り戻そうとする試みだった。それとはまた違って彼の精神が何らかの狂的な観念に打ち跨って疾駆している瞬間というのも、彼には幸福な刻だった。そこにはともかく安らぎがあった。それに彼の錯乱した時の眼差しは、救いを渇望している時のあの不安や、落ち着けぬ永遠の苦悩に比べればそれほど恐ろしいものではなかった。彼はしばしば頭を壁に打ちつけたり、それ以外の方法で自分に激しい肉体的な苦痛を加えたりした。

これらの場面でも病者の不安はよく表現されている。目を見張るのは――とくに後の引用部分に顕著だが――治療者である牧師の登場に伴い、叙述の視点が病者自身から観察者へと変化している点だ。病状が解剖(言語化)されつつあるプロセスが確認できはしないか。

レンツの病状は緩やかに悪化していく。当初は夜にしか起きなかった発作がやがて昼にも起きるようになってしまう。昼の発作は夜のそれよりも苦しい、とある。そうだろう。精神の失調に見舞われた人の多くは夜を恐れる。不安を訴える。夜に比べれば日中は大分楽だという(晴天よりも曇天のほうが落ち着くという人もいる)。
昼間でもこういう発作は彼を襲った。そういう時はもっとひどいものになった。というのもこれまでは明るさがこういう発作から守っていてくれたからだ。今では、自分がただひとりきりで存在しており、世界などというものはただ自分の空想のなかにしか存在せず、彼以外には何者も存在していないような気がした。


結局彼は、牧師の家で束の間の落ち着きを得こそすれ、完治にはいたらない。
「ねえ、牧師さん、あの声を聞かないでいられたら僕は助かるんですが」(中略)「何も聞こえませんか、あのすさまじい声、ふつう人々が静寂と言っている声が、地平線全体にわたって叫びをあげているのが聞こえませんか?」


レンツは、ゲーテの妹コルネーリア・フリーデリケに恋をした時期があった。あるとき、不意に霊感に襲われたかのように彼は彼女のことを思い出し(このフリーデリケはあるいは別のフリーデリケ、ゲーテに捨てられたのを悲しんでいたフリーデリケ・ブリオン――レンツは彼女を慰めにたびたび訪問していた――であるかもしれないが判然としない)、そして彼女は死んだのだと悟る(史実では、コルネーリアは結婚後に産褥で死亡しており、その家を訪問したのちレンツは精神分裂病の発作を起こす。小説は史実に創作を加えているが、これはドラマを成立させるための便法であるだろう)。「いつもあの人を抱えていた左の脇腹や腕が痛むのです。それなのにあの人の姿を思い浮かべることはもうできない」。すると、近くの村(?)で子供が亡くなったという知らせが届く。その子の名はフリーデリケといった。レンツは運命の符丁を見、この子の家を訪れ、何やらしばらく黙考したあと冷たくなった両手を掴んで、はっきり大声で言う。「起きて歩け!」イエスの猿真似。「四方の壁は非情にその声を反響させただけで、彼を嘲笑しているかのようだった。死体は冷たいままだった」。この出来事が最後の打撃になったのか、レンツの精神はいよいよ暗く沈んでいく。何もかもが重たい、空気までもが重たくて重たくてたまらないと言ってベッドから起き上がらない。二階の窓から飛び降りる。幸い命に別状はなかったものの、すでに牧師一家の忍耐の限度を越えていた。彼はストラスブールへ向けて出発することになる。悪化した病いのために、彼の精神はもはや外界を索漠たるものとしてしか捕捉できない。
レンツは静かに外の光景を凝視していた、予感も衝動も起こってこない。ただ、見るものが闇のなかにどんどん消え去っていくので、彼のなかに漠然とした不安が生まれてくるだけだった。

「何もかもが重い」。何もかも、そう自身の存在さえもが。いや、自身の存在こそ、彼にとって最大の、「逃れることのできない重荷だった」。存在の耐えられない重さ。小説はこう結ばれる。「そのように彼は生き続けていった」。そのように、彼はさらに精神の病いとの闘争を10年近くのちまで続けた――異郷モスクワの路上に斃れるまで。

科学的なリアリズム。無駄を削ぎ落とした簡素にしてドライな文章。それゆえの迫力。精神失調者の心象風景をこんなに生々しく言語化する叙述の凄み。ビューヒナーは、レンツを治療した牧師の友人たちを通じて資料を入手、病者の発作や症状について第一級の文献を使いながらこの短篇を書いた。史実に忠実であるか否かという問いは彼方に置き去られる。


未完の戯曲「ヴォイツェク」。この戯曲は、ヴォイツェクという鬘師が、嫉妬に駆られて交際していた未亡人を殺害するという実際の事件を元に書かれた(ビューヒナー作品では殺人者は兵卒に変更されている)。兵卒ヴォイツェクには美しい内縁の妻マリーがいるが暮らしは貧しい。先だって子供が生まれた。部隊の鼓手長は居酒屋でマリーを見かけて、その美しさを気に入る。ヴォイツェクのいない隙に彼女を誘惑、マリーは陥落する。酔った鼓手長は部下に自分の色事の首尾を嬉々として話して聞かせ、この部下が同僚のヴォイツェクにことの次第を告げる。ヴォイツェクは女を詰問する。彼にとってマリーはすべてだった、全世界だった。それなのに裏切られた。寝取られた。音を立てて崩れ落ちていくヴォイツェクの世界。彼は狂的な怒りに駆られ、女をひと気のない場所に呼び出すとナイフで滅多刺しにして、凶器を湖に放り捨てる。いや、浅いかもしれない、これでは見つかってしまうだろう。もっと深くへ捨てなくては。ヴォイツェクは湖の奥へ深くへと進んでいく。

「ヴォイツェク」で印象的だった点は二つある。一つは貧富の対比。もう一つはヴォイツェクの造形。まず貧富の対比から見る。冒頭で兵卒ヴォイツェクは大尉の髯を剃っている。劇は大尉のこの台詞から始まる――「ゆっくりやれ、ヴォイツェク、ゆっくりな、一剃りずつ順々に。(中略)今日いつもより早く剃り終わったところで、そんな十分ぐらいの半端な時間を俺が何に使えばいいんだ?」富裕な大尉ならば時間はあり余っているだろう。けれども貧乏人ヴォイツェクは違う。「お日様の照るうちは働き通しで、眠ってても汗をかく」。ゆっくりやれといわれても、そんな余裕は彼にはない、時とは金だから。大尉はさらに続けて、なぜせかせかするのか、良心に疚しいところのない善人なら、そんなふうにせきたてられたようにしている筈がない、という。そういえば(内縁の妻に産ませた)貴様の子供は教会の祝福を受けていないそうだが、どういうつもりか。モラル、徳を、貴様は持っていないのか。ヴォイツェクがこれに答えていうには――
はい大尉殿、その徳ってやつでありますが! どうも自分には徳は積めないようであります。よろしいですか、自分らのような低級な人間には徳は持てないのであります、自然のままにしかなりません、でも自分だってもし旦那衆のように帽子や時計や礼服を持ち上品な口がきけますものなら、道徳的になってみたいものであります。きっと徳ってのはすばらしいものでありましょうね、大尉殿、でも自分は素寒貧でありますので。

衣食足りて礼節を知るの諺通りの現実。この劇では貧富は対立しない。大尉と兵卒の会話はまったくかみ合っておらず、まるで別世界に属する人間同士のようで、対立以前の状態なのだ。ところでビューヒナーには貧富の問題に着眼する理由があった。彼は大学生のとき、搾取されている農民たちの姿を見て憤り、彼らを覚醒させる必要性を感じて政治活動に参加、同志と「人権教会」を設立し、宣伝パンフレットを起草している(先回りして書くと、この活動は官憲に密告され、追跡を逃れるための逃走資金欲しさに書かれたのが戯曲「ダントンの死」だった)。内縁の妻マリーが男に身を任せるのも、根の部分には、貧しく、地位の低いヴォイツェクへの飽き足りなさがあったことが示唆されている。「他人に命令されるとあの人は行かなきゃならないんだわ! なんてこと、他人の言いなりなんて」。貧困は人間を荒廃させる。

もう一つ印象的だったのがヴォイツェクの造形について。彼もレンツ同様の、精神の均衡を欠いた人物として設定されている。彼はマリーの不倫を知ったあと、彼女の顔を覗き込んでそこに「しるし」を読み取ろうとする。罪を犯せば「しるし」が顕れると考えたのだ。
ヴォイツェク (彼女の顔をじっと見て、首を振る)うーん、何も見えない、何も見えないぞ。顔に証拠が見つかるはずなんだがな、手で掴めるほどはっきり。


ヴォイツェク このあまめ!――おかしいな、お前のどっかにしるしが現れてるはずなんだがなあ! 人間は誰でも彼でも深い淵だ、覗き込むとめまいがする。もしかして! こいつ、罪もない女のような顔をして歩き回ってやがる。その罪もない女とやらのお前にはしるしがついているはずだ。俺にはそれが見えないのか? 分からないのか? 誰に分かるんだ?


裏切りのしるしを、聖書にある最初の殺人の痕跡のように、妻の顔から読みとろうとする男の異常性。実際の事件でも、鬘師ヴォイツェクは精神鑑定を受けたのち有罪の判決を受けている。

ヴォイツェク (内密そうに)ドクトルは二重になった自然というのをご覧になったことがおありですか? 太陽が天の南で停止し、世界が炎に包まれたようになると、たちまち恐ろしい声が私に語りかけてくるのであります。
医者 ヴォイツェク、お前は精神錯乱だ。
ヴォイツェク (指を鼻に当てる)キノコなんであります、ドクトル。これが怪しいのであります。キノコがどんな形をして土の中から出て来るかご覧になったことがおありですか? あれが読み取れたらなあ。

キノコを男根の象徴と見てもいい。彼にとって世界の終わりとは、自分以外の男とマリーの交情だった。この場面で鼻に指を当てている。鼻にも男根のしるしを読むことができるだろう。

ヴォイツェクは鼓手長ではなくマリーを殺す。このあたりの心理の機微は、実際にあった数多の、嫉妬絡みの殺人事件を見ていても理解しがたい部分がある。恨みは女ではなく鼓手長に向かいそうなものだし、いくらマリーが全世界だったから、その世界を壊されたからといって、あんなにも滅多刺しにする心理というのも、劇的効果を狙ってならいざ知らず、これも現実で見られるパターンであり、深い愛は深い憎しみに転化しうる(その逆も然り)、というほどのことなのだろうか。嫉妬に怒り狂った人間のなすことに整合性を求めるのも無理な話ではあるが。殺人後、洗っても洗っても血が拭えない、とヴォイツェクがこぼす場面は『マクベス』の有名な一場面を連想させる。凄惨さも劣っていない。レンツといい、ヴォイツェクといい、ビューヒナーは狂気の主題を巧みに表現する。彼の文学の精髄はこの狂気の分析力にある。


そして、フランス革命後の恐怖政治時代を舞台にした戯曲「ダントンの死」。昨日誰かをギロチンにかけた者が、今日は別の誰かによってギロチンにかけられる悪夢のような日常。どうしてこうなってしまったのか。自由、平等、博愛を求めて決起した志はどこへ? かつての盟友同士が、いまは袂を分かち相手の生命を脅かしている。謹厳居士のロベスピエールと享楽主義者ダントンの対立。
メルシエ どうだい、ラクロワ、平等ってやつは、誰の頭の上にも死神の鎌を振り上げてるだろう。革命の溶岩が流れ出し、ギロチンが共和政化しているとこだ! それで天上桟敷からは大喝采、ローマ人だって揉み手して喜ぶってわけさ。しかしどの台詞をとってもそれが犠牲者の喉から洩れる断末魔の呻きだってことは奴らには聞こえないのさ。まあ君たちの美辞麗句の通り、そいつが実行に移されるところまでついてって見たまえ――自分のまわりを見まわしたらどうだ。これはみんな君たちの喋ったことだぜ。君たちの言った言葉を身振りに翻訳した結果がこれだ。こうした不幸な連中、その死刑執行吏、ギロチン、これはみんな君たちのお喋りが生身の姿をとったものなんだ。君たちは、まるでトルコのサルタンのバジャゼがピラミッドをつくったときのように、人間の首で君たちの国家組織をつくってるわけだ。
ダントン 君の言う通りさ――今日びじゃ何をつくるにも人間の肉が使われる。これは僕らの時代の呪いってもんだよ。僕の肉体もやがて材料にされちまうのさ。


ロベスピエール 我々は、革命という大船を、こういう連中の浅はかな打算や泥沼のような浅瀬で座礁させてはならない。この船をとめようとする者の手は切り落とさねばならん――たとえどんなに激しく刃向かってこようとも!

善の理想から始まった道が地獄に続いていた。
ダントン (略)僕はロベスピエール、サン=ジュスト、および公安委員会の刑吏どもを告発する――彼らは共和国を血の海で窒息させようとしているのだ。刑場行きの荷車の轍の跡は、外敵がわが祖国の心臓部に突入してくる専用道路になるのだ。
 自由の足跡がいつまで墓場でなくてはならないのだ? 民衆諸君はパンを欲しているが、奴らは諸君に首を投げ与えている! 諸君は飢えているが、彼らは諸君に、ギロチンの階段から流れる血をなめさせているのだ!

つまりは革命のシステム自体に欠陥があったのだった。ひとつの体制を破壊して新たな体制を作るとして、その新たな体制もまた旧体制と同じく指導者たちの都合よく築かれてしまう。強者が弱者を食い物にする社会の根本は変えられない、なぜなら人間がそういう存在だから。欲望に囚われた生を生きるしかできない存在だから(「革命の破壊のあとにはきまって社会構造とその頭の再生が起きる」――バタイユ)。

もはやダントンは疲れきっている。以前の活力はどこへやら、いまの彼は抜け殻であり、毎日の出来事は死ぬまでの暇つぶし(「将棋をさすような暇つぶし」)以上ではなくなっている。ロベスピエールの攻撃を予感しながら、それでも民衆は彼より自分を支持すると自惚れたために破局はいよいよ決定的になるだろう。ビューヒナー劇においてダントンの死刑は、革命裁判所による決定ではなく貧しい市民たちの選択として描かれている。ここにも貧富の問題が顔を覗かせている。

「ダントンの死」の勘所は主人公の虚無思想にある。革命の理想と現実のギャップがあらわになり、盟友ロベスピエールとは訣別したいま、ダントンには何をなすべきかがわからない。道を見失ってしまった。冒頭から、すでに彼は醒めた目で物事を見ている。
ダントン 分からないさ! 僕たちはお互いに相手のことなんかよく分かっちゃいないものな。僕たちは象みたいに厚い皮をした動物さ、お互いに相手を求めて手をさしのべはするが、そんなのは無駄な努力ってものだ。お互いにただ分厚い皮をすり合わせてるだけのことだからな――僕たちはひどく孤独なんだよ。


「僕ら自身は無だ、亡霊たちの戦っている剣に過ぎない」、「虚無、それがやがて生まれるこの世界の神だ」、ことあるごとにダントンは虚無思想を口にするだろう。そこにいるのはもはや英雄の亡霊だ。むろん弾劾されれば生きるために抗弁はする。だが策略によって監獄送りになったとしても絶望はしない、すでに彼はその境遇に自らを置いていたから。理想を掲げた革命戦士が酷すぎる現実に直面して虚無に囚われてしまうのが痛ましい。人々が見守るなか、ダントンは同志たちとともに処刑台に上っていく。何千、何万人もの血を流してきたギロチン台の階段を上っていく。

「ダントンの死」は革命劇というよりは挫折者の心象を描いた劇だろう。先に述べたが、ビューヒナーは大学生のとき、自由思想が弾圧されていた故郷の農民たちの搾取されている姿に衝撃を受け、彼らを覚醒させる必要を感じて「人権協会」というドイツ最初の共産主義団体を設立、政治的な煽動文書「ヘッセンの急使」を起草するもスパイによって動きは官憲に筒抜けであり、さらに文書を配られた農民たちは読みもせずに官憲に届けてしまう。関係者が次々に投獄されていくなか、逃走資金を稼ぐ目的で書かれたのがこの「ダントンの死」だった。そこに、ビューヒナー自身の、苦い政治的挫折の体験が織り込まれていたとしても自然だろう。ダントンを捉えた虚無も倦怠も、つまるところ彼の挫折に端を発している。

「レンツ」「ヴォイツェク」で狂気を鮮やかに描き出したビューヒナーは「ダントンの死」にも一人の狂人を登場させている。カミーユ・デムーランの妻リュシールがそうだ。しかし一旦は狂気に囚われた彼女も夫の死の間際に正気を取り戻す。彼女が、夫が同志たちとともに殺された処刑台の階段に腰を下ろす場面がこの戯曲の最後の場面になる。そこへパトロールの一隊が現れて、彼女に問う、何者かと。リュシールは少し考えたあと、意を決して「国王万歳!」と叫び、連行されていく。そして幕。すでにダントンの妻ジュリー(架空の人物)がそうしたように、リュシールもまた夫の後を追ったのだった。どこか敗北を覚悟して醒めたような男たちと比較したとき、この女たちの烈しさ、したたかさ――決して登場場面は多くない――は強く印象に残る。冒頭付近にも暮らしのために身を売る少女が登場していた(彼女を買う金持ちたちへの憎しみを市民は募らせる)。


1923年にヘッセン州の文学賞として設けられた「ゲオルク・ビューヒナー賞」は非常に権威のある文学賞で、現代の重要作家の殆どが受賞しているとされる。ある受賞者は、彼の書簡を読んで、これが同時代の人間の書いたものではないと信じるには大変な努力が必要だ、と受賞講演で述べたというが、いやさ彼の文学自体が、時代の制限を軽々と越えて遥か現代までを射程に入れた「規格外」の文学だった。だから何度でも読み返す。本書は文庫ながら詳細な注、作家の年譜、「ダントンの死」関係人物一覧が付き、彼の文学の受容史が解説されている。



4003246918ヴォイツェク ダントンの死 レンツ (岩波文庫)
ビューヒナー Georg B¨uchner
岩波書店 2006-10-17

by G-Tools



レンツの代表作2篇を収録する。彼を主人公に据えた小品を、ローベルト・ヴァルザーも書いている。
4862653944家庭教師/軍人たち
J・M・R・レンツ 佐藤研一
鳥影社 2013-02-25

by G-Tools



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』 ビューヒナー epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる