epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『行動分析学入門』 杉山尚子

<<   作成日時 : 2014/01/02 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

行動から人間を見る。

行動分析学は1930年代に米国の心理学者B・F・スキナーによって創始された心理学の一体系で、人間や動物の行動全般を分析する。ここでいう「分析」とは原因を明らかにするというほどの意味だ。「人間や人間以外の動物の行動には、それをさせる原因があるのであり、その原因を解明し、行動に関する法則を見いだそうとする科学が行動分析学なのである」。行動の原因と法則が明らかになれば日常に応用してわれわれの行動を変えることも可能になる。健康によくないとわかっているのに煙草がやめられない、ぎりぎりまで布団から出られず職場や学校に遅刻してしまう、仕事の期限が迫っているのに誘われると遊びに行ってしまう、など、日常生活で行動に何らかの問題を抱えている人は少なくない。行動分析学は、これらの問題をなぜしてしまうのか、「行動の法則」に基づいて解明できる。人はすべきでない行動をするのにも、「理由があってしてしまうのだし、やらないのである」。

行動分析学の勘所は行動随伴性という概念にある。行動と、その直後に起きる状況の変化の関係をさす概念で、たとえば、
・電気のスイッチを押す→部屋が明るくなる
・手をこたつに入れる→手が温かくなる
というようなものだ。

例を挙げる。ある人が左手をこたつに入れたまま食事をしていた。心的な説明を用いれば、この人は「行儀が悪い」「だらしない」人ということになる。しかし行動分析学は心的な説明を排除して科学的に考察する。なぜ左手をこたつに入れるのか? その原因は? 左手が寒いから? そこでこの人の左側にストーブを置いた。すると左手をこたつに入れなくなった。随伴性が変化したからだ。行動を随伴性によって見ることの利点は、個人攻撃の罠を避けられる点にある。片手で食事するので家族からは「行儀が悪い」「だらしない」人だと思われていたのが寒さのせいだと判明したのなら寒くないようにすればいいだけのこと。人間誰しも、自分にとって不快な、迷惑な行動をする人間に「身勝手だ」とか「頑固だ」とか「意志が弱い」などのラベルを貼って非難してしまうものだが、行動随伴性で行動を捉え直すことによって建設的に考えられるようになる。

行動分析学には行動随伴性のほかに、「好子/嫌子(こうし/けんし)」による「強化/弱化」の法則というのがある。好子とはわかりやすくいえば行動者にとっての快、嫌子はその逆の不快なこと。「強化」「弱化」は頻度の多寡をさす。具体例を挙げる。
・手をこたつに入れる→手が温かくなる
この場合、「手をこたつに入れる」という行動をすることによって、行動者は「手が温かくなる」という好子(快)を得ている。人は、好子を得た行動を繰り返す傾向がある。この行動者は、翌日も、寒ければ手をこたつに入れるだろう。「手をこたつに入れる」という行動は「強化」される。このケースを「好子出現の強化」という。
では、こたつに手を入れるたびに家族から「行儀が悪い」「だらしない」とガミガミ怒られたらどうだろう。これは嫌子(不快)になる。人は嫌子を得た行動を避ける傾向がある。この行動者は翌日、もしかしたらまた怒られるのが嫌さに手をこたつに入れないかもしれない。このケースは「嫌子出現の弱化」という。
要するに人は、結果が快になる行動は繰り返し、そうでなければしなくなる、というほどのことだ。二度寝をして遅刻してしまうのは、二度寝の気持よさ(好子)が遅刻することによるデメリット(嫌子)を上回っているからしてしまうのだ。煙草がやめられないのも、ダイエットが続かないのもそう。煙草を吸う、ケーキを食べるという好子が、健康に悪い、太る、という嫌子を上回っているからやめられない。「60秒ルール」という概念がある。行動の直後60秒以内に結果が出るか否かが行動の増減に関係している、とするものだ。煙草を吸う、ケーキを食べるという行動の結果は、気分がいい、美味しいなどの好子としてすぐに得られる。しかし嫌子となりうる肺癌の危険だとか体重の増加だとかは60秒以内には現れない。だから、つい目先の好子を優先してしまう。意志が弱いのではない(「意志が弱い」と責めるのは個人攻撃の罠だ)、それが人間の行動の法則なのだと行動分析学は教える。

ではどうしたら行動分析学に基づいて行動を変えることができるのだろう。
行動に新しい随伴性を加えればいい。禁煙を促進する薬に、煙草を吸うと気分が悪くなるというのがあるという。これを使用して、
・煙草を吸う→気分がいい
という「好子出現の強化」から
・煙草を吸う→気分が悪くなる
という「嫌子出現の弱化」に変われば禁煙できるかもしれない。
甘いものを食べてしまう女性は、その都度恋人に罵られるという新しい随伴性を考えた(奥田健次『メリットの法則』)。
・ケーキを食べる→美味しい
という「好子出現の強化」から
・ケーキを食べる→罵倒される
という「嫌子出現の弱化」への変更(罵倒されるのがご褒美なら好子かもしれない)。

行動を変えるには随伴性を変えればいい、行動分析学はそう考える。ただし管理人としては、嫌子によって行動を変えるのは避けたく思う。なぜか。たとえばダイエットするとして、「憧れの芸能人の誰それみたいになりたい」と思って始めるのと、崩れた体型の誰かを見て「ああいうふうにだけはなりたくない」と思って始めるのとどちらが健康的な思考だろうか。前者は憧れによるポジティブな行動の制御だが、後者は嫌悪感(あるいは恐怖?)による行動の制御であり、ネガティブな思考に基づく行動というのは即効性はあっても継続性に欠けるように思える(個人の経験則に基づいた素人考えだけれど)。事実、嫌子による制御は嫌子が排除されると以前の状態にすぐ復帰してしまうという(例:教室で生徒が騒ぐ→先生が注意する→先生がいなくなる→また騒ぎ出す)。だから、できれば新しい好子によって行動を強化したい(「安全を求め、死から遠ざかろうとする行動は真の喜びを与えない」という中井久夫氏の言葉も想起される)。

禁煙にせよダイエットにせよ、記録をつけるという行為は馬鹿にできない。蓄積されていくことが自信に繋がり、蓄積そのものが楽しみになる。ツールは手軽であればあるほどいい。すぐ入力できて、いつでも確認できるものであればあるほどいい。探せばスマートフォンのアプリに適当なのがいくらでもあるだろう。奥田健次氏による『メリットの法則』というやはり行動分析学を扱った新書には、スポーツクラブに通う好子として美男のコーチに会う、というのを挙げているケースがあった。それも一法だろうが、他人に依拠した好子はできれば避けたい。他人をあてにしすぎるのは危険だからだ。そのコーチが異動になっていなくなってしまう可能性は少なくない。そうしたらまた新しい好子を見つけなくてはならないし、見つからなければ最悪通うのをやめてしまうかもしれない。だから自分で管理できる好子であるほうが望ましい。1回スポーツクラブに行く毎に手帳にシールを貼って、100枚になったら海外旅行に行く、というケースのほうが自分で管理できる好子であるぶん強固であり、継続性がある。長期的な目標であるほど、好子は自分が管理できるものにするべきだろう。
「抹殺法」も部分的に行えば効果的だろう。周囲から煙草やお菓子に関する一切を廃棄する。売り場に近づかない(出かける時最低限のお金しか持って出ない)。精神的な「決意」などしなくていい。物理的に「遮断」するほうが効果的だ。煙草が吸えなかったせいで、お菓子が食べられなかったせいで死んだ人は歴史上いないだろう。

したいと思っているのにできない理由は、意志が弱いからでも、やる気がないからでも、怠け者だからでもない。好子/嫌子の制御がうまくいっていないためだ。行動分析学はそう教える。そのことに励まされる。できない自分やできない他人を、もう責めなくていい。できない自分やできない他人を、もう嫌いにならなくていい。個人攻撃の罠から抜け出して、好子の得られる環境を整えよう。行動分析学の教えは建設的で素晴らしい。日常生活に取り入れたい。しかし、人間の行動のすべてが本当に好子/嫌子の出現如何で説明し尽くせるものなのか、多少の疑念はある。「こころ」とは行動であるという行動分析学の考え方があるようだが、果たして人間はそこまでシンプルな存在だろうか。行動分析学はある程度臨床的に効果があるとする記述が見られるが、中井久夫氏の著書に出てくるような病者(たとえば、結婚後最初の里帰りで生家から出られなくなった女性のケースなど)はどう説明するのか。奥田氏は「こころのなかに何かがある」と考える読者は、そう考える自身の随伴性を考えてみてはいかかが、と述べているが、このような記述には首肯しかねる部分がある。科学もまたひとつの宗教ではないのかと管理人などはつい思ってしまうから(「医学を信じないのはひとつの愚行であるだろう、医学を信じることが更なる愚行でないとするなら」――マルセル・プルースト)。


あくまで本記事は行動分析学のごく一部を紹介しているに過ぎない。詳細は本書をあたられたい。

4087203077行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)
杉山 尚子
集英社 2005-09-16

by G-Tools



4087206645メリットの法則――行動分析学・実践編 (集英社新書)
奥田 健次
集英社 2012-11-16

by G-Tools


お話形式の行動分析学の本。
494655307Xパフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学
島宗 理
米田出版 2000-03

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『行動分析学入門』 杉山尚子 epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる