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zoom RSS 『ゴプセック 毬打つ猫の店』 バルザック

<<   作成日時 : 2014/01/28 00:00   >>

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欲望の文学。

「ゴプセック」の語り手、代訴人のデルヴィルは若いころ「中庭もない、じめじめと薄暗い」パリのアパルトマンで暮らしていた。隣に住む高利貸のゴプセックは質素な生活をしているものの、実際には世の中を動かせるほどの巨万の富をもっていた。ある日ゴプセックのもとを一人の貴婦人が訪れる。レストー伯爵夫人。彼女は愛人が払えなくなった手形を代わりに支払うため高利貸にダイヤモンドを差し出す。ところが後になって、彼女が金に変えたダイヤモンドは彼女のものではなく夫の家の家宝であることが明らかになる。伯爵は妻の不倫とそれによる浪費を恐れていた。彼女はやがて伯爵家の財産すべてを愛人のために使い果たしてしまうのではないか。それを避け、自らの財産をとりわけて唯一自身の子と認める長男のためにとっておきたい、伯爵はゴプセックとデルヴィルにそう語り、二人はそのための手続きに協力する。心労は、もともと強いほうではない伯爵の心身を蝕み、彼を死へと追い詰めていく。夫は死の床に就いている、しかし夫人には彼の生死よりも彼が代訴人に書かせた証書が気がかりだった。夫が死ねば財産はすべて長男のものになり、自分とほかの子どもたちは無一文で路上に放り出されるのではないか――その恐怖は想像すればするほどいよいよ彼女を圧倒し、正常な思考力を奪う。遂に伯爵は死に、報を受けて屋敷に到着したデルヴィルとゴプセックは、夜叉の形相で死者の寝室から証書を見つけ出して火にくべようとしている伯爵夫人を見出す。
私たちの目に飛び込んできた光景の凄まじさといったら。寝室を、ぞっとするような混乱が支配していました。絶望に髪をふり乱し、目をぎらぎらさせた伯爵夫人が、ごちゃごちゃに引っかき回された衣類や書類や紙屑のなかに、呆然と立ちつくしていました。死人を前にしながら見るも忌まわしい混乱ぶりです。伯爵が息をひきとるかとらないうちに、夫人は書き物机やそこらじゅうの引き出しをこじ開けたのです。夫人の周囲の絨毯はその残骸で見えないほどで、家具はいくつか、書類ばさみはいくつも壊されていて、そのすべてに大胆な夫人の手のあとが残されていました。(略)伯爵の遺体はベッドと壁のすきまにあって、鼻をマットレスのほうに向け、ほぼベッドと垂直に、人をばかにしたように投げ出されていたのですが、それはまるで床に散らばる紙の封筒同然でした。

金銭問題のみが人をこのように狂わせる。伯爵の財産は長男一人を相続人に指定しているが、その管理はゴプセックに委ねられていた。この老高利貸は、少年だった相続人が成年に達するいま、死の床にいる。彼の死をもって伯爵の財産は長男のものになるだろう。瀕死のゴプセックは伯爵家の一件で仲違いをしたデルヴィルを呼びつける。自らの巨万の富を唯一の血縁者に譲りたいからその遺言を執行してほしいと依頼する。その人物は「しびれえい」とかいうあだ名の娼婦で、天使のように美しいという。デルヴィルが承知すると、ゴプセックは安堵して事切れる。その住居(かつてデルヴィルも住んでいたアパルトマンは現在ではゴプセック一人が全部屋を借りていた)には生前に彼が溜め込んだ商売絡みの雑多な贈り物が溢れていた。腐臭を放つ高級食材にはうじ虫が這い、調味料や酒の入った箱や樽が乱雑に積み重なり、家具、銀器、絵画、美しい骨董品の数々が無造作に床に転がっている。適当に本を開けば紙幣が何枚も出てくる。これらは債権者から贈られたほかに高利貸の手もとに残された担保の品だった。利益を追求する高利貸はこれらの品々を売り捌こうとしたのだが、商人とのあいだで価格をめぐって取引が延びるうちに放置されて、その間にも品物は増え続けて現在の状況を招いたのだった。物――資産――に埋め尽くされた死の床の醜悪さはデルヴィルを慄かせる。

「ゴプセック」で扱われる、手形による決算問題は今日の日本の読者にはやや分かりにくい。当時のフランス社会の決算システムの解説が助けになる。解説によると、当時フランスでは、支払いは現金ではなく主として手形で行われていた。手形は12ヶ月または18ヶ月後を決済期限とする。手形決済とは(現在のクレジットカード決済と同じで)支払遅延システムであり、期限前に換金しても半分の額にもならないという特徴を持つ。本来の額との差額は手形の決済期限まで待てる者(たとえば高利貸)の取り分になる。
手形とは、一年とか一年半という時間の落差を超えて、ようやく額面通りの金額が回復されるシステムであって、その落差を超えずに早めに換金しても、迫った期限を別の担保で延長しても、割引率や負担すべき利子という別の差異が生じるのです。そしてこの差異を自らの利益として生きるのが高利貸です。高利貸とは、時間差を住居としながら、手形の額面との差額によって糧を得る存在であって、こういってよければ、彼は利鞘という差異と引き換えに、猶予というかたちで時間を融通する存在にほかなりません。

支払い(金)の恐ろしさは手形の支払期限が迫ったときに実感される。賭博の負けを手形で支払った男が期限になっても払えそうにないからと宝石を担保を入れれば、今度はその宝石を取り戻すのに当初の手形による借金の額を上回る金が必要になる。猶予を求める者たちを――時を操るように――食い物にして高利貸は肥え太っていく。しかし彼が操った気になっている「時」はやがて死となって彼に牙を剥くだろう。前述した、腐敗した食材や売れなかった物に囲まれて死んでいったゴプセックの姿にはバルザックの残酷なユーモアがこめられてあるように見える。時とともに人間はみな死ぬ。必ず死ぬ。死ぬからこそ生を謳歌しようとする。謳歌するとは抱える欲望を叶えるということだ。けれども欲望には際限がなく、次また次と追い求めていくうちにわれわれの心も身体もいつしか衰え遂に死ぬ。欲望は生きるエネルギー、そして欲望を叶えようとする人間の足掻きこそ、死の――時の、といってもいいかもしれない――宣告に対する人間の(ささやかすぎる)反逆にほかならない。生、欲望、死。これら人間の宿命を、バルザックは戯画的に描き出す。性欲に憑かれたような『従妹ベット』の老人たちも、命と引き換えにあらゆる望みを得ようとして遂に挫折する『あら皮』の青年も、ともにわれわれの分身と思える。金、恋、名声、快楽。それらを猛烈に追い求めるバルザックの登場人物たち。彼の文学が――その殆どを読んでいないのだけれど――もし欲望の文学だといえるとするなら、そこで描かれる欲望の追求は、われわれ人間がいずれ必ず死ぬ存在であるという動かしがたい現実への認識に基いているのだろうし、だからこそ、われわれは彼の文学に時代や国境を越えた感動を覚えるのだろう。
伯爵夫人の疲れた顔色は、祝宴の名残をちりばめたこの部屋に似ていた。こんなふうに散らかった細々としたものを見ていると、あわれをもよおしてくるが、前夜、それらが一つにまとまって使われたときには、相手を夢中にさせたのだった。良心の呵責にさいなまれたこうした恋の残滓、浪費と贅沢と喧騒に充ちた生活のこうした姿から明らかになるのは、とらえ難い悦楽を抱きとめようとするための焦燥にも似た努力なのだ。

焦燥感に駆られて快楽を貪り、金への執着から狂態を晒すことになるレストー伯爵夫人とは『ゴリオ爺さん』に登場したゴリオの上の娘であり、彼女が父親の財産を不倫によって蕩尽したことが本作「ゴプセック」で明らかになった(作中でゴリオへの言及がある)。ゴプセックが遺産の相続人に指定した娼婦「しびれえい」は『娼婦の栄光と悲惨』に登場し、悪党に利用された挙句、自らが莫大な遺産の相続人であることを知る前に死んでしまうという。『人間喜劇』の全作品が人物再登場法の導入によって有機的に連結されるとき、そこには同時に金銭も流入して物語を推進させる役割を果たすと訳者は指摘している。「金銭とは、近代資本主義が動きだした十九世紀の社会という有機体を還流するいわば血液でもあれば、バルザックはそうした社会の深層までも描ききっている」、そこにバルザックの小説のリアルさがある。金銭とはまた、欲望を叶えるための力でもあった。
もしきみがわしくらい長く生きたとしたら、ひとりの男がかかわるに足る確かな価値のあるただ一つのものとは何か、分かるだろう……それは、金さ。金は人間のあらゆる力を代行する。



「毬打つ猫の店」は、すぐれた画家と商家の娘の恋とその挫折を扱う。二人は結婚するものの、蜜月を過ぎたころには互いがまったく異なる世界の住人であることを悟る。妻は夫の気に入る女になろうと努めるも甲斐なく、芸術を理解しない妻に嫌気がさして夫は家を空けがちになる。かつて結婚するとき女の父親は諭したのだった。結婚は同じ階級の者同士でするのがよい、と。その教えを実践した彼女の姉は堅実に家庭生活を送っている。彼女は失敗したのだ。それでも、凡庸な姉夫婦の暮らしぶりを見ていると、自分の抱える悲しみに多少の甘みを感じないでもない――。この短篇は壮大な『人間喜劇』の冒頭に位置する。そのことの意味は、訳者による素晴らしい解説を読むことでよく理解できる。



4003750810ゴプセック・毬打つ猫の店 (岩波文庫)
バルザック Balzac
岩波書店 2009-02-17

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同じ訳者によるバルザック短篇集がもう一冊岩波文庫にある。「サラジーヌ」のミスリードを誘うような叙述(解説で紹介されるロラン・バルトによる批評も本編に劣らずスリリングだ)、「ピエール・グラスー」の主人公の愛すべき凡庸さ、どちらも一読して忘れがたい。
4003750829サラジーヌ 他3篇 (岩波文庫)
バルザック 芳川 泰久
岩波書店 2012-09-15

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