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zoom RSS 『孤島』 ジャン・グルニエ

<<   作成日時 : 2014/02/25 00:00   >>

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この世の王国。

哲学的エッセイ。著者のジャン・グルニエはアルジェ国立高等学校および大学予科で哲学教授を、パリ大学で美学教授をつとめた人物。本邦ではアルベール・カミュの師として知られているだろう。1930年、グルニエが哲学教授に就任した年に、「肩幅が広く目の鋭い、きりりとした顔つきの少年」が入ってくる。運動神経にすぐれ、国語の成績が抜群だったこの少年はしかし、しばらくすると学校へ来なくなる。病気だと知り、タクシーに乗ったグルニエが到着したのは貧民街の陋屋で、1歳のときに父親を戦争で亡くしたカミュは文盲の母親と祖母の三人で暮らしていた(カミュは7歳だった1920年に、国家保護を受けられる戦災孤児に認定されている。「私は自由を、たしかに貧困のなかで学んだ」――カミュ自身の回想)。これをきっかけに二人は親しくなり、師弟関係はこののち30年にわたって続くことになる。

本書の話題になるのは空白について、飼い猫について、旅について、地中海と島々について、など。全篇を貫く主題はおそらく「至福の瞬間」の啓示だろう。訳者によれば、この「至福の瞬間」とはネルヴァルボードレールやプルーストが体験した、天啓的、直感的な歓喜、完全な幸福の瞬間で、彼らの文学的創造の源泉となった心理現象のこと。グルニエ自身はこの瞬間について詳述しておらず、あくまで暗示的な叙述に留まっている。そのため読者各人がその瞬間について考察することになるが、管理人が思うに、日常において不意にわれわれを襲う幸福感を指しているのだろう。たとえば沈む太陽とひとつに溶け合う夏の海を眺めたり、モーツァルトの音楽を聴いたり、知人の子どもの顔によく知っている親の顔の特徴を見出したりした瞬間に覚える幸福感(現象とわれわれの精神状態が調和したときにのみ感じられる幸福感)。それら「至福の瞬間」は訪れるとすぐに去るだろう。一瞬の高揚ののち、その理由を探る暇もなしに失われ、あとには生への意欲――もっと生きたいという意欲――が、陶酔感とともに余韻のように残される。そのとき、われわれは一瞬、自分が死すべき運命を背負った存在であることを忘れる。「至福の瞬間」そのものであるプルーストの無意志的記憶の想起があれほど語り手に歓喜を与えたのは、それが、過去は失われたのではなくただありかを忘れられただけで常にわれわれの心の奥深いところに眠っているのだということ、過去と現在は地続きであって生は織物のように命ある限り織られ続けているのだということ、そういう認識が得られたからだろう。人間は通常、現在という断片(瞬間)でしか生を把握していない。けれども無意志的記憶の想起は断片を越えて全体としての生のヴィジョンを体験者に与える。甦った過去によって自身の生命力を回復し、狭い認識の檻から抜け出たような自由の感覚――不滅の感覚――を得たことが、プルーストの語り手の歓喜の理由ではなかった(「新たに美と幸福を意識するたびに私たちの心によみがえってくるあの生きたいという欲望」――「花咲く乙女たちのかげに」)。グルニエの言う「至福の瞬間」もおそらくはこれとよく似たもので、ただ、体験者に訪れるのが過去の想起ではなく、より抽象的な――哲学的な?――美の観念であるという点が異なっている。

祝福された瞬間のことを考えよう。いつか夕方に、ポプラの並木の下を通って、私はそれらの高い枝がみんな一つにとけあっているのを見た。また、私は見た、ある正午を、太陽にまぶしく光る野原を前にして、そして素直にうなずいた。月光に照らされた廃墟を前にして、私は思った、人間は人間から受けつぐことができると、そしてこの受けついだもろいもので足りると。

「猫のムールー」


なぜ旅をするのか、とあなたがたは人からたずねられる。
旅は、つねにみなぎる十分な力の欠乏を感じる人々にとって、日常生活で眠ってしまった感情を呼びさますに必要な刺戟になることがあるだろう。そんなとき、一か月のうちに、一年のうちに、一ダースあまりのめずらしい感覚を体得するために、人は旅をする。私がここでいうめずらしい感覚とは、あなたがたのなかに、あの内的な歌――その歌がなければ感じられるもののすべてがつまらない――をかきたてることができるようなものをさすのである。

「至福の島々」

「内的な歌」とはわれわれが精神とか魂とか呼ぶものの状態を指すのだろう。

ある風景、たとえばナポリ湾とか、カプリ島やシディ=ブー=サイード海岸の花のテラスとかには、たえず人を死にさそいこむ作用があることは真実である。満ちたりた気分は、心のなかに無限の空白をつくる。もっとも美しい景色、もっとも美しい岸辺に、よく墓が立っているが、それは偶然ではない。そこには、まだうら若いのに、一どきに心のなかに射しこんだおびただしい光りを前にして、突然はげしい恐怖にとらえられた人たちの名前が見られる。

「至福の島々」

「至福の瞬間」は体験者にもっと生きていたいという気持を与えるものだが、同時に死の発作として体験者を襲う場合もある。グルニエは上の引用文に次のような注を付けている。「あまりにもよわい存在は、聖者の誘惑とは反対の誘惑にかかる。つまり弱者は生きることを拒否しようとする気持にさそわれる」。

旅をして何になるのか? 山は山に、野は野に、砂漠は砂漠につづくのだ。私にとってはいつまでもそのはてしはなく、私のドゥルシネアを見出すことは決して私にはないだろう。だから、世間でよくいうように、私は長い希望を短い空間にとじこめよう。マッジョーレ湖の貝殻の洞窟や手すりによりそって暮らすことが私にできないからには、それらに立派に代ることができるものを見出すようにすればいい!

「ボッロメオ島」


私をほんとうに南フランスのふところに入れてくれたのは、アヴィニョンの田舎である。それに、私がこの土地を5月のちかちかする微妙な光りのなかでしかふたたび訪れる気にならないとすれば、それははじめてこの土地を知ったのがその季節であったからであり、感情にとっては第一印象だけが大切だからである。しかしまた、この土地と春とのあいだには、リュベロンの山と秋とのあいだのように、深い、目に見えない応和が存在するということも信じたいと思う。同様に、われわれの内奥に眠っているすべての潜勢力を、努力なしにはたらかせる年齢というものが誰にでもあるように思われる。そういう年齢になって、やっと人々は自分のほんとうの存在を再認識し、自分を愛することができるのである。

「見れば一目で……」


福永武彦は長篇小説『死の島』のなかで、人間には北方的と南方的と二種類があるように思う、と登場人物の一人にいわせている。魂の故郷というようなことをいっているのだろう。「北方の国に移されると、私の生活は重苦しくなり詩がなくなる」、グルニエはそう述べる。アルジェリアの海と太陽に包まれて「無限の力」を身内に感じていたカミュも師と同種類の人間だろう。ゲーテ、スタンダール、ニーチェといった名前も連想される。

そうだ、われわれの風土をつくりあげるもの、ある混成物、人ごとに変わる空と土と水との混成物が存在する。それに近づくとき、歩調は重くなくなり、心は花ひらく。しずかな大自然が、ふとうたいはじめるような気がする。そのときわれわれは、さまざまな事物を認識する。まるで恋人たちの一目惚れとでもいおうか。そこにある風景が、胸のときめきをあたえ、長い快楽をあたえる。波止場の石だたみに波がひたひたよせる音に、畑仕事の快いぬくもりに、夕焼け雲に、親愛の情がわく。私にとって、そのような風景は、地中海の風景であった。

「見れば一目で…」


われわれは書物に囲まれ、書物に尻を叩かれてようやく思考を始めるといった連中とは一線を画す。われわれはいつも、外気の中で思考する。――歩いたり、飛び跳ねたり、登ったり、踊ったりしながら。一番好ましいのは、寂寞たる山顛や海辺で思考すること、道そのものさえ思索に耽る、そんな場所で考えることである。書物や人間や音楽に価値を問うためにまず尋ねるべきは、こういう問いだ――「それは歩くことができるか? それにもまして、踊ることができるか?」

ニーチェ 『喜ばしき知恵


グルニエの思索はまさしく戸外の思索だろう。戸外で生まれた思想にこそ価値がある、最近はそんな偏見を抱いている管理人が本書に感じる魅力は、陽光と戯れるような――それゆえの肯定的思想なのか――穏やかな歓喜のトーンにある。眩い陽光と、潮の香りと、寄せては返す波の音。情景の描写はみずみずしく情感に富んでおり読んでいて快い。カミュによる感動的な序文が巻頭に置かれている。




4480013504孤島 (筑摩叢書)
ジャン グルニエ 井上 究一郎
筑摩書房 1991-03

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