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zoom RSS 『悲しみよ こんにちは』 サガン

<<   作成日時 : 2014/03/17 00:00   >>

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少女たちはみな悲しい。

語り手の少女は17歳。美男で女好きの父親はやもめで、一回り年下のエルザを情人にしている。語り手が夏休みのいま、三人は海辺の別荘で暮らしている。波に煌めく夏の陽射し、真っ白な砂浜、頬を撫でる潮風。開放的な気分に浸って、彼女に年上の恋人ができる。ちょうど同じ頃、父親は新しい女を別荘に招く。服飾デザイナーのアンヌは42歳で、美貌と洗練された趣味を兼ね備えていた。「おもしろい、騒がしい人たち」との交際が主だった語り手たちと違い、アンヌが付き合うのは上品な人たちばかり。いわば彼女は別の世界に属する人。きっと彼女は自分たち父娘を軽蔑しているのだろう、そんな気が語り手にはする。父親はアンヌの魅力にすっかり参り、すぐに彼女との結婚を決意する。アンヌもあっさりと承諾する。これまでの子供じみた自分と父親の世界に、彼女が秩序をもたらしてくれるだろう、そう考えて語り手はこの結婚を祝福する気持になる。三人での新生活は、洗練された幸福なものになるだろう。結婚式は夏休みが終わったあとにパリで挙げることに決まり、アンヌはすでに語り手の母親としてふるまうようになる。勉強しろとしつこく言い、恋人との交際には否定的な様子を見せる。これまで「大きな子供」のような父親と二人、自由奔放に生きてきた語り手は、アンヌがもたらす秩序が、世間の常識に則った正しいことだと理解しながらも反発を覚えずにはいられない。これまで自分は、自然に、幸福に、気楽に生きてきた、なのにアンヌは「非難と良心の呵責」を教え、自分を「おとなしく、育ちのよい」人間に矯正しようとしている。いずれ彼女は自分を支配するだろう、そして自分と父はこれまでのような子供じみた陽気さを永遠に失ってしまうだろう。そう考えて語り手はぞっとする。「どんなことをしてもしっかりして、ふたたび父と、昔の私たちの生活を取戻さなくてはならない」。彼女は自分の恋人と、父に捨てられたエルザと三人で共謀してアンヌと父親の仲を裂こうと目論む。
「わかる?」と私は言った、「あの人は、お父様に家庭の落ち着きと道徳を吹き込んだのよ。そして、アンヌはそれに成功したのよ」


語り手の目には、アンヌは非の打ち所のない人間に見える。彼女への反発と憧憬はないまぜになり、語り手自身にも感情の見分けがつかない。ある朝にはアンヌはこれまでの自分たち父娘の幸福をぶちこわすだろうと強迫観念に襲われ、ある夜には彼女の聡明さと品の良さは素晴らしいと感嘆する。二極のあいだを不安定に揺れ動く少女の微妙な心理。彼女は自分が父親の新しい情人――間もなく彼女の母親になる――へ寄せる愛憎が何らかのコンプレックスで説明がつくかもしれないものであることを承知している。父親への近親相姦的愛情。あるいはアンヌへの捻れた執着心。しかし彼女にいわせれば、ことの本当の原因は、夏の暑さと、学校の課題と、恋だった。その三つが絡み合って、彼女を、悪戯では済まされない危険な誘惑のゲームへと駆り立てたのだった。

42歳、孤独への恐れ、もしかしたら官能の最後の訪れ。アンヌが語り手の父親と結婚する気になったのは寂しさからだった。それなのに語り手は、まるでアンヌが生身の人間ではないような、それこそ陳腐な言い方をすれば、堅牢な「大人の世界」の象徴、観念でもあるかのように錯覚し、ゆえに攻撃を仕掛けたのだった。少女の目には強固に見えたけれども、実際にはアンヌとは一人の生身の人間、孤独に生きることに耐えられずにいたか弱い中年女だった。父親がアンヌを裏切るよう仕組んだ誘惑が成功したとき、語り手は、それまでありえないと思えたことに、裏切られた悲しみに顔を歪めて泣いているアンヌを見る。そして、自分が相手にしていたのは、一人の、傷つきやすい人間だったことを知る。
私は突然そのとき、自分がひとつの観念的実在物ではなく、生きた、感じやすい人間を攻撃したのだということを知った。彼女はきっと少しはにかみ屋の小さな女の子だったろう。それから少女になり、女になった。彼女は四十を過ぎていた。そして孤独だった。一人の男を愛し、彼と共に十年、あるいは二十年幸福でいようと希望していたのだ。それなのに私は……。

気づいたときは遅かった。傷ついたアンヌは語り手たちの前から永遠に姿を消してしまう。

抑圧から逃れて、自由なままでいようと望む少女と、よかれと思って彼女を社会の規範どおりに導こうとした大人の女と、どちらが正しく、どちらが間違っていたのか。答えは出ない。出ないまま夏が終わり、秋が過ぎ、そして冬が去ろうとしている。ときどき父親と娘はアンヌを含めて三人で過ごした、去年の夏の回想に耽る。慎重に言葉を選んで、自分たちが傷つくことのないように。あの夏にできた恋人とはすでに別れて、語り手には新しい恋人がいる。父親も新しい情人を得た。そうして今年もまた夏が来る。二人はどこか美しい海辺に別荘を借りて、そこで一夏を過ごすだろう。喜ばしき季節の予感に胸は躍る。それなのにときどき、彼女は不意に、「ものうさと甘さとがつきまとって離れない」感情に襲われる。感傷、悔恨、憂鬱がまざりあったえもいわれぬ感情――それこそが悲しみだった。あの夏、彼女は17歳だった。あの夏、彼女には「太陽と、海と、笑いと、恋とがあった」。生きているかぎり、彼女はこの先何度も夏を生きるだろう。それでも、恐怖と悔恨が、決して忘れられない強烈さで照らしつけたあの悲しい夏を、彼女が再び見いだすことだけは決してないだろう。

もしも語り手の目論見が失敗に終わって、彼女の父親とアンヌが結婚して三人が家族になっていたとしたら、17歳の夏の反発心はやがて薄れ、三人が三人とも幸福になるような未来があったのかもしれない。中年期の女(男も同じだろう)の脆さを知るはずもない少女の傲慢と残酷心が、取り返しのつかない事態を招いた。憧憬と反発という相反する感情を自身でも制御できずにもてあます少女のみずみずしい内面を、けだるいような暑い夏を背景にして過不足なく述べるドライな文体が素晴らしい。主人公は少女だが、抑圧と自由という目線で読めば、年代や性別に関わらず多くの読者が共感を覚える内容であると思う。語り手とは誰か、アンヌとは誰か。十年以上ぶりに再読して、こんなに豊かな小説だったのかと感銘を新たにした。




4102118012悲しみよこんにちは (新潮文庫)
フランソワーズ サガン Francoise Sagan
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
出だしの言葉が秀逸ですね。素敵な文章でした。
私のブログでも、この本にまつわる個人的な体験を書いています。
8月26日の記事です。
よろしければお読みください。
若松若水
URL
2017/08/26 04:29

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