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zoom RSS 『制作』 エミール・ゾラ

<<   作成日時 : 2014/04/18 00:00   >>

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知られざる傑作。

『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの長男クロードは、幼児のころ、絵画を愛好するある老人に画才を認められて彼の養子になり、老人の死後は遺産を頼りにパリに出て画家としての修業を本格的にはじめる。しかし、高名な画家のアトリエに通って教えを乞うても、クロードには彼らの技法が飽き足らない。絵画の至上命題は、画家の胸中にあるものを表現することである、そう信じる彼は、「陽の入らないアトリエ」で書かれる「暗い絵」ではなく、外光を取り入れた、明るい、「わかわかしい絵」を描こうと屋外での写生に熱中する。ある夏の嵐の夜、散歩から帰ったクロードは、アパートの自室のまえでずぶ濡れになってうずくまっている若い女と遭遇する。聞けば田舎からパリに出てきたばかりで、目的地へ向かっている途中で馬車から放り出されたのだという。いまからそこへ送っていってほしいと懇願する彼女に、こんな天気の夜に馬車が拾えるはずがないとクロードは諭して一夜の宿を提供する。気性は激しいが根は人の好い彼には下心などなかった。女に寝台を貸し、自分はソファで寝て、翌朝、夢だったような昨夜の出会いが現実だったのかと訝れば、寝台にはたしかに女が寝ていて、昨夜は暗くてよく見えなかったのだが彼女はとても美しく、ちょうど、どうしても仕上げられずにいる制作中の絵のモデルに理想的と思えた。やがて二人は親しくなって同棲する。彼女クリスティーヌにモデルになってもらえば制作は捗った。しかし、画面中央にでかでかと裸の女を配置した彼の自信作は人々の目には奇異に映り、展覧会で嘲笑の的になる。自分の絵はとうてい理解されない、クロードはそう悟るも、思い切れず新しい制作に没頭する。旧態依然としたアカデミーからは排除され、大衆の理解も得られず、孤独な苦闘を続けるうち狂気に憑かれ、絵のなかの女が生きているように思えてくる。クリスティーヌは夫を作品から離して現実生活に戻そうとするが叶わない。そしてある夜更け、クロードは絵の女が呼ぶ幻聴に誘われて寝床を抜け出し、件の絵のまえで首を吊る。

本作は、第二帝政期のある一族を「遺伝」と「環境」の二要素で規定してその歴史を描いていく「ルーゴン・マッカール叢書」の14巻。管理人は全20作の「叢書」中、『居酒屋』と『ジェルミナール』と本作しか読んだことはないが(『ナナ』は途中で挫折した)、三作とも「叢書」の趣旨を気にせず、それぞれ独立した一篇として読んでもじゅうぶんな満足が得られる名作であると思う(アルコールで身を滅ぼす母親と、狡猾な怠け者の父親をもつクロードだが、両親からの遺伝は作中でとくに問題視されていない)。本作は訳者によればゾラの自伝的要素の濃い作品であるという。主人公クロードの幼友達で、よき理解者でもある作家サンドーズがゾラの分身だろう(美術批評や文学論は作者のそれと一致している)。ゾラは父親の仕事の都合で引っ越しを繰り返す少年時代を送った。南フランスの中学校に転入すると地元の悪童たちにいじめられたが、そのとき助けてくれたのがポール・セザンヌで、彼がクロードのモデルになっている。ゾラとセザンヌは一緒になって郊外の山野を駆け回り、川や池で水浴し、ロマンチックな夢想に耽る少年期を過ごした。クロードとサンドーズが郷里で過ごした日々の回想――及んではいないもののフローベールの『感情教育』のラストのような――に耽る場面に思い出が投影されている(構成的にこの回想は序盤ではなく終盤に置くべきではなかったか)。パリで芸術修行に励む彼ら二人の周囲には、同じように新しい芸術を夢見る若者たちが数多くいる。ある者は絵画で、ある者は彫刻で、ある者は文筆で、それぞれ自らの理想美を表現せんとする野心に燃えている。やがて時が流れ、彼らのなかの誰かは出世し(しかしそれが芸術的に価値のあるものか否かは別問題だ)、また誰かは挫折するだろう。(世俗的な)幸運を掴んだと思われたのに惨めな結末を迎える者もいる。そしてクロードは、彼の名前は新しい芸術家たちの指導者として知られていたので旧弊なアカデミーからは嫌悪され、友人のお情けで小品が一作入選しただけの画家として生涯を終える。彼の周囲のごく僅かな人たちを除いては、理解されなかった知られざる天才画家として。

理解? しかし、人は――個人的な好悪を抜きに――芸術作品の価値をどうやって測るのか。クロードの画家としての信念は、自分が見たままを描くことだった。彼が自らの技法を先鋭化させ、独自性を極めれば極めるほど、ついていける者の数は減るのが道理ではないのか。より個人に即したものを、彼以外の人間が理解でき、共感できることの不可解さ。技術の巧拙という問題ならばまだ判断もできるだろう。しかし画家のヴィジョン――見る目とその表現――はどう評価すればいい。たとえ今日は評価できたとしても、その評価が後世でも通用するとは限らない。時代に埋もれ、再び蘇生する画家がいれば、その反対の画家もいる。だとすれば芸術はどこまでもあやふやにしか評価できない、時代や人によって評価がうつろう陽炎のようなものなのか。新時代の画家の筆頭と目されたクロードは食うものにも困る有様なのに、彼の技法を盗んで俗受けするようなアレンジを加えた別の画家は時代の寵児としてもてはやされている。絵よりも先に署名を見るような大衆に、芸術の何たるかがどうして理解できるだろう。作中である人物がいうように、芸術家の成功とはもしかすると事故のようなものなのかもしれなかった。

本作は芸術品が投機の対象となっていく時代のパリを舞台にしている。ある画商は秀れた絵などは「鼻で笑って」相手にせず、「ひと儲けできる」、「たとえ似非芸術家であろうと、絵画市場で俗受けのしそうな見栄えのいい画家」の作品を買い求める。芸術がわからない画商であっても、やはり芸術がわからないのに虚栄心から絵を買ったり、株を買うのと同じ感覚で絵を買うブルジョワたちを相手に商売するぶんには差し支えはない。芸術はいまや「経済」に屈服したように見える。芸術作品は、それを生み出す能力のない凡人のためのアクセサリー(あるいは富の記号)として消費される。この傾向は現代まで続いているだろう。資本主義の世界においては芸術作品もまた――あらゆる製品がそうであるように――消耗品でしかないのか。賞に拘泥するクロードの周囲の人たちを見れば、芸術の、権力(権威)への屈従という図式もまた見える。芸術というとなにやら高尚に聞こえるが(現代においては滑稽感も伴うか――「「ぼくがアーティストだぞ」といった種類の、いささか仰々しいこっけいなせりふ」――ミシェル・ウエルベック『地図と領土』)、結局は人の営みである以上、世俗と無縁にあり得はしないというほどのことだろう。

独自をいけばいくほど理解から遠ざかり孤独を深めていくクロード。小説の後半では狂気の兆候が現れ、次第に現実世界への関心を失い、制作中の絵を仕上げることに全霊を傾ける。その大作のなかでひときわ彼が執着していたのが一人の裸婦だった。妻クリスティーヌをモデルにしたこの裸婦はモデルよりも若く美しい。年をとり、身体の線が崩れつつあるのを自覚している妻は、絵を見るたびに激しい嫉妬を覚えずにいられない(「いまや彼女自身が彼女の恋仇だった」)。生身の存在しない絵具の塊――「ほこりのかかったカンヴァスの上の絵具」――に、彼女はいまや夫を取られようとしている。憑かれたように制作にのめり込む夫の体調の心配と、自分の嫉妬心から逃れたいとの思いから、クリスティーヌがどうかあの絵を燃やしてほしいと懇願すれば、クロードは一旦は承知するものの、結局は深夜に絵のなかの女の呼び声を聴き、彼女に誘われてそのまえで首を吊るとはすでに述べた(クロードが幻聴に返事をする場面のそっけない叙述にはリアリスティックな凄みがある)。絵のなかの女との心中、あるいは制作者の屍をそのまえに置くことで遂に完成する呪いのような絵。縊死した夫を目撃して気絶するクリスティーヌの真上では、絵の女が「不死の姿で屹立し、勝ち誇っていた」。創作者の作品創造の苦しみが本作の主題であるとゾラは述べているが、それ以上に、一人の男をめぐる二人の女――もともとは一人の女だが――の情念のドラマの部分がとても読みごたえがある。

二項対立の概念や明暗を対比させる手法によってゾラの小説はダイナミックに展開する。『居酒屋』ではジェルヴェーズの夫になる二人の男や彼女の人生の浮沈がそれにあたり、『ジェルミナール』では資本家と労働者や地上(生活)と地下(労働)がそれにあたる。本作においては芸術(の理想)と現実、現実と絵のなかの女が鮮やかなコントラストをなしている。これら三作のどれもが金銭問題をゆるがせにしていないところがいい。金銭問題は資本主義社会に生きる現代の読者にとってもっともリアルな問題(のひとつ)であるから。実際、ゾラほど切実に貧困を描ける作家はあまりいないのではないだろうか(「貧乏人の女房はすべたなのに金持ち連中の女房はきれいだ。これは何百年にも由来する次第の結果だ。人間の生活が始まって以来の成果なんてそれだけだ」――セリーヌ『夜の果てへの旅』)。




4003254554制作 (上) (岩波文庫)
エミール・ゾラ 清水 正和
岩波書店 1999-09-16

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エミール・ゾラ 清水 正和
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