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zoom RSS 『シュルレアリスムとは何か』 巖谷國士

<<   作成日時 : 2014/05/05 00:00   >>

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通底器。

20世紀初頭に登場したシュルレアリスムという思想と運動について、「メルヘン」と「ユートピア」を絡めつつ論じた講義を書籍化したもの(本記事では第一部「シュルレアリスム」のみ扱い、第二部「メルヘン」および第三部「ユートピア」にはふれない)。

今日、われわれは現実離れしたもの、突飛なものに関して「シュールだねえ」という反応を示す場合がある。しかし「シュール」という語はシュルレアリスム本来の意味を離れてしまっている。シュルレアリスムとは「シュルレエル」と「イスム」であって「シュール・レアリスム」ではない。そして「シュルレエル」とは「超現実」というほどの意味で、これを「超現実主義」と訳すのは正しいが、この「超現実」は、いまここの現実世界とは別次元のワンダーランド――アリスの地下の「不思議の国」のような――や、作家の主観的な幻想の世界のことではない。「超現実」の「超」は「過剰」や「強度」と解釈するのが正しく、瀧口修造の言葉を借りれば、たとえば「超スピード」という場合の「超」に近い。「上位の現実」としての「超現実」。また、シュルレアリスムの絵画――ダリやマグリット――を見れば明らかなように、シュルレアリスムは徹底して客観的に表現することをその特徴としている。「超現実」とはあくまで現実の延長線上にある。現実に内在している「超現実」の部分を捉え、表現することがシュルレアリスムの思想である。

1919年、詩人アンドレ・ブルトンは幾つかの困難に直面していた。それまでの西欧の価値観を粉微塵にするような第一次世界大戦の終結、自身の分身のようだった人物の死、そして物を書くことへの疑念。若くしてポール・ヴァレリーに才能を認められながら、時代状況と個人的事情から、以前のように無反省には書けずにいた彼の脳裡に、半睡状態だったある夜、意味不明な語――イメージ――が去来する。覚醒と睡眠の中間で生まれる言葉の不思議さ、曖昧さを捉えることはできないだろうか。そう考えたブルトンは「自動記述」を思いつく。これから書くことをあらかじめ想定せず、ただ筆が滑るに任せて書き継いでいったらどうなるか、の実験。毎日毎日、ノートを広げ、予定はせず、ひたすら書く、スピードを上げながら。すると次第に狂気や死への欲動を自覚するようになって実験は中止される。このときのノートが現在も残っていて、著者が見たところ幾つかの特徴が見られたという。ひとつは、スピードが速くなるほど「私」を表す主語がなくなっていく、ということ。もうひとつは、動詞が過去から現在へと移行していき、遂には動詞がなくなってしまう、ということ。「私」がなくなり、時制もなくなった文章の例として次のようなものが残っている。「シュザンヌの硬い茎、無用さ、とくにオマール海老の教会つきの風の木の村」。「自動記述」のスピードを増していくにつれて観察される文章の変化について、自身の体験を踏まえながら著者は次のように総括している。
「私」がだんだんなくなり、あるところまで行くと、「私」の思い出を語っていたものが徐々に変化して、こんどは何ものかの現在を書くようになります。「私」という主語がのこっているとしても、動詞の現在形が多くなり、やがて活用しなくなる。

最終的には自分が書くというところから、「だれか」が自分を書くとか、「だれか」によって自分が書かれるとかいう状態に行く。書かれたものは主語や動詞がだんだんなくなってゆく。主語があって、動詞があって、それらに統御された客観物としての目的語や補語があるというような、いわゆる文章の通常の構文ではなくて、大方がオブジェすなわち客体であるような、つまり客観的な世界です。

主観的な幻想の世界をシュルレアリスムと見るのは誤りで、客観が人間に訪れる瞬間を捉えるのがシュルレアリスムの文学や美術の本来のありかたなのだ。ところで記述には、通常の記述と「自動記述」の二種類があるわけではない。人は物を書くとき、何から何まで書く内容を決めてからとりかかるのではないだろう。多かれ少なかれ、無意識的に書いている。文章の流れに乗りながら、オートマティックに書いている。程度の差こそあれ、書くことのうちには自動的な部分がある。書くスピードをどんどんアップしていく実験によって、ブルトンは、通常の記述と「自動記述」が段階的に連続していることを立証した。シュルレアリスムが「自動記述」実験によって生まれたことを考えれば「超現実」と現実が連続しているというのも頷ける。この連続性という概念がシュルレアリスム理解の鍵になる(「「自動記述」を抜きにしてシュルレアリスムを語った場合、たいていはうまくいかない」)。

のちブルトンは「シュルレアリスム宣言」を執筆する。当初彼は「自動記述」がシュルレアリスム思想の肝と考えていたので、美術にもシュルレアリスムが適用可能であるのかどうか疑っていた。しかし1924年に「宣言」が出、パリでシュルレアリスム運動が開始されると多くの画家がこれに参加した。アンドレ・マッソンは「自動記述」の絵画版というべき「自動デッサン」を試み、マックス・エルンストはコラージュ作品を制作する。エルンストはコラージュ制作のきっかけとして、カタログや図鑑などを見ていたとき、そこに掲載されている商品写真やイラストが幻覚のように自分にとりつくのを感じたからだと述べている。自分がコラージュによって既成の図版を主観的に結びつけるのではなく、「それらがお互いに結びついてくる状況を観客のように見」ているのだ、とも。「観客のように」――述べるまでもなく彼の制作にも客観性というシュルレアリスムの特徴が表れている。第一次世界大戦直後、兵役から戻ってケルンの廃墟を目のあたりにしたエルンストにとって、コラージュのために画像を鋏で切り取る行為は「死」を、糊で貼り合わせて新たな画像を作ることは「蘇生」を意味していたという(『<遊ぶ>シュルレアリスム』)。

コラージュがもたらす驚異の効果を「デペイズマン」という。「デペイズマン」とは本来のところから別のところへ移すことを意味する。「解剖台の上のミシンと雨傘との偶然の出会いのように美しい」――エルンストをはじめシュルレアリストたちが好んでこのロートレアモンを引用したのは、それがデペイズマンをうたっていたからだ。マルセル・デュシャンは既製品(レディメイド)の男性用便器に(架空の)サインをして、「泉」という作品名で展覧会に出品したが、これもまた「デペイズマン」といえる。シュルレアリスムの美術は、便宜上「自動デッサン」と「デペイズマン」の二方向に分けられる。

本来シュルレアリスムとは徹底的な現実の凝視だった。シュルレアリストたちは「作家個人の主観や内面に由来する「創造」などには信を置かず、偶然どこかからやってくるイメージや言葉を重んじ」た。個人ではなく集団でいようとし、その集団は「主義」や運動方針によってではなく「遊び」によって保たれることを旨とした。専門家と素人の制作物の境界をなくし、両者のあいだにも「連続性」はあると見、価値の優劣を置かなかった。
シュルレアリスムはそもそも「専門」にこだわるタテワリ思考をもたず、合理主義とも科学技術信仰ともデジタル思考とも無縁で、むしろ自覚的にそれらと対決しながら、「遊び」の創造性を保ちつづけようとしてきた運動です。

ずいぶん偏った低俗な意見なので恐縮だが、中学校の美術の教科書でダリやデ・キリコやマグリットを初めて見たとき、その「超現実」さにわくわくするような驚異と不安を感じて戦いたのをいまでもよく覚えている。しかしだんだん歳をとるに従って、突飛なもの、特異なもの、要するに「普通じゃないもの」への関心はだんだん薄れていき、そうしたものへの興味は――よくも悪くも――子供っぽい好奇心に過ぎないと侮るようになっていた。だから今更、シュルレアリストたちが彼らの制作に「遊び」(すなわち子供の心だろう)を標榜していたのを知って合点がいった。「シュルレアリスムにのめりこむ精神は、自分の幼年時代の最良の部分を、昂揚とともにふたたび生きる」(『シュルレアリスム宣言』)。子供の心と考えれば、シュルレアリスムが「土俗的・魔術的」な所謂プリミティブ・アートに触発されたというのも頷ける。子供の「野生の目」にそれらが刺激的に映るだろうことは容易に想像できるから。大量破壊後の荒廃した時代に、瓦礫の下で花が芽吹くように、こんなにもしなやかで逞しい「遊び」の精神が生まれたことが、現在から振り返ってとても好ましく思えるが、あるいはだからこその歴史の要請であったのかもしれない。

冒頭で述べたように、本書は1993年から1994年にかけて、計三回行われた講義をもとにしている。タイトルこそ「シュルレアリスムとは何か」だが、講義はそれぞれシュルレアリスム、メルヘン、ユートピアをテーマとしている。ただ、その三回の講義すべてが、結局は「シュルレアリスムとは何か」という問いに収斂するからこのタイトルなのだろう。「かならずしもじゅうぶんに啓蒙的なシュルレアリスムの紹介だとはいえません」と著者が述べているのは、シュルレアリスムとはこういうものだとレッテルを貼ることで、その思想が硬直化してしまうのを防ごうとする意図だと思えなくもない。管理人には、シュルレアリスム、メルヘン、ユートピアの三者のどれも、本来の意味が日本では誤解されているとするところから入っていく語りが興味深かった。当時は日本のバブル経済が崩壊して間もない頃。それまでの常識が大きく揺らぐ歴史の転換点として、シュルレアリストたちが登場した世界大戦後のパリと重なる部分がないだろうか。彼らは、「超現実」を手に入れるためには現実と関わらなくてはならないと考えていた(「運動としてのシュルレアリスムは、ある面では政治的なものでもありました」)。シュルレアリスムについて、メルヘンについて、ユートピアについて語りながら、批判的(語りはユーモアをまじえて進行するが、ユーモアとは批評精神だ)に社会を見、発言しているところに、「シュルレアリスムをはじめから感じとってしまっていた」という著者の姿勢がよく現れている。本書はある意味で文明批評の書といえるだろう。20年まえにされた講義といわれてもちょっと信じられないほど、今日でも有効性を失っていない。



4480086781シュルレアリスムとは何か (ちくま学芸文庫)
巖谷 國士
筑摩書房 2002-03

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『シュルレアリスムとは何か』と併せてこちらも読むと、著者のいわんとするところがより理解できるだろう。多数掲載された図版は見ているだけで楽しい。プラハの日常を「不思議なオブジェの国」に変えて、見る者に郷愁と不安を同時に喚起するようなインドジフ・シュティルフスキー(トワイヤンの夫)の写真が素晴らしい。

4582634788〈遊ぶ〉シュルレアリスム (コロナ・ブックス)
巖谷 國士
平凡社 2013-04-26

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