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zoom RSS 『森と芸術』 巖谷國士

<<   作成日時 : 2014/05/11 00:00   >>

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われわれは森から来た。

本書は2011年におこなわれた「森と芸術」展の図録だが、「一冊の書物」として独立して読める結構になっている。博覧強記を誇るそぶりをまったく見せずに、優しく平明に、森と人間の歴史を解説する著者の、ナルシシズムと無縁のおおらかさが好ましい。

2万年ほどまえ、氷河の南下により地球の気温は急激に下がり、ユーラシア大陸の大半が氷で覆われた。1万年ほどまえ、最後の氷河期が終わり、気候が温暖になってくると、メソポタミア――現在のイラク周辺――の高地はオーク(楢や樫などブナ科コナラ属の総称)の森に覆われ、最古の文明をおこした人間たちは、森の獣や鳥や木の実、草、茸などを食料にして暮らすようになった。4600年まえ(前2600年ころ)、粘土板に刻まれた世界最古の文学『ギルガメシュ叙事詩』には、この「肥沃な三角地帯」で生きる人間と森(自然)との関係が寓意的に述べられている。実在したウルク国の暴君ギルガメシュは、親友の「野生人」エンキドゥとともにレバノンスギ(香柏)の森に入り、森の神フンババと森の所有権をめぐって対峙する。死闘のすえフンババは倒れるが、エンキドゥも死に、一人生き残ったギルガメシュは伐採したレバノンスギを船に積んで帰国し、壮麗な城塞都市を築いたという。古代の君主たちにとって垂涎の的だったレバノンスギはその後も伐採され続け、やがてウルクをはじめとする古代国家は干魃のために滅亡する。『叙事詩』は、7000年まえは原生林の多い緑豊かな土地だった現在のイラク周辺が、なぜほぼ不毛に近い風土になってしまったのかを説明している。文明すなわち人間と、森すなわち自然が衝突し、人間は力でもって自然を征服したつもりになったところが、それが環境破壊を招いて結局は自滅する。ギルガメシュの親友エンキドゥは主神エンリルによって粘土から作られたとされる。はじめは獣のように這っていたのが、娼婦を抱いたことで知恵を得て立ち上がり、ギルガメシュと格闘の末仲良くなってともに冒険の旅に出る。彼がフンババの森で主神の怒りによって死ぬという『叙事詩』の筋には、「野生」から「文明」の側へ寝返った彼に、古代人が自らの罪悪感と、自然への畏怖をこめていたように読める。「文明」は「自然」を破壊する。破壊された「自然」はいつか「文明」に復讐する――4600年まえの人間はすでにそう予感していた。

『叙事詩』の影響を受けながら成立したとされる『創世記』では、人類の始祖とされるアダムとエヴァの楽園追放が述べられている。蛇の誘惑により「善悪の樹」の実(何の実か記述されていないこの実が後世に林檎として伝わるようになった経緯が本書中で考察されている)を食べてしまい、禁を犯した二人が今度は「生命の樹」の実まで食べて永遠の命を得ることがないよう、神によって楽園を追放されたというエピソードはキリスト者でない人間でも知っている。のち彼らは地を耕す生活をはじめ、あいだに生まれたカインとアベルはそれぞれ農夫と羊飼いになる。この逸話は、人間が森という楽園を離れて、農耕と牧畜を始めた経緯を伝えている。

古代のギリシアやローマでは、森は神や妖精が暮らしている聖域だった。パンやサテュロスといった森の神は好色、放埒で、それは人間には抑制できない森や自然界の豊穣を表している。オウィディウスが伝えるところではローマ人もはじめは森で放牧などをしながらドングリなどの堅果(栄養価が高く、調理・保存がしやすい)を食べていた。レア・シルウィアという森(シルウァ)の名をもつ女が、「聖なる森」で農業神に犯されてロムルスとレムスの二人を産み、前者はやがてローマを建国する。古代ローマもまた森からはじまったのだ。ウェルギリウスのうたう「黄金時代」とは、人間がオークの木陰でドングリを食べて生きていた時代をさしている。ユリウス・カエサルは森林資源を求めてガリア(現フランス周辺)へ遠征して、「聖なる森」のなかで樹木すべてに超越的な力を感じながら暮らしているケルト(ガリア)人と遭遇したが、このケルト人たちが神木として崇めていたのがオークだった。

豊かな森に覆われた日本列島では、雨のように降るドングリの恵みを受けながら、森を拠点に狩猟採取をこととする縄文人が暮らしていた。彼らの宗教は自然界のあらゆるものに神や精霊が宿っているとするアニミズム的な自然信仰で、のち水稲耕作技術をもつ弥生人たちに吸収されたのちも、この信仰は弥生人の先祖信仰と融合して生き延び、やがて独特の原始神道が生まれる。森は神聖な「杜」とされ、祠や社を作って祀られるようになる(中国の「杜」には「もり」の意味はなく、この字は日本ではじめて「もり」という訓と意味を与えられたという)。今日にも、古い神社を取り囲んで、水が湧き、苔類やカビ、虫や鳥などの生態系を維持する「鎮守の森」に古代の名残を見ることができるだろう。

かように森とは人間を生かしてくれる母であったけれども、光が届かず昼なお薄暗く、ときに人を迷わせ、毒草や毒茸が美しく自生し、獰猛(というのは人間側の勝手な言い分かもしれない)な獣や危険な虫、そしてさらには得体の知れない超自然的な存在が潜んでいるような恐ろしい場でもあった。古代から森は人間を魅了し、同時に恐れさせた、聖域または魔界として。その両義的感情の記憶が多くの美術作品に残されている。

『創世記』に取材した「楽園としての森」、古代のギリシアやローマに取材した「神話と伝説の森」、17世紀から絵画の一ジャンルとして成立した「風景画のなかの森」、19世紀末におこった自然回帰の芸術運動「アール・ヌーヴォーと象徴の森」、18世紀後半のイギリスで流行してのちヨーロッパに広まった絵のような「庭園(ピクチャレスク・ガーデン)と「聖なる森」」、われわれをノスタルジーへと導く「メルヘンと絵本の森」、戦禍の時代に「野生の目」によって森や自然を再発見した「シュルレアリスムの森」、そして杜の字をあてて畏れ崇めた「日本列島の森」。

同じ「楽園としての森」でもデューラーやジョン・マーティンが荘厳に描いたのに対して、アンリ・ルソーやアンドレ・ボーシャンは南国の密林のように色鮮やかに描き出す。ドレのはダンテが迷い込んだ内面の象徴としての森。クロード・ロランやクールベやコローの写実的な風景画は本邦で親しまれているだろう。ゴーギャンの「愛の森」は夏の午前の幸福感に満ちていて微笑ましい。「わが根源は森の奥にあり」という言葉を工房の入口に掲げていたエミール・ガレのガラス工芸は、彫られた花や草の文様がガラスの繊細な透明感とよく合って幻想の趣を醸す。五月の柔らかな光が、純白の衣をまとった女たちを優しく包み込んでいるのはモーリス・ドニの「聖母月」。アーサー・ラッカム、カイ・ニールセン、エドモン・デュラックらが描いたアリスやアンデルセンやグリム童話の挿絵に夢見心地に誘われ、グランヴィルやウォルター・クレインによる擬人化された花々の愛らしさに切なくなるような懐かしさを覚える。ニールセンの「ヘンゼルとグレーテル」は、ポール・セリュジエの女公アンヌ(本書の表紙)と並んで本書中でもっとも好ましい。客観はシュルレアリスムの特徴であるけれども、エルンストの「灰色の森」はまさしくオブジェとしての森を描いている。岡本太郎が撮影した東北や沖縄の森や自然にまつわる写真は、著者が述べるとおり画家の余技どころではない迫力をもっていて、管理人には彼の絵よりもよほどいいように思える。

森の記憶とは土地の記憶であり、そこに生きた人たちの記憶である。表紙の、「ブルターニュのアンヌ女公への礼賛」をポール・セリュジエが描いたのは1922年、世界大戦による大破壊後の苦難の時代だった。824年に誕生したブルターニュ公国はフランスの影響を受けながら1532年まで独立していたが、その末期に、併合を狙うフランス王シャルル8世と、さらにはその次のルイ12世と政略結婚させられながら、愛する公国の自治を守り抜いたアンヌは、ブルトン人の誇りであるという。晩年、彼の地に隠棲したかつてのナビ派の指導者が、土地の記憶を再現するような絵を、優しく、愛らしい筆致で描いているのは感動的なことだろう。著者が解説するとおりメルヘンの一場面のような素朴な味わいがある絵だけれども、右側の三人の男たちはみな消沈した表情を浮かべていて、アンヌはそんな彼らを控えめに慰めているように見える。跪いた一人が差し出した鉢の若木は、「ケルトの樹木信仰と再生儀礼を前提に、苦難の地ブルターニュの荒野にこれが植えられて、新たに蘇生と生長をとげるべきことを象徴しているのでしょう」。世界大戦後の荒廃のなか、セリュジエがこの絵に何をこめていたのか、述べるまでもないだろう。後記で著者は、あの大震災にふれている。なぜこの絵が表紙に選ばれたのか、これもまた述べるは野暮というものだろう。「人間の未来を信じる者は、心の中にひそかに一本の木を持っている」(ピエール・ガスカール『緑の思考』)。涙を流していい。悲嘆に暮れていい。それでもいつかは立ち上がり、惨禍を越えて、われわれは生きねばならない。生命の根源である森にアプローチした人類の歴史を辿るのは、生への意志を取り戻す旅に出ることでもあった。



4582206662森と芸術
巖谷 國士
平凡社 2011-04-21

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本書に書かれている内容の一部が、ずっと以前に、『シュルレアリスムとは何か』の第二部「メルヘン」で語られていた(「森という大切なモティーフ」)。

4480086781シュルレアリスムとは何か (ちくま学芸文庫)
巖谷 國士
筑摩書房 2002-03

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