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zoom RSS 『ロクス・ソルス』 レーモン・ルーセル

<<   作成日時 : 2014/10/16 00:00   >>

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独身者の機械。

四月のある日。友人の科学者マルシャル・カントレルに招待されて、語り手はパリ郊外モンモランシーにある広大な別荘を訪問し、いわくつきの珍奇な遺物や奇想に満ちた発明品の数々を見学する。

全体を通しての筋は以上で、読者は語り手とともに、カントレル博士が見せてくれる数々の品々にまつわる挿話の珍妙さを楽しめばいい。アフリカやアルモニカ(ブルターニュ)の歴史や伝説に由来する遺物にはじまって、人間の歯を用いてモザイクを描く装置や、「アカ=ミカンス」という光り輝く液体のなかで繰り広げられる人形劇(水中芸術)や、特殊な薬を脳に注射されて蘇り、人生のうちでもっとも記憶に残っている場面を永遠に再現し続ける死者たちなど、「人の意表をつく奇想が、応接のいとまもないほど次々に現れる」ところが本作の醍醐味だろう。とはいえ、それらを描写する文章は単調で、訳者が解説で述べているように、「小説よりも機械のマニュアルを読んでいるような錯覚に捉われ」る。少なくとも管理人には読んでいて楽しい文章ではなかった。とりわけU章の、人間の歯を用いてモザイクを描く装置のマニアックな描写は退屈すぎて付き合いきれず、殆ど斜め読みしている(本書表紙の入り組んだ絵はこの装置の図解)。発明品それ自体より発明品の由来として博士に加えられる説明――挿話――のほうにこそ読み応えはある。そこにはストーリーがあるから。

手を変え品を変えて披露される奇想こそ本作の醍醐味と書いた。しかし訳者によると、実際には、ルーセルという作家の凄みは、管理人には退屈――度が過ぎてときに苦痛――にしか思えないようなその文体にあるという。ルーセル作品は発表当時、一部の批評家から「文体がない」と批判された。ありきたりな形容詞、ありきたりな直喩でもって書かれている小説。およそ「文学」ではない? しかし本人は、一文一文に血を流すほどの努力をして書いていると語っている。どういう意味か。訳者によると、「ルーセルの文体の秘密は、どれほど少ない言葉で、どれほど多くの内容が表現できるか、の賭にあった」。それが彼にとって「書く」ことの規則だった。この規則は、彼が「方法」と呼んだもうひとつの規則と連動している。ルーセルは、詩句や本の表題や住所といった短い文章をばらばらに分解してから別の文章にして読み変え、その過程でイメージを取り出す、という独自の創作「方法」を編み出した(「言葉の錬金術」)。本作に登場する奇想はすべて、ばらばらにされたあと再構成された文章から生じているという。原語の問題なので詳細は本書の解説にあたられたい。このルーセルの「方法」は翻訳で読む読者には殆どわからないだろう。少なくとも管理人にとってはそうで(そうした実験が小説本来の面白さ――筋の面白さ――にどれほど寄与するのかという疑念もある)、だから奇想こそ本作の醍醐味と書いた。ルーセル本人も、血を流すほどの努力を自身の「方法」に傾けながら、作品の勘所は奇想にこそあると考えていたふしがある。本作がちっとも売れなかったことに落胆したルーセルは、大衆に受け入れられるようにと小説を芝居にしようと考え、けれども自分は素人だから台本はうまく書けないからと、当時人気だった劇作家に依頼する。できあがった台本は小説『ロクス・ソルス』とはまったく異なる代物で、上演は散々な結果(というかスキャンダル)に終わる。文体なくして『ロクス・ソルス』はありえないのに、芝居にしても成立すると作者が本気で考えたのは、苦心惨憺して書いておきながら、作品の勘所は奇想の部分にあると彼が思っていたからだろう。無邪気な思い違いだったのだが。

科学者による奇怪な発明および発明品のメカニズムの(もっともらしい)克明な描写というとリラダンの『未來のイヴ』が連想される。けれども、訳者が解説で述べているように、リラダンの現実嘲笑、社会諷刺の精神は本作にない。「たとえ現実をどのように嘲笑し、呪詛しようと、諷刺とは現実とかかわろうとする意志だ。一方、「作品は、全くの想像から生れた組合せのほかは、現実のものはなにひとつ、世界と精神についてのいかなる観察をも含んではならない」と信じていたルーセルは、このような意志をまるで持たなかった」(訳者)。それを長所ととるか、物足りないと感じるかは読者各人の趣味の問題だろう。


4582765114ロクス・ソルス (平凡社ライブラリー)
レーモン ルーセル Raymond Roussel
平凡社 2004-08

by G-Tools


平凡社ライブラリー化してわりとすぐ購入したものの、これまで三度か四度読んでその都度途中で単調な文章に耐えられず読むのを放棄してきたが、購入後10年経って、退屈な部分は斜め読みしてようやく最後まで辿り着いた。どうしてか、幾度挫折しても手放す気にならなかった。全体を通してみると、本作の山場は蘇った死者たちが登場するX章だと思える。ここで披露される挿話がドラマチックであるため、続く占い師の章のインパクトが弱まって、尻すぼみの感がある。



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