『悪魔のような女たち』 バルベー・ドールヴィイ

悪の花。

悪魔的な魅力を備えたヒロインたちの物語を6篇収録する。女たちはその美しさで、その欲望で、なによりその謎で男たちを翻弄する。

「深紅のカーテン」は、ある田舎町の家の前を通りかかった子爵がかつてその部屋で起きた事件について物語る。子爵は若き士官だったころにその家に下宿していて、その家にはアルベルトという美しい娘がいた。彼女は素知らぬ風を装って子爵を誘惑し、夜毎彼の部屋へと通うようになる。二人は愛の言葉を交わすでもなく、無言で情事に耽る。しかしある夜、アルベルトは情事の最中に死んでしまい、子爵はことの始末に慌てる。結局、事件の真相は闇に葬られ、それを語る子爵すら知らず、けれどもいまもあの女は生きているような妄想に囚われる。部屋を見上げると深紅のカーテンにシルエットが浮かびあがり、あのシルエットはもしかすると。
怪談のような話であり、ミステリのようでもある。謎はかけられるが真相は明かされず、読者の想像に委ねられる。その曖昧さが読者をより戦慄させる仕掛けになっている。

「ホイスト勝負の札の裏側」も同じように謎は謎のまま残される物語だ。ある賭博者と、冷徹な貴族の未亡人。二人のあいだを疑う者は一人もいなかったが、のちに二人は恋愛関係にあったのだと知られる。さらには未亡人の娘もこの賭博者に夢中になっており、一人の男をめぐって母娘が争うという地獄のような経緯があった。しかし二人の女は死んでしまい、男は外国へ去る。あとに残されたのは、むせるような香りを放つ木犀草の植木箱のあいだから発見された嬰児の死体だけだった。けれどもこの骸が何の証拠になるというのか。これは誰の子であるのか。当事者がいなくなったいまとなっては秘密は永遠に秘密のままだろう。

収録作品は後半になるほどに身体的な残酷さをエスカレートさせていき、最後に収録された「ある女の復讐」においては妻の不貞に嫉妬した夫が愛人を殺害し、死体から抜き取った心臓を犬に喰わせるという場面があるが(本書は検察の介入によって全冊回収、廃棄されたという)、身体的な残酷さが恐怖を誘うかというとそんなことはなくて、その身体的な残酷さは精神の陰惨さがあってこそのものであり、その両者が絶妙のバランスをとっているのが「無神論者の饗宴にて」だ。悠々とした語り(ほかの作品にも共通している)の前半から、語り手が明かしていくある夫婦の愛憎劇。妻は数多の男たちと関係をもち、夫が自分の子と溺愛した子どもも誰との子なのか怪しくなる。夫は妻の不貞に怒りを爆発させ、死んだ子の心臓で夫婦が殴り合う。小説のなかだけの絵空事と思いながらもそこで展開される憎悪の凄まじさに息を呑む。

19世紀のはじめから終わりを生きた著者ドールヴィイ(1808~1889)は訳者によると生前は「小説家としてよりも、うるさ型で変わり者の文芸評論家として名を馳せた人物」で、同時代の作家たちのうちバルザックには敬意を払っていたものの、ユゴー、フローベール、ゾラに対しては「正面きって噛みつき、彼らの新作が上梓されるたびに酷評をもって報いた」という面白い人物だったようだ。とはいえ彼の作品は、ボードレール、ユイスマンス、プルースト、ブルトンらに愛読された。理解されることを拒むような謎めいた女たちによる悪夢。著者は続きとなるもう6篇の女たちの物語を構想していたようだがこれは実現されなかった。

4480420665悪魔のような女たち (ちくま文庫)
ジュール・バルベー ドールヴィイ Jules Barbey D’Aurevilly
筑摩書房 2005-03

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