テーマ:日本の小説

『山椒大夫・高瀬舟』 森鴎外

現代文学としての鴎外。 平安時代。越後国に4人の旅人の姿があった。筑紫に左遷させられた平正氏のもとへと向かう一家で、その妻と、安寿、厨子王の二人の子ども、それから女中だった。4人は橋のたもとで野宿することになり、そこへ船乗りがやって来て声をかける。船乗りが言うには、ここらには人攫いが出るからうちへ来て休むといい。子どもたちの母親が…
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『津軽』 太宰治

故郷。 日増しに敗色濃くなっていく戦中の昭和19年5月、太宰治は小山書店から風土記執筆の依頼を受けて故郷青森へ取材旅行に向かう。本書は、故郷といっても青森の一部にしか行ったことがなかった太宰が故郷を再発見し、そこに生まれた自分を見つめ直す旅の記録にもなっている。序編で太宰は、自分は歴史や地理や文化といったことの専門家ではないのだと…
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『東京日記 他六篇』 内田百閒

不気味なもの。 内田百閒の後期の作品を7篇収録する。日常生活を営んでいたつもりが不意に気味の悪い、怪談のような世界に足を踏み入れている。現実か幻覚か。そして得体の知れない人間が醸すほとんど狂気のような不気味さ。 本書に収録された作品中唯一戦後に書かれた「サラサーテの盤」は、語り手の家に死んだ友人の妻がやってくる。生前夫がサラ…
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『死者の書・口ぶえ』 折口信夫

鎮魂。 奈良時代。藤原南家の郎女(いらつめ)は父親から贈られた阿弥陀経の千部写経に取り組んでいた。彼岸中日、暖かだった一日が暮れようとするころ千部目の写経を彼女は終える。いつか外では雨が降っている。写経のうちに彼女の胸に去来したのは仏の俤。二上山の峰のあいだに、その人の髪が、頭が、肩が、胸が見えた。呼ばれるように憑かれたかのように…
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『高野聖・眉かくしの霊』 泉鏡花

あやかしのほうへ。 語り手が敦賀の宿で道連れの僧から奇怪な話を聞かされるのが「高野聖」だ。僧は以前飛騨の山を越えるときにいまとなっては行けない旧道に入る。先に行った薬売りを追う必要からで、この道は荒れ果てている。聞けばかつて周囲一帯を大水が襲い多くの人死にが出たという。行けば草むらから大蛇が顔を覗かせる、枝から丈三寸の蛭がぼたぼた…
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『草の花』 福永武彦

愛と死。 汐見茂思青年は高校時代に後輩の藤木に愛情を覚える。同じ弓道部に所属し、合宿に参加し、藤木との距離を縮め、自分の想いを受けいれてほしいと望む汐見に対して藤木はそっけなく振舞う。自分の想いを告白するも拒まれる。なぜ。プラトンを愛読し、のちには小説家を志すことになる汐見は、自分の純粋な感情が拒否される理由がわからない。藤木は述…
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『中島敦』

月に吠える。 「山月記」は何度読んでもその都度感嘆する。8世紀の中国、職を辞して詩作に耽る李徴は「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」のために虎に変身して戻れない。詩才に恵まれていながらそれをさらに向上させる努力を厭い、才能の不足が暴露するのを恐れる小心さのために彼は詩人の名声を得られなかった。かつては見下していたが専一に才能を磨いたゆ…
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『きことわ』 朝吹真理子

時間と記憶をめぐる物語。 永遠子(とわこ)と貴子(きこ)は従姉妹で、7つ歳が離れていた。二人は少女のころ、葉山の別荘で会っては仲良く遊んだ。海辺に出かけたり、一緒に本を読んだり黒糖饅頭を食べたり。一緒に寝ると二人の長い髪はよくからまって、親たちはそれを微笑ましく見ていた。 けれども時が経ち、二人を結ぶ人が亡くなって、やがて彼女た…
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『山躁賦』 古井由吉

古歌によってつながれる連作短篇集。 比叡山、高野山、京都など近畿地方の神社仏閣をめぐる旅から本書は書かれた。紀行文的な体裁をとっているが、古歌の声に導かれるような幻聴があり、夢ともうつつともつかない曖昧な領域へと読む者を誘う。 古井氏の文体は日本語として異形のもので、散文ではあるけれども詩の趣が強い。散文と詩の境界がどこにあ…
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『テニスボーイの憂鬱』 村上龍

憂鬱なる放蕩のために。 土地成金の息子でステーキハウスを経営する30歳のテニスボーイにとって何よりも大事なのは妻子でも仕事でもなくてテニスだった。暇があってもなくても時間の大半をテニスに費やし、相手と向かい合うコート内でボールを追い、打ち返す、そのシンプルな運動にのめりこむ。 コートには何一つ余分なものはない、とテニスボーイはい…
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『受難』 姫野カオルコ

愛と性について、ユーモラスに。 32歳のフランチェス子は幼いころに両親を失い、修道院で育てられ、現在は在宅でプログラマーをしている。女としての魅力に乏しい彼女はこの年齢になるまで性交を経験せずにきた。ある日、彼女は自身の性器にできものがあるのに気づく。このできものは人面瘡で、彼女にこう言い放つ。「こんなところに俺がいてはおまえのお…
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『死の棘』 島尾敏雄

夫婦の絆を問う。 愛情深かった妻が、夫の情事のために精神に変調をきたす。夫の情事について、自身への愛について、執拗に夫に問い続ける妻。「妻もぼくも三晩も眠っていない」、小説は妻による夫への三日三晩寝ずの尋問の場面からはじまる。以来、妻の目は夫と、彼と関係した女にしか向かなくなる。ひたすらに夫を責める妻に対して、ただ謝罪するしか術の…
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『随筆 女ひと』 室生犀星

女たちの美しさを綴る。 「女ひと」へ寄せる賛嘆の想いを晩年の犀星が述べる。執筆を開始したとき犀星は65歳で、胃潰瘍での入院を経ていた。自身の死を意識したとき、その目にはいよいよ浮世が美しく見えはじめたようだ。それまではさほど関心のなかった花への興味が強まり、花木を庭に植える。そして道を行く名も知らぬ女たちの姿を素直に美しいと思う。…
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『ナチュラル・ウーマン』 松浦理英子

同性愛者の語り手と、彼女が関係する女の物語が連作形式で収録されている。 冒頭収録の「いちばん長い午後」では、国際線スチュワーデスの夕記子と語り手の関係が述べられる。二人とも互いへの恋愛感情はなく、ただ冷めた肉体関係のみでつながっている。語り手はかつて熱烈に恋した花世のことが別れてから5年を経たいまでも忘れられず、彼女との恋をひきず…
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『原色の街・驟雨』 吉行淳之介

5篇の短篇を収録する。 「驟雨」は著者の代表作のひとつ。筋といっては、しばらくは独身でいたいために女とこころを通わすような面倒は避け、もっぱら娼婦を相手に身体の関係だけで満足していた若者が、あるときから馴染みとなった娼婦に惹かれているのを自覚して困惑するというもの。 主人公の山村は大学を出て3年目のサラリーマンとまだ20代半…
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『友情』 武者小路実篤

友情と恋愛の相克。 駆け出し脚本家の野島と、新進作家の大宮は互いを尊敬し合う大事な友人同士だった。大宮の作品は世間に認められていて、野島の作品は冷遇されていた。けれども大宮は友人の作品のすぐれているのを見抜いていたし、今に自身が彼に征服されるだろう畏怖の念をもっていた。 野島はある友人の妹の杉子に熱烈に恋をしている。杉子は彼…
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『それから』 夏目漱石

個人と社会の対立を扱う。 長井代助は30歳だが定職に就かず、父から金銭的援助を受けて何をするでもなく、東京で毎日ぶらぶらと暮らしている。彼には自己の哲学があり、「もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になったら、人間はもう駄目である」というもの。生活上の必要から労働に従事すれば労働の純粋性は失われ、より効率的な手段…
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『黒髪 別れたる妻に送る手紙』 近松秋江

情痴小説を三篇収録する。 収録されている「別れたる妻に送る手紙」と「疑惑」は、「別れた妻もの」連作の一部だ。妻が書生と失踪し、その行方を血眼になって探す語り手(近松)。「手紙」も「疑惑」もともに、失踪した妻に宛てた手紙の形式で書かれており、そのなかで語り手はまず自身の妻への執着をえんえん述べる。続けて、妻失踪中に知り合った女郎との…
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『愛の試み』 福永武彦

「愛と孤独の作家」による恋愛論。 福永において孤独とは、決してマイナスの意味で用いられない。人誰にも彼に固有の世界がある。それを孤独と福永は呼ぶ。人はみな孤独な存在だ。彼が彼であり、彼女が彼女である以上、誰もがみずからの孤独を抱えて生きている。ある人を恋愛対象としたとき、人はそれまでの自分がいかに無味乾燥に生きてきたかを知る。彼の…
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『虐殺器官』 伊藤計劃

9・11後の世界を幻視する。 先進国へのテロルが頻発する近未来。先進国側は防御策として個人情報認証システムを導入し国家は管理社会となるが、結果としてテロルを一掃するのに成功する。しかし一方で後進国では内戦による虐殺が加速度的に増加していった。その背後には常に一人のアメリカ人の姿が見え隠れする。ジョン・ポール、アメリカ人の言語学者。…
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『巨船ベラス・レトラス』 筒井康隆

エンターテイメント性に溢れたメタフィクション。 自身の創作に自覚的な「革新的」作家たちや編集者たちが、文学の置かれた現状とこれからを議論する。タイトルのベラス・レトラスとは文学の意だそうで、この名を冠した船に乗って登場人物たちはいずこかへ運ばれていく。文学賞選考批判、一般大衆の文化的教養の低下、前衛性や実験性を追及して創作し続ける…
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『バルタザールの遍歴』 佐藤亜紀

ひとつの身体に宿った双子の物語。 ハプスブルク家の傍系の一族に生まれた語り手の名はメルヒオールといい、彼には双子の弟がいる。その名はバルタザール。この兄弟に天はひとつの肉体しか与えず、彼らはひとつの肉体に同居するふたつの魂というアンバランスな状態で生きるよう宿命づけられた。子どものころから「僕たち」と語る少年を身内は気味悪く感じ、…
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『首鳴り姫』 岡崎祥久

夜の恋人たちの物語。 二年の浪人生活を経てある大学の夜間部に入学した語り手は、入学式の日に一人の少女を見初める。冨来子というその少女もまた語り手を好いていた。二人は交際をはじめるけれども、ともに家族と同居しているし、また講義が終わってからともに過ごすとなると時間は夜となり、行ける場所も限られてくる。学生であるから金もない。二人のデ…
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『眠れる美女』 川端康成

官能と死のあわいで。 宿のような「秘密のくらぶ」の一間に美しい少女が眠っている。もはや男でなくなった老人たちはここの会員となって訪れ、一糸纏わず昏々と眠り続ける少女のかたわらで一晩を過ごす。ある老人は言う、それはまるで「秘仏と寝るようだ」と。67歳の江口老人はまだ男でなくなってはいないが、そうなるのはもう間もないだろうと自覚してい…
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『小さな町』 小山清

市井の人たちをあたたかな視線で描く愛すべき短編を10編収録する。 かつて著者が暮らしたふたつの町が舞台になる。読売新聞配達員として暮らした下谷竜泉寺町と、炭鉱員として赴いた北海道夕張町。これらの町で著者が出会った人たちが等身大の姿で描かれ、回想される。戦後の貧しく困難な時期を生きる人たちの面影を頁の向こうに見てほのぼのとした気持に…
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『或る「小倉日記」伝』 松本清張

嫉妬や劣等感といった暗い情動を抱えた人間たちの物語を6編収録。 表題作は森鴎外に魅了された青年が、九州小倉に滞在していた作家の足跡を追って伝記的資料を収集するお話。この青年は生まれながら障害があり、それが彼のこころに翳を落としている。一心に資料を集めるも、なにぶん過去の出来事であり、容易にことは進まない。母親と二人三脚で自分の目標…
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『膚の下』 神林長平

『あなたの魂に安らぎあれ』『帝王の殻』に続く三部作の完結編。 三部作は発表順に時代をさかのぼっていく。『帝王の殻』は『あなたの魂に安らぎあれ』の80年前、本作はさらに170年前の物語となる。舞台は月との戦争によって荒廃した地球。人類は火星への移住を段階的に進めている。しかし政府主導のこの移住計画に反対する一部の人間たちは隠れ潜み、…
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『河岸忘日抄』 堀江敏幸

この小説世界に憧れを抱かずにはいられない。 セーヌらしき河に停泊中の船を仮の住まいとする、ある男の日常を描く。そこには括弧つきで事件と呼べるほどのものはほとんどなく、けれども一人の人間の暮らしを変化させ、またときにはわずらわせる些細なことがらの生起はあって、それも事件と呼べるのであるなら、いくつかのそうした出来事が静かに経過する日…
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『廃市・飛ぶ男』 福永武彦

恋愛、孤独、死または虚無、芸術と人生といった福永得意の主題を扱う短編を6編収録。 「廃市」は運河に囲まれた幻想的な村を舞台に三角関係の恋愛が描かれる。若い夫婦がいて、夫は妻を愛しているのに、妻は夫の愛が信じられない。夫は自分の妹を愛しているのではないか、という疑念にとりつかれた妻は家を出る。失望する夫。妹はたしかに義兄に憧…
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『風のかたみ』 福永武彦

今昔物語に想を得て書かれた長編。 平安時代の京都が舞台。信濃国の武士の大伴次郎は自らの生きる道を模索して上洛する。京都には、彼の従妹にあたる美しい萩姫がいた。まだ見ぬ美しい人への憧れを抱いていた彼は、実際に姫の素顔を見て恋に落ちる。しかし姫にはべつの想い人がいた。姫の家とは政治的に対立する左大臣家の安麻呂という美男子がそう…
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