『詩という仕事について』 ボルヘス

詩の探求。 1960年代末にハーバード大学で行われたボルヘスの詩学講義。テーマは「詩という謎」「隠喩」「物語り」「言葉の調べと翻訳」「思考と詩」「詩人の信条」。彼が詩について語るとき、書かれた詩(文学ジャンルとしての詩)を指しているのか、それが喚起する情緒(ポエジー)を指しているのかを注意しないと混乱する。 はじまってすぐに…
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『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』 ブッツァーティ

何処から、何処へ。 作者による『タタール人の砂漠』は、人の一生の寓話だった。自分の人生にはきっと何か特別なことが起きるだろう、そう未来に期待していた若者にはしかし彼が望むような出来事は起きず、待機のうちに時間は徒に過ぎていき、ようやく願い叶ったときには彼は老いて死の床に就いている。時の流れの残酷さ。期待や希望という、人が生きるうえ…
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『シルトの岸辺』 ジュリアン・グラック

時の岸辺。 架空の国オルセンナ。昔は異教徒を武力で平らげ、東方貿易によって途方もない利益をあげて栄えた商業国だが、いまはかつての栄光も衰え、その陰に生きているような黄昏の時代にある。語り手の青年アルドーは日々の倦怠に飽き、領土の際涯(さいはて)にあるシルトの地に軍人として赴任する。シルトは国境に位置し、海を距てた向こう岸にはファル…
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『ロクス・ソルス』 レーモン・ルーセル

独身者の機械。 四月のある日。友人の科学者マルシャル・カントレルに招待されて、語り手はパリ郊外モンモランシーにある広大な別荘を訪問し、いわくつきの珍奇な遺物や奇想に満ちた発明品の数々を見学する。 全体を通しての筋は以上で、読者は語り手とともに、カントレル博士が見せてくれる数々の品々にまつわる挿話の珍妙さを楽しめばいい。アフリ…
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『谷間の百合』 バルザック

愛の渇き。 貴族の家に生まれたフェリックスはなぜゆえにか両親から疎まれ兄姉から蔑まれて成長する。子供ゆえの無邪気さは悪意と誤解され、寄宿学校に進めば手紙一通もらえず小遣いも与えられない。いい成績をとったので表彰されることになり、その旨を伝える手紙を出しても返事はこず、結局両親は表彰式の当日姿を見せない。そんなつらい身の上のフェリッ…
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『デパートを発明した夫婦』 鹿島茂

欲望と消費社会。 19世紀前半のフランスでは道路が整備されておらず、馬車は一部の富裕層のみが利用できるものだったので、庶民が買い物できる場所は近所の個人商店しかなかった。個人商店には暗黙の規則があって、客は一歩店に足を踏み入れたが最後、何も買わずに出て行くということはできなかった。店内は暗く、商品の展示はなく(客が望みをいうと店員…
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『明日は舞踏会』 鹿島茂

夢見る少女じゃいられない。 数年ぶりに再読。19世紀フランスの小説を読んでいて妙に思うのは、『ゴリオ爺さん』のラスティニャックにせよ、『感情教育』のフレデリック・モローにせよ、『赤と黒』のジュリアンにせよ、なぜ彼らは同世代の少女とは恋愛をせずに人妻とするのか、ということだ。そして少女たちはなぜ、同世代の若者とではなくかなり年長の―…
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『私の幸福論』 福田恆存

運命愛。 昭和30年から翌年にかけて、若い女性向けの雑誌に連載していた幸福論。職業、恋愛、性、結婚、家庭、母性など、当時の女性が抱えていた問題(いまもさして変化ないかもしれない)について現実的に意見を述べていく。著者は幸福論について、「不幸にたへる術」と考えていた(中野翠さんによる解説)。生きることはたやすくない。何も意欲せず、意…
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『幸福論』 アラン

喜ばしき知恵。 幾度目かの再読。幸福論としてはバートランド・ラッセルのと並んで定番だろうか。 幸福な生のためには意志の力によって情念を克服することが肝要である、アランは繰り返しそう述べる。「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」。精神を成り行きにまかせて放っておけば、やがて人は憂鬱に陥るだろう。雨が降っているから、胃…
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『幻想植物園』 巖谷國士

彼女のいる風景。 36の花と木をめぐるエッセイ。幼いころから花や木と会話を交わし、庭に小さな花壇を作って植物を育ててきたという著者が、回想をまじえながら植物への愛を述べる。花や木は著者にとっては女性であるようで、彼女という代名詞を用いているのに微笑ましくなる(グランヴィルやウォルター・クレインによる擬人化された花々も連想される)。…
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『森と芸術』 巖谷國士

われわれは森から来た。 本書は2011年におこなわれた「森と芸術」展の図録だが、「一冊の書物」として独立して読める結構になっている。博覧強記を誇るそぶりをまったく見せずに、優しく平明に、森と人間の歴史を解説する著者の、ナルシシズムと無縁のおおらかさが好ましい。 2万年ほどまえ、氷河の南下により地球の気温は急激に下がり、ユーラ…
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『シュルレアリスムとは何か』 巖谷國士

通底器。 20世紀初頭に登場したシュルレアリスムという思想と運動について、「メルヘン」と「ユートピア」を絡めつつ論じた講義を書籍化したもの(本記事では第一部「シュルレアリスム」のみ扱い、第二部「メルヘン」および第三部「ユートピア」にはふれない)。 今日、われわれは現実離れしたもの、突飛なものに関して「シュールだねえ」という反…
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『地図と領土』 ミシェル・ウエルベック

希望か、絶望か。 ジェド・マルタンは芸術家で、工業製品やミシュランの地図を写真撮影したのち油彩画に転じ、様々な職業の人たちの肖像を描いている。彼の作品はどれも独創的かつ美しく、超高額で取引された。もっともジェド自身は金銭欲は強くなく、すでに一生かけても使いきれないほどの莫大な財産をもっていながらひっそりと暮らしている。彼には友人と…
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『制作』 エミール・ゾラ

知られざる傑作。 『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの長男クロードは、幼児のころ、絵画を愛好するある老人に画才を認められて彼の養子になり、老人の死後は遺産を頼りにパリに出て画家としての修業を本格的にはじめる。しかし、高名な画家のアトリエに通って教えを乞うても、クロードには彼らの技法が飽き足らない。絵画の至上命題は、画家の胸中にあるも…
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『居酒屋』 ゾラ

どん底。 19世紀のパリ。屠殺場と病院に挟まれた陰鬱な通りの一角で、洗濯女のジェルヴェーズは(内縁の?)夫ランチエと二人の男の子の四人で暮らしている。鎧戸は腐り、ガラスにはひびが入っている貧しい借り部屋暮らし。ランチエは仕事をせず女と遊びほうけ、ジェルヴェーズ一人の稼ぎでは一家四人が暮らしていくのがやっとだった。ある日突然ランチエ…
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『ドルジェル伯の舞踏会』 ラディゲ

糸。 ドルジェル伯爵の若き夫人マオは「時代おくれ」なほど貞淑な女で、夫以外の男との恋愛など考えたこともない。ある日、彼女は夫とともに出かけたサーカスで青年フランソワと知り合う。ドルジェル伯はこの青年を気に入り、夫が気に入ったのなら自分も好きにならなくてはいけないと思うほどに彼に従順で健気なマオは、やがて彼女自身の気持がフランソワへ…
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『悲しみよ こんにちは』 サガン

少女たちはみな悲しい。 語り手の少女は17歳。美男で女好きの父親はやもめで、一回り年下のエルザを情人にしている。語り手が夏休みのいま、三人は海辺の別荘で暮らしている。波に煌めく夏の陽射し、真っ白な砂浜、頬を撫でる潮風。開放的な気分に浸って、彼女に年上の恋人ができる。ちょうど同じ頃、父親は新しい女を別荘に招く。服飾デザイナーのアンヌ…
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『ペスト』 カミュ

春を恨んだりはしない。 アルジェリアの港湾都市オラン。1940年代のある春、さしたる特徴もないこの都市のあちこちで鼠の死骸が目撃されるようになる。その数は日を追って増していく。やがて、体調不良を訴え、病いの床につく市民たちが続々と現れる。原因不明の高熱、嘔吐、リンパ腺の腫脹、黒っぽい斑点――彼らが冒されていたのはペストだった。とう…
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『カミュ 『よそもの』 きみの友だち』 野崎歓

幸福な生。 「異邦人」のタイトルはやや大仰だとして、より身近な「よそもの」という新たなタイトルを与え、カミュのこの小説を読みとく。『異邦人』の魅力は、主人公ムルソーの、感情が欠如したような語りにあるだろう。「きょうママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない」。あまりにも有名な窪田啓作訳の冒頭は野崎訳ではこう…
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『孤島』 ジャン・グルニエ

この世の王国。 哲学的エッセイ。著者のジャン・グルニエはアルジェ国立高等学校および大学予科で哲学教授を、パリ大学で美学教授をつとめた人物。本邦ではアルベール・カミュの師として知られているだろう。1930年、グルニエが哲学教授に就任した年に、「肩幅が広く目の鋭い、きりりとした顔つきの少年」が入ってくる。運動神経にすぐれ、国語…
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